355話 半龍少女の治療法を探して1
俺がアメリアと共に、帝都から拠点である南西の森の洞窟へと戻ってきたのは、陽が傾き始めた頃だった。洞窟の入口が見えたところで、予定通りの時間に帰れたことに、俺は小さく溜息を吐く。
折れ曲がった通路を進み、仕切りの布を押し退ける。その向こうは、帝都に出掛ける前と変わらない様子の広間だ。
広間にいたのは、シャルロットとエリーゼの二人だけだった。クリスティーネとフィリーネは奥の寝室で寝ており、イルムガルトが付いていてくれるのだろう。
二人は室内に入ってきた俺達に気付き、顔を上げる。それからシャルロットがぱっと表情を明るくさせた。
「ジークさん、アメリアさん、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。色々と買って来たぞ」
俺は少女へとそう声を掛け、手始めに背負い袋からクッションを一つ手渡した。帝都で購入したものの一つである。
以前から、寛ぐためにクッションの一つでもあればよいなとは思っていたのだ。だが、ここ最近は何かと忙しく、町で購入するのを忘れていたのだった。
俺が土魔術で作る椅子は石で出来ているので、このクッションがあれば座り心地も多少は改善されるだろう。人数分だけでなく、予備も含めて多めに購入しておいた。
「ありがとうございます、ジークさん!」
シャルロットが笑顔で受け取った。どうやら喜んでもらえたようだ。
そこへ、テーブルに上体を伏せたエリーゼが口を開く。
「その様子だと、帝都に入れたのね?」
「えぇ、結構簡単だったわ。私達の事、そこまで知られてないみたい」
そう言いながら、アメリアがエリーゼの隣へと腰を下ろそうとしたところで、奥の布が揺れた。見れば、奥の寝室からこちらへと、イルムガルトがやってきたところだ。
イルムガルトは片手で仕切りの布を上げたまま、広間の中へと目線を向ける。その蒼の瞳と、俺の目が合った。
「あら、ジークハルトじゃない。それにアメリアも、帰ってきたのね」
「あぁ、たった今な。帝都には無事に入れたよ。フィナの薬も、手に入った」
「それは良かったわ。他にもいろいろと買ってきたんでしょう?」
「当分はここで暮らせるくらいにはな。しばらくは、この洞窟でゆっくりとしよう。それでイルマ、二人の様子はどうだ?」
「そうだったわ、丁度いいところに帰ってきたわね。今し方、クリスが目を覚ましたところよ」
どうやらイルムガルトは、クリスティーネが目覚めたことを、シャルロットとエリーゼに知らせるために、こちらへと足を運んだようだ。そこへ丁度、俺とアメリアが返ってきたというわけである。
クリスティーネが目覚めたのであれば、今度こそ話をしたい。そう思い、俺は寝室の方へと足を向ける。皆も気になるのだろう、俺の後をついて来た。
寝室に入ると、毛布に身を包んだクリスティーネとフィリーネが、石床に横になったまま互いに目を合わせていた。どうやらフィリーネも目を覚ましていたらしい。二人で話をしていたようだ。
俺達が入ってきたことで、二人ともこちらへと顔を向ける。相変わらず、クリスティーネはどこかぼんやりとした様子だ。
クリスティーネはひとまず置いておいて、俺はフィリーネの方へと顔を向けた。彼女と顔を合わせるのは、今朝以来である。
「ジーくん、おかえりなの」
「ただいま、フィナ。体の調子はどうだ?」
「まだ動けそうもないの」
白翼の少女は体を動かさないまま、ふるふると首だけを振って見せる。どうやら、まだ上体を動かすことすら出来ないようだ。
彼女の怪我は全身に及んでいる。動けるようになるまでは、もう少し時間が必要だろう。その頃には、魔毒の影響が抜けていれば良いのだが。
「そうか……安心してくれ、フィナ。帝都で薬を買ってきたぞ。これがあれば、少しは傷の治りも早くなるだろう」
「ジーくん、ありがとなの」
そう言って、フィリーネは控えめな笑みを浮かべた。
それから少女は「それよりも」と前置きをして、隣で横になるクリスティーネの方へと顔を向ける。
「フィーよりもクーちゃんのことなの。クーちゃん、フィーの事も忘れてるの」
何時からフィリーネが起きているのかはわからないが、クリスティーネの記憶喪失に関しては、事前にイルムガルト達から聞いているようだ。
そしてやはりというべきか、クリスティーネはフィリーネに関する記憶も失っているようだ。これで彼女は、俺達のことは誰一人として覚えていないということである。
ひとまず俺はフィリーネへその場で安静にしているように告げ、クリスティーネの方へと歩み寄る。半龍の少女は首を少しだけ傾け、己に近づく俺の姿をぼんやりと見つめていた。
そうして俺はクリスティーネの傍まで近寄ると、石床も上に腰を下ろす。
「さて、クリス、おはよう。とは言っても、今は夕方だけどな。よく眠れたか?」
今のクリスティーネにとって、俺達は見知らぬ相手だ。こんな風に気安く声を掛けたところで、警戒されたり、物怖じされたりする可能性はある。
それでも、俺はクリスティーネに対しては、いつものように接したかった。普段通りに話しかけることで、少しでも俺達の事を思い出してくれるかもしれないからな。
対してクリスティーネは、俺から距離を取ることもなく、怖がる様子も見せなかった。ただ、眠そうな瞳でゆっくりと瞬きをして見せる。
「……おはよう、ございます……えっと……」
そこで少女は、どこか言い淀む様子を見せた。
「どうした、クリス? 気になることでもあるのか?」
「その……名前が、わからなくて……」
「……そうか」
改めてクリスティーネに名前を問われると、心臓の辺りがズキリと痛む。彼女の口からは、聞きたくなかった言葉だ。
それでも、名前を教えなければ会話もままならないだろう。俺は深く息を吐くと、表情を取り繕った。
「俺の名はジークハルトだ。出来ればジークと呼んでくれるか?」
「……ジークさん、ですね。わかりました」
残念ながら、記憶を失う前のように、気安く呼び捨ててはくれないらしい。
初めて出会った直後のクリスティーネが、すぐに俺の事を渾名で呼んでくれたことを思い返せば、随分と記憶が失われてしまったようだ。以前のクリスティーネに戻る日は、何時のことになるのだろうか。
「それで、ジークさん……えぇと、わからない事ばかりなので、色々と教えてもらえますか?」
「もちろんだ……と、言いたいところなんだが、それよりもクリスの話を先に聞かせてくれるか?」
「私の、話を……ですか?」
半龍の少女が小首を傾げるのに対し、俺は頷きを返した。
クリスティーネが記憶喪失だということが判明して、当初の俺は表面上は平静を取り繕っていたものの、内心では非情に動揺していた。だが、少し時間をおいてから、その事についてよくよく考えてみたのだ。
記憶喪失なんてものには、普通に暮らしている分には早々なるようなことはない。クリスティーネが記憶喪失になったのは、何らかの原因があるはずなのだ。その原因さえわかれば、きっと記憶を取り戻す方法だってわかるだろう。
その為には、クリスティーネの話を聞くのが一番の近道だ。
彼女の様子を見れば、覚えていることは余り多くはないだろう。それでも、どんな小さな手掛かりでもいい。今は少しでも情報が欲しかった。
俺の言葉に、クリスティーネは石床に横になったまま、天井へと目を向ける。
「私の、覚えていること……私は……そう、私はここで目を覚ます前は、お城に居ました」
そうして、半龍の少女は記憶の本を紐解き始めた。
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