370話 白翼の少女の治療2
「どうだ、フィナ?」
フィリーネへと施していた治癒術を止め、少女へと尋ねる。少なくない量の魔力を費やしたが、それだけに間違いなく効果はあったはずだ。
俺の言葉に、少女はその場で軽く腕を動かし、首を回して見せる。それから、徐に椅子から腰を上げた。
そうして、テーブルから少し離れて見せる。その足取りは確かなもので、怪我の影響などないように見える。
それから体を左右に回し、膝を曲げ伸ばしし、軽くその場で飛び跳ねて見せた。綿のようにふわふわの白髪が、動きに合わせてゆらゆらと揺れる。
「全然痛くないの! 治ったの!」
そう言って、少女は満開の笑顔を見せた。両手を左右に広げると共に、背の白い大翼がバッと広がった。
どうやら、俺の治癒術はしっかりと仕事をしたらしい。少女の元気な様子に、俺は安堵の吐息を漏らした。
それからフィリーネは、こちらへと勢いよく駆け出し――
「ジーくん、ありが……」
――俺に抱き着く寸前で、その動きをピタリと止めた。
どうしたのだろうかと、俺は椅子に腰かけたまま首を捻る。こちらは両手を広げ、受け入れ態勢は万全だったのだが。
俺が疑問に思う中、眼前の少女はすすすっと俺から距離を取る。それから、未だ止血帯に覆われたほうの腕を、鼻先の方へ近づけて見せた。
「……怪我が治ったなら、お風呂に入りたいの」
少女は少し小さな声で、そんな言葉を溢した。
フィリーネが怪我を負ってからこれまで、彼女は風呂に入っていない。さすがに、全身傷だらけの状態では、入浴も負担になるからだ。
一応、シャルロット達女性陣の手により、お湯を含ませたタオルで毎日、体を拭いてはいた。だが、傷は全身に及んでいるので、拭こうとするとどうしても傷に触れるのだ。
痛がるフィリーネに、シャルロット達も遠慮が出る。どうしても拭けない場所は出てくるし、髪だって満足に洗えていないのだ。
フィリーネは冒険者だが、その前に一人の女の子なのだ。怪我が治った今、身を清めたいという思いもわかる。怪我が完治したとはいえ、まだ体中に血の跡は残っているだろうし、一度湯浴みをしてさっぱりするのはいいだろう。
しかし、フィリーネもこんな風に女の子らしいことを言うのだな。俺は思わず苦笑を漏らしながら、椅子から腰を上げる。
「それがいいな。それじゃ、風呂に湯を溜めてくるから少しだけ待って――」
「あら、それくらいなら私とエリーゼでやるわよ」
俺の言葉を遮り、イルムガルトがテーブルに手をついて立ち上がった。
「いいのか?」
確かにイルムガルトが水の魔術を、エリーゼが火の魔術を使用すれば、浴槽に湯を溜めることは可能だ。だが、二人でやろうと思えば、まずイルムガルトが水を生み出し、その後でエリーゼが温度を上げることとなる。
それに引き換え、どちらの魔術も使える俺であれば、最初から湯を生み出すことが出来る。俺一人でやる方が、効率の面では良いのではないだろうか。
「えぇ、ジークハルト達が採取に行っている間は、私達でやってたことだし。それに、ジークハルトはこれからクリスの薬を作るんでしょう?」
「あぁ、出来ればそうしたいところだな」
「それじゃ、ジークハルトはそっちを優先して。浴槽に湯を張るくらい、私達で出来るから。いいでしょ、エリーゼ?」
「もちろん! そうだ、アミーもシャルちゃんも、これから皆で一緒にお風呂に入らない? 出掛けている間は、お風呂って入れないでしょ?」
エリーゼの言う通り、旅の途中で風呂に入ることは出来ない。さすがに、毎日浴場を魔術で用意するのは、手間が掛かり過ぎるのだ。精々、濡らした布で体を拭くくらいである。
帝国の気候は涼しく、汗はかきにくい。とは言え、一日中歩いていれば、多少なりとも汚れるものだ。
まして、今回は魔物との戦闘も挟んでいる。ようやく帰ってこられたのだし、一度身を清めるのは悪くないだろう。
「そうね、そうしようかしら。ジーク、それでいい?」
「あぁ、アメリアもシャルも疲れただろう。ゆっくりとしてくればいいさ」
「それじゃジーくん、また後でなの。ほら、シーちゃんも一緒に行くの」
「えっと、はい。ジークさん、それではまた後で」
そう言い残し、五人の少女達は連れだって風呂場の方へと歩いていった。女性の風呂というのはは長いものだし、今しばらくの時間がかかるだろう。
その間にクリスティーネの治療薬を作ろうと、俺は背負い袋を引き寄せる。そうしてテーブルの上に並べるのは、苦労して採取したルエルコリスの花だ。
この花が、治療薬の原料となる。その他にもいくつかの素材が必要だが、まず必要となるのが、この花弁の粉末である。
この花弁を粉末状にするためには、まず花自体を乾燥させる必要がある。通常であれば数日間を要するが、今回は時間短縮のために魔術を使用することにした。数日も待ってはいられないからな。
花を大皿の上に並べ、体内の魔力を練り上げる。そうして使用するのは、火と風の混合魔術だ。継続的に熱を与えて、花弁を一気に乾燥させていく。
この魔術には多くの魔力を必要とはしないが、一定の魔力を注ぎ続ける必要があるので、かなりの集中力がいる。少女達が風呂へと行き、一人きりになったのは好都合でもあった。
そうして、どれだけの時間を費やしただろうか。
花の乾燥が終わり、俺が額の汗を拭ったのは、少女達が風呂から上がってきた時だった。
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