336話 姫君への頼み事1
「頼み事……ですか?」
そう言って、エリザヴェータは小首を傾げて見せる。その動きに合わせ、長い金髪がふわりと揺れた。手入れの行き届いた長い髪が、照明の光をキラキラと反射している。
少女の言葉に、俺は頷きを返す。昨日、エリザヴェータが帝国の姫だということが分かり、城の敷地内に入ってからずっと考えていたことだ。
エリザヴェータは少し戸惑った様子で、両手を胸元へと当てて見せた。
「その……もちろん、ジークハルトさん達には助けて頂いた御恩があるので、出来る限りのお礼はしたいと思っています。あまり無理な内容でなければ……」
「あぁ、わかってるよ」
俺としても、エリザヴェータに無理を言うのは本意ではない。
そもそも、俺の頼み事というのは、クリスティーネ絡みのことなのだ。イリダールから得た情報が確かなのであれば、クリスティーネはこの城のどこかにいるはずなのである。
昨日まで城を離れていたエリザヴェータが、クリスティーネに直接会ったことがあるとは思えない。けれど、この城の姫であるのならば、彼女に関する情報を集めることは、俺達よりも余程容易いことだろう。
なので、クリスティーネの情報を集める手伝いをしてくれないかというのが、俺からの頼みごとの内容なのだった。
とは言え、いきなりそんな話をされても、わけがわからないだろう。エリザヴェータの協力を得るためにも、包み隠さず事実を伝えるべきである。
幸いにも、周囲には少数の騎士や侍女が控えているくらいだ。話を持ち掛けるには絶好の機会である。
まずは何と話を切り出そうかと考える俺より先に、エリザヴェータが口を開いた。
「やはり、金銭でしょうか?」
「いや、違うな。金があるに越したことはないんだが……」
「では財宝ですか? 国宝級となると難しいですが、私からお父様に頼むこともできます。それとも魔道具でしょうか? 城にはいくつか、古代魔術具も保管してあります。あるいは魔導書でしょうか? かの有名な、魔術の生みの親が書いたとされる、原初の魔導書もございますが……」
「うっ……どれも魅力的だが、違うな」
正直に言うと、かなり魅力的な提案だ。
城に保管されている財宝を見られる機会などこの先ないだろうし、古代魔術具というのも興味がそそられる。あらゆる魔導書を買い集めている身からすれば、原初の魔導書など一度でいいから目を通してみたいものだ。
だがそれよりも、優先すべきはクリスティーネの身柄である。彼女のためにも、ここは好奇心を押さえなければ。
思わず拳を握る俺を尻目に、エリザヴェータははっと表情を変えた。
「も、もしかして、私との婚約をお望みですか?!」
「……えっ?」
突然のことに呆気にとられる俺の前で、エリザヴェータはみるみる顔を赤くさせる。
そうして実に柔らかそうな両頬を、両手で軽く押さえて見せた。
「いえ、確かに私も年頃で、そろそろ婚約者をと言われるようになってきましたが、私としてはまだ早いかなというか、もう少し時間が欲しいところでありまして、いえ決してジークハルトさんが嫌というわけではなくて、むしろ頼りがいのある方だなとは思うんですが、私達はまだ出会ったばかりですし、ですが婚約というのは大抵突然のことで、話したこともない方に決まってしまうこともあることを考えれば、例え身分が少々異なっても、多少なりとも人となりを知っている方の方が安心できると言いますか、そのあたりどう思われますか?」
「そ、そう、だな……?」
小さく身を捩らせ、何やら一人で盛り上がっている様子のエリザヴェータを前に、俺は二の句が継げない。こんな時は、何と答えるのが正解なのだろうか。
慌てるな、と自分に言い聞かせ、俺は冷静さを取り戻す。この年頃の少女というのは、恋に恋する生き物なのだ。それは平民であっても皇族であっても、変わらないのだろう。
思い返せば、故郷の村でも同年代の少女達と言えば集まって、恋の話をするのが常だった。やれ誰が格好いいだの、誰と将来結婚するのだと、飽きもせず毎日話している光景を見た覚えがある。
今のエリザヴェータの姿が、あの少女達と重なる。若干、満更でもなさそうな様子が気にかかるが、やんわりと否定するべきだろう。
出来るだけ傷つけない言葉探しをする俺だったが、それよりも先に三名の少女達が椅子から腰を浮かせた。
「ちょっと待つの! ジーくんとの婚約話と聞いては黙っていられないの!」
「ジークさん、そんな、いつの間に……」
「ジーク、あなた、私達の見ていない間に何したの!」
椅子を蹴倒すほどの勢いで立ち上がったのがフィリーネで、若干泣きそうな表情を見せたのがシャルロット、それに怒気を露わに俺を問い詰めたのがアメリアだ。
三者三様の反応を前に、俺は弁明を試みる。
「待て待て、誤解だ! まだ何もしていない!」
俺の言葉に、三人はぴたりと動きを止めた。
だが、落ち着いたか、と一息付く間もなく、エリザヴェータも含めて再び騒ぎ始める。
「そうですよね、時間はたっぷりありますし、これからゆっくりとお互いを知っていけば……」
「まだってことは、予定があるってことなの?! エルちゃんのどこがジーくんの琴線に触れたの?!」
「うぅ……年齢は私がエルザさんに一番近いはずなんですが……」
「くっ、胸のサイズは近いはずなんだけど……」
ダメだ、恋愛脳の少女達は最早自身の世界に旅立ってしまったようで、俺の話に耳を傾けてくれない。それならばと、俺は助けを求めるように後の二人、エリーゼとイルムガルトへと目を向ける。
だが二人は紅茶を飲みながら、どこか面白そうに俺達の様子を眺めていた。
「こういうところが、見てて飽きないのよね」
「イルマも物好きだなぁ……まぁ、わかるけど」
ニコニコというよりもにやにやと表現する方が適切な笑みを浮かべ、二人は何やら言葉を交わしている。この二人は頼りになりそうにもないな。
俺は深く溜息を吐くと、大きく両の手を打ち鳴らす。ぱしんといい音が鳴ると同時、少女達が動きを止めた。
「全員、落ち着け! エルザに婚約を申し込むつもりはない! 頼み事って言うのは、もっと別のことだ!」
俺の言葉に、少女達は一様にぱちぱちと瞬きをしてみせる。
それから、すごすごと元の椅子へと腰かけた。
「そ、そうですよね。私としたことが、早合点を……」
「焦ったの……もし本当なら実力行使も辞さないところだったの」
「良かった……でも、結局私の年齢は許容範囲、なんでしょうか……?」
「それだと胸の大きさの好みもわからず仕舞いってことよね。くっ、やっぱり大きい方が……?」
三人娘は小声で何事かを呟いている様子だが、ひとまずは落ち着きを取り戻したようだ。
俺は話題を切り替えるように、咳ばらいを一つして見せる。
「さて、改めてエルザ、頼みごとをする前に、一つ聞きたいことがあるんだが」
「はい、何でしょうか?」
俺の言葉に、金髪の少女はぴしりと姿勢を整えて見せる。
そこまで身構えることはないと少女に告げ、俺はさらに言葉を重ねた。
「君の身内に、レオニードという方はいるか?」
クリスティーネを助け出すための第一歩として、俺はそう切り出した。
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