364話 ルエルコリスの花5
ルエルコリスの花を探しに、南西の森の奥へと向かって二日目。
前日は早めに休んだこともあり、早朝から動き出すこととなった。昨日は大分疲れているように見えたシャルロットも、今日は普段通りの様子を見せている。どうやらしっかりと休息を取れたようだ。
そうして俺達は帝都の冒険者ギルドで聞いた、ルエルコリスの花の在り処を示した目印の中心へと向かって移動している。その道中にも花があるかもしれないと、周囲を注意深く観察しているが、今のところ見つかってはいない。
そろそろ目印の中心部へと着く頃だ。時間的には昼が近く、ここらで一度休憩を取ろうかと考えた時だった。
「ねぇ……何か匂わない?」
俺の斜め後ろを歩いていたアメリアが、不意にそんなことを口にした。
その声に足を止め、俺は周囲へと目を向ける。だが、周りにあるのは葉の付いていない木々ばかりで、特に変わったものは見受けられない。
彼女の言うように、変わった匂いというのも、特には感じられなかった。精々、森の中なので草木の自然な匂いがするくらいだ。
「特に変わった様子はないが……」
「わ、私も、特に感じません」
俺の言葉に、シャルロットが同意を示す。だが、だからと言ってアメリアの気のせいで済ませるわけにはいかない。
獣人族というのは、感覚に優れた種族だ。どれだけ優れているかは種族差や個人差があるものの、人族のそれよりはずっと鋭敏だというのは、広く知られた話である。
火兎族であるアメリアは、その特徴として大きな耳を有しており、特に聴覚が発達している。どうやらそれに加えて、嗅覚の方も常人より優れているようだ。
「アメリア、それはどんな匂いだ?」
「何というか、生臭い感じね。それから……血の匂い、かしら?」
「生臭さに血の匂いか……魔物の死骸でも近くにあるのか?」
魔物と戦うのは、何も冒険者だけには限らない。別種の魔物同士で争うことなど、日常茶飯事だ。
なので、別の魔物に殺された魔物の死骸などが、森の中に転がっていることはままあることである。
そういった死骸は大抵食い荒らされているので、冒険者が見つけたところで素材を回収することは出来ない。魔石も魔物にとっては御馳走のようで、大抵の場合は残っていないのだ。
精々、無事な牙や爪を回収するくらいが関の山だろう。それだって、魔物同士の争いで欠けてしまっていることがほとんどである。
そのため、強力な魔物同士の戦闘による死骸のおこぼれを漁り、労せずして一獲千金を得るようなことは中々出来ないのだった。もしもそんなことが可能であれば、身の丈に合わない場所に踏み込む冒険者が、後を絶たなかったことだろう。
もっとも、ごく少数の冒険者には、そんな者もいるのだが。そういう者は大抵、魔物の死骸を見つけるよりも先に魔物に見つかり、帰らぬ人となっている。
「ジーク、どうするの?」
「そうだな……一応、確認はしておくか」
別に放っておいても良いのだが、血の匂いに釣られて他の魔物がやってくる可能性が高い。そうなると、この後周囲を探索しようとする俺達にとっては、ちょっと不都合だ。今回は狩りに来たわけではないので、不要な戦闘は避けたいしな。
迂回するというのも手だが、それよりも早めに原因を見つけ出し、場合によっては埋めてしまった方が良いだろう。万が一、そちらにルエルコリスの花があっても困るのだ。
「アメリア、方角はわかるか?」
「ちょっと待って……こっちみたいね」
アメリアは森の奥の方を指差すので、その方角へと風の魔術を集中し、音を拾ってみる。けれど、聞こえてくるのは風が木々を抜ける音だけだ。
そのままアメリアの先導で、俺達は奥の方へと進み出す。するとしばらくして、生き物が動くような雑音が聞こえ始めた。
もしかすると、魔物が争って間がないのか、もしくは争っている最中かも知れない。どちらにせよ、行く手には魔物が高確率でいるのだろう。
困ったことになった。魔物に出会わないうちに処理しようと思ったのだが、すでに魔物が待ち構えているらしい。戦闘は避けたかったというのに、このままでは本末転倒だ。
「ジークさん、どうしましょう……」
「そうだな……ひとまず、見るだけ見てみるか。弱い魔物ならサクッと仕留めればいいし、危なそうなら迂回すればいい」
森での視界は木々に遮られて見通しが悪いが、こちらには音を拾う魔術も、遠視の魔術もあるのだ。魔物に気付かれずに確認するくらいであれば、危険もそうはないだろう。
そう判断し、俺達はアメリアの嗅覚と、音を頼りに足を進める。
そうして間もなく、木々の向こうに少し開けた空間が現れた。そこだけ不自然に森が途切れている。そしてその真っ只中には、魔物と思しき複数の影があった、
そこで俺は、遠視の魔術を使用する。今回は、シャルロットとアメリアも対象だ。口で状況を説明するよりも、見たほうが早いからな。
そうして見えてきたのは、巨大蛇を食らう大猿の姿だった。
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