359話 第三皇子の企み
「くそっ、まだ見つからないのか!」
自室へと戻ってきた私は、乱暴に扉を閉めてつかつかと室内へと早足で向かう。そうして大きなテーブルの前、最高級のソファーの上へと腰をどっかりと落とした。
私の名はレオニード、この帝国の第三皇子だ。たった今、皇帝である父上との話を終えたところである。
私の新しい妻であるはずのクリスティーネが、謎の男達に攫われてから、既に数日が経過した。未だ、彼女達の行方は分からないままである。
折角、大聖堂には護衛の騎士達を配置していたというのに、襲撃者をただ一人として捕らえることもできなかった。騎士達は帝都の外門まで追いかけていったが、そこで魔術の反撃を受け、彼らを取り逃がしたということだった。
一応、騎士達も仕事をしていなかったわけではない。襲撃者の一人である白い翼の有翼族に、強弓と魔術により手傷を負わせることには成功したようだ。
強弓には魔毒を塗り込んでいたという事なので、奴等の歩みを遅らせることは出来ただろう。
だが、それからというもの襲撃者の行方は分からず仕舞いだ。周辺の町には騎士により、半龍の少女と白翼の有翼族を探すよう手配しているのだが、一向に発見したという知らせはなかった。
一体、奴らはどこに消えたというのか。手傷を負わせた以上は、まだそう遠くには行っていないはずなのだが。
「だと言うのに、町の警備を緩めろとは……」
先程の、父上と交わした会話を思い返す。
父上は、町の外門で行っている帝都へ入ろうとする者への検査を、簡略化するよう通達を出したのだ。その理由は、手続きに時間がかかっているからというものである。
それに対し、もちろん私は抗議に行った。そんなことをすれば、襲撃者を探し出すことが出来ないではないか。
「父上、私の婚約者が攫われたのですよ! 彼女は皇族になるのです! 何故検査を簡略化するのですか!」
そう私が前のめりに問いかければ、父上は深く溜息を吐いて答えた。
「レオニード、以前から何度も言っているだろう。皇族というのは、そう簡単に増やすようなものではない。お前が複数の女を囲うのには目を瞑るが、それは妾でしかないのだ」
それは、以前から父上が私に言っていることだった。皇族に含めるのは、正妻であるツェツィーリヤだけだと。
それ以外の妻たちに関しては、城の西棟に部屋を与えるのは許可するが、皇族としては数に数えない。あくまで、城で暮らす女の一人にすぎないということだった。
今までは、それでも構わなかった。私が彼女達に求めたのは、皇族という身分ではなかったからだ。
けれど、今回ばかりはそれが仇となる。攫われたのが皇族の一員でなければ、重要度はぐっと下がるのだ。父上にとっても、些事でしかないのだろう。
「第一、お前の探している娘が攫われたのは、結婚式の最中だったのだろう? つまり、まだ結婚していないということだ。その娘は、お前の所有する奴隷の一人でしかない。奴隷くらいなら、また探せばよかろう」
父上の言葉に、私はぐっと言葉を詰まらせる。
確かに、父上の言う事は正論である。あの段階ではクリスティーネは私の妻ではなく、ただの奴隷であった。それなら、代わりを買い直せば済む話だろう。
だが、だからと言って引き下がるわけにはいかない。私にはクリスティーネが必要なのだ。
「それに、その娘を連れて行ったのは、どうやらエリザヴェータを魔物から助け出した冒険者なのだろう?」
その事については、私も掴んでいる情報だ。
何せ、クリスティーネが攫わられる前に、彼女と行動を共にしていた冒険者から、彼女との結婚を諦めるよう、エリザヴェータを通じて話が合ったのだ。その直後にクリスティーネが攫われたのだ、関連性があることはすぐに分かった。
私はすぐにエリザヴェータを問い詰めた。冒険者達がクリスティーネを奪い返そうとしていたことは、隠しきれないと考えたのだろう、エリザヴェータはすぐに訳を話した。
けれど、話したのはそのことだけで、冒険者達の容姿などの特徴に関しては、一言も話さなかった。
エリザヴェータに仕えている者達も口止めされているようで、情報を得ることは出来なかった。これでは、クリスティーネを攫った者達を探し出すことは出来ない。
「エリザヴェータの恩人であれば、無碍には出来ない。連れ去られたという奴隷に関しては、諦めよ」
結局、父上の考えを変えることは出来ず、警戒を解くことが決まってしまった。そうして、俺はこの部屋へと帰ってきたというわけだ。
「それでも、諦めるわけにはいかない」
近隣の町での捜索については続いている。彼らが町へと訪れれば、自ずと見つかることだろう。
もしも帝都に近い場所に隠れていたとしても、同じことだ。隠れるにも限界がある、長旅に出ようとするならば、帝都に立ち寄ることもあるだろう。そうなれば、発見報告が上がる可能性もある。
「それに……ふっ」
俺は思わず笑みを漏らした。
クリスティーネにはたっぷりと薬を盛っておいた。彼らがそのことに気が付けば、何とか治療法を探すことだろう。
それならば、彼らを探し出すことも、そう難しい話ではない。
「待っていろ、クリスティーネ。必ず、この手に取り戻す」
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