357話 半龍少女の治療法を探して3
手元の本から顔を上げ、一つ大きく伸びをする。長時間、同じ体勢でいたことで、体が固まってしまっていた。首を回してみれば、骨がいい音を立てた。
そんな俺の様子を見てか、向かいに座って俺と同じように本を読んでいたイルムガルトが顔を上げた。
「さすがに疲れたわね」
そう口にするイルムガルトの顔は、言葉と共に溜息を吐きだした。
その顔には、はっきりと「飽きた」と書かれている。
「なんだイルマ、本を読むのは嫌いか?」
「そういうわけじゃないけど……朝からずっと読んでたらね」
今はアメリアと共に帝都へ買い物に行った翌日、その夕方だ。俺達は今日、朝から総出で俺の持っている何十冊もの本を読み漁っているのだった。
その目的は、クリスティーネの記憶を取り戻すことである。
昨日、クリスティーネは眠りに落ちる前に、「甘い香りの香」と言っていた。俺はその言葉について、よくよく考えてみたのだ。
そうして、一つ思い出したことがある。
薬の中には、記憶に作用するようなものもあるのだ。そして俺は、記憶に影響を及ぼす甘い香りのする薬について、昔本で読んだ覚えがあるのだ。
だが、何の本に書かれていたのか、肝心なところが思い出せない。俺の所有している書籍の中に存在するのか、別のところで読んだ本に書かれていたのかもわからないくらいには曖昧だ。
そこで、ひとまずは俺の手元にある本を、一通り調べてみようということになったのだ。そうして朝の訓練の後、皆で読書をしていたというわけである。
「それに、興味のない本を読むって言うのはどうもね。正直言って、退屈だわ」
そう言って、イルムガルトはとんとん、と手元の本を軽く叩いて見せる。
今イルムガルトが読んでいるのは、植物に関して書かれた書籍だ。香からは甘い香りがしたという事なので、花を始めとした植物が原料なのではないかと考えたのだ。
「それなら休憩してもいいんだぞ? アメリアを見てみろ」
そう言って、俺は広間の壁沿いへと目を向けた。そちらでは、石床に敷いた厚布の上、真新しいクッションに寄りかかって体を休めるアメリアの姿があった。
別に、アメリア一人がさぼっているというわけではない。当初は、彼女も俺達に混ざって調べ物をしていたのだ。
だがアメリアは、一冊目の四半分も読み進めたところで、早々にダウンしてしまった。どうやら彼女は文字を読むのが苦手なようだ。
「悪かったわね……本なんて、普段全然読まないから……体を動かすほうが好きなのよ」
クッションに顔を半分埋めながら、顔を逸らし目だけをこちらへと向けながら、アメリアが口を開く。その表情は、少し申し訳なさそうだ。
「別に責めちゃいないさ。そもそも手掛かりが少なすぎるし、そう簡単にわかるとも思ってないしな」
こうやって皆で調べてはいるが、何もわからない可能性の方が高いのだ。ただ、今は時間がたっぷりとあるし、クリスティーネのためにも何とかしてやりたいと、細い糸を手繰り寄せようとしているところだ。
ふと、俺の隣で魔術具について書かれた本を読んでいたシャルロットが、小さく息を吐いた。一応、シャルロットには魔術具に関する線でも調べてもらっていたのだ。
「それにしてもジークさん、たくさん本を持っているんですね」
「まぁ、趣味みたいなものだしな。一応、一通りは目を通してあるんだが……改めて読むと忘れていることも多いな」
生憎と、一度目を通しただけで全てを覚えるような、完全記憶能力は備わってはいない。それでも一度見ておけば、記憶の端に引っかかっていることはいろいろとあるので、こんな風に気になった時は調べ直すことが出来るのだ。
そうして、また本のページを一枚捲っただった。そこに書かれている内容に、目が留まる。
「ん? ……これは?」
そこに書かれていたのは、とある薬の精製方法だった。原料はルエルコリスと呼ばれる、薄紅色の花のようだ。
聞き覚えのない植物である。どうやら、その花を少量使用することで、痛み止めが作れるらしい。ただ、一般的には別の材料を利用した痛み止めの薬が売られているので、数や群生地、流通などの問題があるのだろう。
そしてルエルコリスからはその他にも、香のように煙を吸い込む種類の薬と、飲み薬の二種類が作れるらしい。そのどちらも、効果としては同じようだ。
見た目としては、香として使用するなら薄紅色の粉末、飲み薬の場合も同じような色の液体らしい。参考情報として、本には絵も載っている。それから香りだが、果物のような甘い匂いがするそうだ。
そして肝心の効果だが、少量であれば心を落ち着かせる効果があるとされている。どうやら今から百年程前くらいには、それなりに使用されていたそうだ。
だが、継続的に摂取すると、体調への悪影響があるとされている。
「服用を続けると、次第に意識が朦朧となり、日中でも強い眠気に襲われるようになる。思考能力が低下し、物事を深く考えることが出来なくなり、物忘れが多くなる。重度になると、一時的に記憶を失うこともある」
俺の読み上げた本の内容に、皆が一様に表情を変えた。
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