37話 少女との別れ1
王都を回った翌朝、俺はクリスティーネとシャルロッテを伴い、王都にある教会へとやってきていた。白を基調とした石造りの建物は、手入れが行き届いておりながらも年代を感じさせ、見るものを圧倒させる様相だった。
正面の門を潜り、扉を開いて中へと進む。教会の中は各所で光を取り入れるような形になっているようで、魔術具の明かりがなくとも明るかった。
俺はこの教会には鑑定紙を貰いに何度か足を運んだことがあるが、子供の姿を見かけたことはなかった。それでも、話を聞く限りでは教会のどこかで子供達を育てているはずである。俺はひとまず、鑑定紙をもらいに行っていた方へと足を進めていく。
そうして扉を開いた先の部屋では、いつかの記憶のように教会の職員が鑑定紙を売っていた。俺はその男の方へと近付く。
「すまない、少しいいだろうか?」
「はい、何のご用でしょうか?」
「この教会では、身寄りのない子供を育てているという話だが、間違いないだろうか?」
俺がそう訊ねれば、男は人の好さそうな笑みを見せる。
「えぇ、我が教会では身寄りのない子供をお預かりして育てておりますよ」
男の返答に、俺はこっそりと肩の力を抜いた。これで、実は王都の教会では預かっていないと言われれば、どうしようかと思っていたところだ。その場合、最低でもシャルロットを連れて別の街に移動する必要があっただろう。
俺は内心で安心しつつも、男へと質問を続ける。
「俺達は冒険者なんだが、仕事の途中でこの子を保護したんだ。出来れば、教会でこの子を預かってもらえないだろうか?」
そう言って、俺はシャルロットを引き寄せると、その両肩に上から両手をそっと添えた。俺に紹介されたシャルロットは、男へと軽く頭を下げて見せる。
男はシャルロットに目線を移し、考え込むように顎に手を当てた。
「そうですか……孤児院の管理はフォルカー司教の管理になりますね。こちらへどうぞ、御案内致します」
そう言って男は立ち上がり、俺達についてくるよう申し付ける。俺達は男の案内で教会の奥へと足を進めた。俺の立ち入ったことのない場所だ。
そうして何度か角を曲がりながら長い廊下を抜けると、一つの扉へと辿り着く。男が扉をノックし、中へ入るため俺達もその後へと続いた。
部屋の中では少し年配の、大層恰幅のいい男性が執務机で書類に向き合っていた。俺達を案内してくれた男が、年輩の男へと声を掛ける。
「フォルカー司教、この者達が、孤児院に関して話があるそうです」
「そうですか、珍しいですね」
書類から顔を上げた男、フォルカー司教がゆっくりと立ち上がり、こちらへと近付いてくる。それから俺達の姿を認めた後、脇にあるソファーを指し示した。
「立ち話もなんですので、こちらへお座りください」
そう言って、フォルカー司教はテーブルを挟んだ対面のソファーへと腰掛ける。ここまで案内してくれた男は一礼すると、部屋を辞していった。
フォルカー司教の勧めに従い、俺達もソファーへと移動する。そうして、俺とクリスティーネはシャルロットを挟む形でソファーへと腰を下ろした。
「それで、孤児院に関する話という事でしたが、どのような話でしょうか?」
「あぁ、俺達は冒険者なんだが、王都に来る途中でこの子、シャルロットを保護したんだ。だが、子供を連れては冒険者としては活動できない。そこで、教会でこの子を預かってもらえないかと思ったんだ」
「ふむ……詳しい話を伺っても?」
俺の説明に、フォルカー司教はより詳しい話を求めてくる。確かに、この話を聞いただけでは、ただシャルロットが両親と逸れただけにも思える。それを思えば、シャルロットの両親を探すか、住んでいた街へ連れて行ってあげるのが妥当だと感じるだろう。
フォルカー司教を納得させるにはシャルロットの事情を話す必要があるが、俺が勝手に話すわけにはいかない。俺は右手に座るシャルロットへと視線を落とした。
「シャル、俺から詳しい事情を話してもいいか?」
「はい、ジークさん、お願いします」
シャルロットの了承を得たことで、俺はフォルカー司教へと俺が知っている限りの情報を伝えた。その内容を要約すると、次の通りだ。
シャルロットは人攫いに両親を殺され、自身も攫われることになった。同じような境遇の子供達と馬車で王都に運ばれる際、魔物に襲われたことで人攫い達はシャルロットを含めた子供達を魔物の囮にした。そこに通りかかった俺達が魔物を倒し、シャルロットを保護して今に至る。
その話を聞いて、フォルカー司教は納得したように頷いた。
「なるほど、事情は分かりました。そういうことなら、私共で大切に預からせて頂きます。それでは早速、孤児院にご案内いたしましょう」
フォルカー司教はそう言って立ち上がると、俺達を案内するように先導する。そうして案内された先は、教会の最奥だった。中庭のような場所で、大勢の子供たちが遊んでいる。その奥には門があり、外の街並みが見て取れた。
フォルカー司教は、中庭の端の方で子供達の様子を見ている修道服を着ている女性へと声を掛ける。その声に気付いた女性は、小走りでこちらへと近づいてきた。
「呼びましたか、フォルカー司教?」
「あぁ、新しく孤児院に入るシャルロットさんだ。よろしく頼むよ」
「シャ、シャルロットです! よろしく、お願いします!」
フォルカー司教に紹介され、シャルロットは緊張した様子で勢い良く頭を下げる。透明感のある水色の髪が、動きに引かれてふわりと中空を舞った。
「みなさん、こちらは子供達の面倒を見ているマルタです」
「ご紹介に与りました、マルタです」
そう言ってその女性、マルタは微笑んで腰を折る。見るからに優しそうで、子供に好かれそうな女性だった。
「冒険者のジークハルトです」
「同じく冒険者のクリスティーネです。シャルちゃんのこと、よろしくお願いします!」
俺とクリスティーネはマルタへと軽く頭を下げる。
「ジークハルトさん、クリスティーネさん、孤児院にはいつでもいらしてください。孤児院に来る際は、あちらの門を利用すると近いですよ」
フォルカー司教がそう言って、奥にある門を指差した。確かに、孤児院に来るたびに教会の中を歩き回るよりかは、すぐに入れるあちらの門を利用するのがいいだろう。
これで、教会での用事は済んだことになる。俺達はシャルロットと別れ、冒険者の生活に戻らなくてはならない。
俺はシャルロットの正面に回り、その小さな背に合わせて膝を折って目を合わせた。
「それじゃあ、俺達は行くよ、シャル。体には気を付けるんだぞ」
そう言って、軽く頭の上に手を乗せた。シャルロットは、やや潤んだ瞳で俺のことを見つめ返してくる。
「はい、ジークさん……私を助けてくれて……こんな私に、とても良くしてくれて、ありがとうございます」
俺はシャルロットの頭を優しく撫でると、立ち上がりクリスティーネへ場所を譲った。俺の代わりにシャルロットの正面に立ったクリスティーネは、膝を折り目の前の小さな体を抱き締める。
「またね、シャルちゃん。いっぱい、会いに来るから」
「はい、クリスさん。髪を洗ってもらえて、嬉しかったです……あの、待って、ます」
やや遠慮がちながら、シャルロットもその小さな手でクリスティーネを抱き締め返している。そうしてどれだけの間、抱き締めあっていただろうか。しばらくの後、二人はどちらからともなく腕を離した。
それから、俺達はフォルカー司教とマルタに礼を言うと、やや後ろ髪を引かれながらも教会を後にするのだった。




