341話 半龍少女救出会議3
側仕えと言うのは、主のために動くことが仕事である。主な役割は、仕えている主の世話だ。あくまで主を立てる立場なので、私的な場所であれば主と会話もするだろうが、公の場では自己主張をせず、後ろに控えている者である。
今は俺達がエリザヴェータと話しているところだ。俺達は貴族などではなく、ただの冒険者でしかないものの、主との会話に割り込むのは側仕え失格と言えるだろう。
だが、この女性は俺達との会話に割り込んできた。しかも、その内容はレオニードを支持するような内容である。
この女性は、いったいどのような立場なのだろうか。
「エルザ、この女性は?」
「えぇと、その……」
問いかければ、エリザヴェータは両手を胸の前で組み、少し戸惑ったように身動ぎをする。
その傍に控えた蜂蜜色の髪の女性が姿勢を整えた。
「申し遅れました。私はレオニード様の妻のツェツィーリヤと申します」
そう言って、優雅な礼を取って見せる。
その言葉を聞いて、俺は思わず眉根を寄せていた。レオニードの妻がなぜこの場にいるのだろうか。その目的に予想が付かない。
それに、レオニードの妻ということは、ツェツィーリヤも皇族ということだ。だというのに、その身に付けているのは、質は良いもののさして特徴的でもない侍女服だ。
少なくとも、皇族が身に付けるものだとは思えない。
「あー……その服装は?」
疑問はいくつもあったが、思わず口を突いて出たのはそんな言葉だった。
「趣味です」
返ってきたのは、ツェツィーリヤのきっぱりとした言葉だった。その表情は真剣そのものである。
そうか、趣味か。
そう言われてしまっては、それ以上追及しようもない。
ひとまず、服装の話は置いておこう。
俺は一つ咳払いをする。
ツェツィーリヤはレオニードの妻だと名乗った。これまでに得た情報を照らし合わせれば、一つ予想が立てられる。
「ツェツィーリヤさん、レオニード殿下の妻ということは、つまり貴方は元奴隷ということだろうか?」
以前エリザヴェータから聞いた話では、レオニードは十名以上の奴隷を所有しており、その全員と結婚しているということだった。
つまり、彼女も元は奴隷だったという事なのだろう。
そう思って問いかけたのだが、ツェツィーリヤは静かに首を振って見せた。
「いいえ、私は貴族の生まれです。元奴隷なのは、他の妻達ですね」
そう言って、ツェツィーリヤは簡単に説明してくれた。
ツェツィーリヤはレオニードの最初の婚約者にして最初の妻、所謂正妻というものらしい。そしてレオニードには現在、ツェツィーリヤとクリスティーネを除いて、全部で十一名の元奴隷の妻がいるそうだ。
つまり、クリスティーネはレオニードの、十三番目の妻になるということだった。
「それは、何というか……ツェツィーリヤさんはそのことについて、何とも思わないのか?」
普通に考えれば、ちょっとくらい思うところがあって然るべきだろう。少なくとも、俺は恋人や結婚相手に別の相手がいれば、良くは思わない。そもそも性別が違うので、そのようなケースは本当に稀なのだが。
逆に、複数の妻を持つことはどうだろうか。俺も男だ、ある意味男にとっては夢のような話だろう。
とは言え、現実を考えればいろいろと問題がある。そのあたり、帝国の皇帝という身分であれば、俺のような庶民と比べれば比較的、問題は少ないのだろう。
だがしかし、それにしたって妻が十三人もいるのは多すぎる。どう考えても、結婚生活が上手くいくとは思えないのだが。
しかし、ツェツィーリヤは毅然とした態度を崩さない。
「それを、レオニード様がお望みですので」
蜂蜜色の髪の女性は揺るぎない姿勢で、はっきりと発声した。
なるほど、ツェツィーリヤはレオニードの事を愛しているのだろう。会ったことのない俺からすれば、何とも女好きの男だなとしか思えないが、ツェツィーリヤの言葉には確かな信頼が見えた。
その事自体は、特に構わないだろう。夫婦仲のことなど当事者同士が納得していればそれでよいし、そもそもそこまで興味もない。
問題なのは、そこにクリスティーネが含まれていることだけだ。
「それでツェツィーリヤさん、何度話しても同じというのは、どういうことだ?」
「言葉の通りでございます。レオニード様がクリスティーネ様と結婚することは、すでに決められております。クリスティーネ様はレオニード様の所有する奴隷ですので、何の問題もございません」
理屈の上では、ツェツィーリヤの言う通りなのだろう。
そもそも、相手は皇族なのだ。俺達がどれだけ声を上げたところで、聞き入られるとはとても思えない。本来であれば、こうして言葉を交わすことすら出来なかったはずなのだ。
とは言え、はいそうですかで済ませられることではない。
「クリスの意思はどうなる? その気のない相手に結婚を迫るのは、非道なんじゃないか? 第一、そこまでして結婚して何になる?」
皇族という立場であれば、俺達庶民とは異なり、望まぬ結婚だってすることもあるだろう。だがそれは政略結婚のように、国や家同士の結束を強めるためのもののはずだ。
ただの冒険者に過ぎないクリスティーネと結婚することが、帝国のためになるとはとても思えない。皇族としてのメリットはないだろう。
もちろん、皇族だって恋愛結婚をすることだってあるだろう。
だが、レオニードの方はともかくとして、クリスティーネにその気があるとはとても思えない。あの花より団子を地で行く少女に、恋愛事は少々早いのではないだろうか。
だが、続いてツェツィーリヤから告げられた言葉に、俺は思わず動きを止めることとなった。
「それも問題ありません。クリスティーネ様は、既に結婚を受け入れております」
「……なんだって?」
俺は思わず耳を疑った。あのクリスティーネが、結婚することを認めたというのか。
俺以外の皆にとっても、驚愕の事態だったらしい。皆一様に驚きの表情を浮かべている。
特にクリスティーネと付き合いの長いシャルロットは、顕著な反応を示している。
「あの……クリスさんが、結婚したいと言ったんですか?」
「えぇ、そう申しております」
「とても信じられないな……」
俺は憮然とした表情で腕を組む。どう考えても不自然だ。
そもそも、ツェツィーリヤの言い分を信じる根拠は、どこにもない。全てはレオニードの側に立つ女性一人の言葉にしか過ぎないのだ。
これ以上、ツェツィーリヤの話を聞いたところで、新たに得られる情報はないだろう。
それならばと、俺は話の方向性を変える。
「クリスに会わせてくれ。直接、俺達が話を聞く」
クリスティーネと直接話が出来れば、事態はすぐにわかるだろう。例え、何らかの理由で脅されていたとしても、あの少女は俺達に嘘など付かないはずだ。
その場合でも、騎士達による監視はつくだろうが、このままただ話を聞いているよりもずっと有意義だろう。
だが――
「なりません」
――俺の言葉は、ツェツィーリヤによりぴしゃりと跳ね除けられた。
「クリスティーネ様は、既に貴方達との関わりを断っておられます。もう会うことはないでしょう」
「なっ――」
「これ以上、レオニード様の手を煩わせないでください」
「そんなふざけた話が――」
「式は三日後、町の大聖堂で行われます。それでは、私はこれで失礼します」
一方的に言い終えると、ツェツィーリヤは出口の方へと足を進める。俺は咄嗟に「待て」とその背中へと投げかけるが、その足は止まることはない。
やがて、ツェツィーリヤの姿は角を曲がって見えなくなった。俺はただ、それを見送ることしかできなかった。
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