369話 白翼の少女の治療1
ルエルコリスの花を探しに、拠点である洞窟を出立して三日目の夕方。俺達は再び洞窟へと戻ってきていた。今回の旅に要したのは、ほぼ予定通りの日数だ。
拠点の周りを見てみても、特に荒らされたような形跡はない。少なくとも、未だに騎士団の手はここまで及んではいないようだ。
洞窟内へと足を踏み入れ、通路を通って仕切りの布へと手をかける。広間へと入ってみれば、石造りのテーブルにエリーゼとイルムガルト、それに体のあちこちに止血帯を巻いた、フィリーネの姿があった。
三人は茶を飲みながら、談笑に興じていたようだ。俺達が広間へと入ってきたところで、揃ってこちらを振り返る。
それから真っ先にフィリーネが、椅子から立ち上がるような素振りを見せた。だが、白翼の少女は少し動いたところで顔を顰め、その場に留まった。未だ怪我の影響が残っているのだろう。
その隣に腰掛けたエリーゼが、ゆらゆらと片手を振って見せる。
「お帰りなさい、アミー。ジークさんもシャルちゃんも」
「ただいま、エリー」
「無事に帰ってきてくれてよかったわ。その様子なら、怪我もしてないみたいね」
「いや、怪我はしたんだけどな。俺には治癒術があるから」
「あぁ、そう言えばそうね」
俺の言葉に、イルムガルトは納得したような言葉を返した。
後ほど、夕食の席にでも、今回の旅の話をしてやるのがよさそうだ。変異種に出会ったことはともかく、腕が折れるほどの怪我をしたことについては、語るか少々悩みどころだが。
「俺達がいない間、何か変わったことはなかったか?」
見る限りでは変化はないものの、一応確認しておいた方が良いだろう。
聞いてみれば、エリーゼがゆるゆると首を横に振って見せた。
「特に何もなかったよ? ね、イルマ?」
「そうね。必要なものは揃ってるから、外にも出なかったし」
どうやらこの洞窟に残った皆は、予定通りここ三日間を、完全に洞窟内で過ごしたようだ。クリスティーネとフィリーネが戦えない今、その方が賢明だっただろう。
その間、魔物が洞窟内に入り込んでくるようなこともなく、平和に過ごしていたようだ。専ら今のように歓談しているか、俺の残した本を読んでいるかしていたらしい。
「それなら良かったよ。クリスは奥で眠っているのか?」
そう問いかけながら、俺は寝室へと続く通路へと目を向けた。生憎と、通路には仕切りの布が掛けられているので、奥の様子は見えないが。
「そうなの。今日はお昼頃に一度目を覚ましたんだけど、また眠っちゃったの。クーちゃん、あんまりよくなってないみたいなの」
そう言って三人が口々に、ここ三日間のクリスティーネの様子を教えてくれた。
クリスティーネは相変わらず、一日の大半の時間を眠っているようだ。起きる時間もまばらで、起きたとしても今まで通り、ぼんやりとしている様子だという。
起きた際には言葉も交わしてみているそうだが、今のところ記憶が戻るような兆候もないそうだ。
そう言った話を、俺は両腕を組みながら聞いていく。
一応、ルエルコリスの花を使用した薬、鎮静香の影響は、時間と共に消えていくそうだ。だが自然と治るには長い時間がかかるそうなので、未だクリスティーネには薬の影響が色濃く残っているのだろう。
やはり、治療薬の材料を採取しに行ったのは正解だったな。
「なるほどな……フィナの方はどうだ? 少しは良くなったか?」
俺はクリスティーネの状態から、眼前の白翼の少女へと話題を移した。
フィリーネは全身に魔術を受けた傷があり、魔毒の影響で治癒術も効かない状態だった。あれから多少日数も経過したので、そろそろ魔毒が体から抜けていてもいい頃合いだ。
俺の言葉に、椅子に腰かけたフィリーネはこちらを見上げ、口元に小さく笑みを浮かべて見せる。
「今朝方から良くなってきてるみたいなの。止血帯の治癒効果が効いてる感じがするの」
昨日までは起き上がるのも一苦労で、このテーブルに座るのも誰かの介助が必要だったそうだ。だが、今日になって段々と体が軽くなって来たらしい。
依然として全身に痛みはあるものの、一人で歩くことも可能になったそうだ。
間違いなく、魔毒の影響は薄れているのだろう。
この状態であれば、治癒術も効果を示すかもしれない。
「それでジークハルト、そっちはどうだったの? 無事にルエルコリスの花は見つかった?」
「あぁ、十分な量が採れたよ。ちょっと苦労したけどな」
そう言いながら、俺は背負い袋を軽く叩いて見せる。袋の中には、たっぷりとルエルコリスの花が入っている。
クリスティーネの治療薬を作っても、半分以上は余るはずだ。万が一、失敗したとしても大丈夫である。
「良かったね! それじゃ、早速クリスちゃんの薬を作るの?」
「いや、それよりもフィナの治療が先だな。止血帯が効き出したのなら、治癒術を試しておこう」
薬を作るには、少々時間を要する。それよりも先に、フィリーネの治療を試した方が良いだろう。
治癒効果の付与された止血帯の効果が出ているのなら、治癒術だって同じように効果があるはずだ。薬を作る間、フィリーネに痛い思いをさせるよりは、早く治してやりたい。
俺はフィリーネの隣の椅子に腰かけ、少女の片手を取る。そうして止血帯を解いてみれば、少女の素肌が露わになった。
未だ、少女の腕には痛々しい傷が残っている。これが全身に及んでいるのだ、さぞかし辛かったことだろう。
俺は片手で少女の手を取ったまま、もう片方の手を少女の腕の傷口へと添える。そうして、軽く治癒術を行使した。
白い光が溢れ、少女の腕が光に包まれる。目を細めたくなる明るさの中、徐々に少女の腕に変化が見られた。
まるで時間を早回ししているように、少女の腕に残る傷がみるみる消えていく。やがて、僅かな血の跡を残して、傷口は完全に塞がった。後には少女の白い柔肌が残り、傷跡すらも残らなかった。
フィリーネは少し瞳を大きくし、治ったばかりの片腕を軽く動かして見せる。
「治ったの!」
少女が心底嬉しそうに声を上げる。
それに対し、俺は小さく頷きを返した。
「よし、ちゃんと効くようだな。それじゃ、次は全体に掛けるぞ」
俺は先程よりも多くの魔力を練り上げ、フィリーネの体全てを包み込むほどに大きな光を生み出した。止血帯の端から覗く傷跡が、みるみる消えていく様子が見て取れる。
少女の傷がすべてなくなるまで、それほどの時間はかからなかった。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




