348話 安全確保と潜伏生活1
舗装などされていない自然の山道を、俺達は逸れないようにと、一塊になって進んでいく。降り注ぐ雪は激しさを増し、そろそろ視力も役には立たなくなってきた頃だ。
「あの、ジークさん……そろそろ、フィナさんを治療しないと……」
隣を歩くシャルロットが、控えめながらもはっきりとした口調で告げてくる。俺が腕に抱えたフィリーネを見るその瞳は、心配の色が隠しきれない。
未だにフィリーネは、先程魔術を受けた時と変わらない、血に塗れた姿である。普段の何を考えているのかわからないような、ぽやっとした表情は鳴りを潜め、苦悶の表情を浮かべている。
「わかってるよ、シャル。だが、どこか休めるところを探さないと……」
この雪の降り荒ぶ中、天幕を立てるというわけにはいかない。就寝時は身を寄せ合ってもよいが、治療をしようと思えばクリスティーネとフィリーネを寝かせただけで、天幕はいっぱいいっぱいである。
かと言って、帝都を目指して旅をしていた時と同様、土魔術で囲いを作るというのも考え物だ。それならある程度のスペースは確保できるものの、森の中では間違いなく悪目立ちするだろう。
俺達は未だ、帝都の騎士達から逃げる身なのだ。あまり目立つような拠点は避けたい。出来ることなら、自然に溶け込んでいるようなところが良いだろう。
そんな俺の希望は、すぐに叶うこととなった。森を進む俺達の前方に、高い崖が現れたのだ。
「よし、ここなら良さそうだ」
「ここって、ただの崖じゃ……あぁ、そう言う事ね」
俺の言葉に、少し戸惑うように口を開いたアメリアは、すぐに俺のしようとしていることに気が付いたようだ。
以前、火兎族の隠れ里に赴いた時にも、同じようなことをしたからな。
「あぁ、魔術で崖の中をくり抜いて、ひとまずそこに避難しよう」
土魔術を使用すれば、崖の中に閉じた空間を作り出すことなど、容易いことである。入口を普通の洞窟のように偽装すれば、騎士達に気が付かれる危険性も、ぐっと低くなるだろう。
それから俺は、土魔術を使用して崖に穴を空け始めた。今はあまり時間をかけてはいられないため、あくまで大雑把な工事である。細かいところは、後で必要に応じて手を加えればよいだろう。
入口は中に風雪が入り込まないよう、折れ曲がった通路のように作り上げる。外から見てもただの洞窟にしか見えないため、これでよいだろう。
通路の先は大きくくり抜き、広間のような造りとした。中は真っ暗なので、明かりの魔術具が必須である。
それから岩の上に布を敷き、その上にクリスティーネとフィリーネの二人を並べて寝かせた。
クリスティーネは未だ、目を覚まさないままである。このような状況で目を覚まさないと言うのは些か心配だが、すぅすぅと規則正しく寝息を立てている以上は、緊急性はないだろう。
それよりも、今はフィリーネだ。
白翼の少女は風の刃に全身を切り刻まれ、酷い状態だった。一つ一つの傷が、そこまで深くはないのが救いだろう。今は流れ出る血も止まっているようだが、傷口は依然として痛々しい有様だ。
さらに状態をよくよく見てみれば、左の翼を貫かれているのがわかった。これはおそらく魔術で攻撃される前、フィリーネが最初に攻撃を受けた狙撃の跡だろう。矢傷にしては深いので、強弓の類だろうか。
傷の状態を確認した俺は、早速とばかりに治癒術を行使し始める。慣れ親しんだ魔術だ、万に一つの失敗もない。
床に寝かされたフィリーネの体が、白い光に包まれる。そうしてフィリーネが全身に受けた傷は、立ちどころに治る、はずだった。
だが――
「どういう、ことだ?」
――治癒術の光がなくなり、魔術具の照明に照らされるフィリーネの体には、痛々しい傷が残っているままだった。
もしや、治癒術に失敗したのだろうか。
そんなはずはない、と思いながら、俺は二度、三度と治癒術を行使する。
けれど、一向にフィリーネの傷は癒されないままだ。
「どうなってるの、ジーク? 治癒術が効かないなんて……」
「わからないな……」
考えられる理由としては、何があるだろうか。
フィリーネが、治癒術が利かない特殊な体質だった?
いや、これまでにも何度も、フィリーネには治癒術を使っているし、効果もあることは確認済みだ。
一時的に魔術が使えないようになっている?
いや、治癒術は間違いなく成功しているし、土魔術で崖をくり抜くことだって出来ているのだ。
いくら可能性を上げてみても、これだというものはない。全身に怪我を負っている以外は、普段のフィリーネと変わりはないように見える。
では、この状況は何だというのか。
俺は頭を悩ませながら、フィリーネへと目を向ける。そこでふと、フィリーネの翼の穿たれた部分に目線が吸い寄せられた。
そして一つ、思い当たる可能性に行きつく。
「まさか……魔毒か?」
そう考えれば、フィリーネの怪我が治癒術で治らない事にも理由が付く。
「魔、毒? 毒、何ですか? そんな、フィナさん、助からないんですか?」
眉尻を下げ、シャルロットが俺に縋りつく。その表情は、見る見る泣きそうなものへと変わっていった。
俺は少女を安心させるように、服の裾を握るシャルロットの手へと、己の手を重ねる。
「安心しろ、シャル。毒とは言っても、それ自体が命にかかわるようなものじゃないんだ」
「そう、でしたか……良かった」
俺の言葉に、シャルロットは安堵の吐息を漏らす。
その隣、石床の上に腰を下ろしたエリーゼが、小さく首を傾げて見せる。
「ねぇジークさん、その魔毒って言うのは何なの?」
どうやら皆、思い当たる節はないようだ。魔毒は比較的珍しい薬だから、知らなくても無理はないな。
「魔毒って言うのは薬の一種で、魔力を阻害する効果があるんだ」
そう言って、俺は魔毒についての説明を始めた。
人類の歴史とは、戦いの歴史でもある。それが魔物相手であれ、人同士であれ、争いというものが絶えたためしはない。
そんな世界であれば、治癒術の重要性というものは、わざわざ言うまでもないであろう。特に、戦争時などでは治癒術の使い手が重宝された。重軽症者がすぐに戦線復帰出来るとあれば、治癒術の使い手次第で勝敗が決すると言っても過言ではないだろう。
そんな戦いが続くと、人々は敵側の治癒術を、何とか妨害できないかと考えだした。相手の治癒術を封じることが出来れば、格段に優位に立てるのだ。
そうして生まれたのが、魔毒である。
魔毒が人体の中に入ると、たちまちの内に全身へと回る。そうして、外部からの魔力の影響を妨げるのだ。
即ち、治癒術を始めとした、人に影響を与える魔術が効果を及ぼさなくなるのである。丁度、今のフィリーネのように、治癒術が効かなくなるということだ。
「たぶん、最初に攻撃された矢に塗られていたんだろうな」
「ジークさん、魔毒も薬なら、治療薬はないんですか?」
「あるにはあるが、珍しいものだからな……それこそ、騎士団の詰所にでも忍び込まないと、手に入らないだろう。それよりも、自然と魔毒が抜けるのを待った方がいい」
「ちょっとジーク、少し悠長なんじゃない? フィナのことが心配じゃないの?」
「心配に決まっているだろう。だが、焦っても仕方がない。第一、今から帝都に戻って、騎士団に襲撃を掛けるわけにもいかないだろう。大丈夫だ、幸いにも命にかかわるほどの重症じゃない。もちろん血は失ってるし、数日は動けないだろうが、魔毒が抜けて治癒術が使えるようになるまでは、通常の薬で対処が出来る」
「なるほどね……わかった、ジークの言う通りにするわ」
アメリアの言葉に同意するように、皆は一様に頷きを見せた。俺が焦りを見せていないためか、皆も少し落ち着きを取り戻したようだ。こういう時は、慌てても良いことはないからな。
それから俺は傍らで横になるフィリーネを見下ろし、その綿のような白髪に、軽く手を当てる。傷口が痛むのだろう、俺を見返すフィリーネの表情は苦し気だ。
「そう言うわけでフィナ、苦しいだろうが耐えてくれ」
「ん……頑張るの」
フィリーネからは、弱々しいながらも応えが返った。安静にしていれば、すぐにとは言わないが直に傷も癒えるだろう。
それから俺は、皆に薬での処置を頼むと、この空間を少しでも過ごしやすくなるよう、魔力を練り上げ始めた。
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