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333話 氷雪帝国の皇女4

 見慣れた城の中を、奥へ奥へと進みます。そうして行きついたのは、城の執務室でした。この中では、お父様が今日も仕事をしているはずです。

 扉の前には、警備の騎士達が控えていました。


「おや、姫様、おかえりなさいませ。陛下に御用事ですか?」


 騎士の一人が軽く腰を曲げ、私へと話しかけてきます。


「そうです。中に入ってもいいかしら?」


「少々お待ちください」


 騎士は私へ一言告げ、扉を開けて部屋へと入ります。騎士の許可がなければ、私でも室内に勝手に入ることはできません。少し回りくどいですが、立場というものがありますから。

 それからすぐに騎士は戻り、入室の許可が下りました。騎士の開いてくれた扉から、部屋の中へと入ります。


 この執務室に入るのは初めてのことではありませんが、頻繁に入るわけでもありません。しばらく振りに入る室内の様子は、以前と変わりなく整然としていました。

 その部屋の奥、大きな執務机にお父様が腰掛けています。赤銅色の短髪はどこか獅子を思わせ、鋭い水色の瞳は常に睨んでいるようにも見えます。眉間の皴からもどこか怒っているように見えますが、優しい人であることを私は知っています。


「エリザヴェータか。来るとは思っていた」


 そう言って、お父様は読んでいた本を閉じて腰を上げます。


「おいで。こちらで話そう」


 お父様は私を手招きし、右手の方へと向かいます。そちらには長テーブルを挟んでソファーが設えられていました。

 お父様はソファーの向こう側へと腰を下ろします。続いて私も、お父様の反対側へと腰を下ろそうとしたところ、待ったをかけられました。


「こちらへ座りなさい」


 お父様は自身の隣を指し示しました。どうやら隣に座れという事らしいです。

 私は喜んでお父様の隣に腰掛けました。こんな風に隣り合って話すのは、随分と久しぶりのことです。


「騎士から報告は受けている。お前が見知らぬ者達と共に、この城へ戻ったと聞いたが、一体何があった?」


 やはり、門に立っていた騎士から報告が上がっているようです。

 けれど、私はまだ誰にも詳細を語っていないため、お父様もまだ事情を把握していないようです。


「実は、帝都に帰る途中に魔物に襲われまして……」


 そうして私はお父様に軽く寄りかかりながら、私の身に起こったことを語り始めました。


 馬車で帝都へ向かっていたこと。

 二日前に魔物に襲われたこと。

 その途中、私は気を失ってしまったこと。


 気が付いたら、見知らぬ天幕の中にいたこと。

 親切な冒険者の方に助けていただいたこと。

 その冒険者の方達が、残った魔物を倒してくれたこと。


 私以外の騎士や側仕え達は、皆亡くなってしまったこと。

 助けてくれた冒険者の方が、帝都まで護衛をしてくれると言ってくれたこと。

 翌日は吹雪で足止めをされたこと。

 そして今日、帝都へと戻ってきたこと。


 私自身が見聞きしたことと、ジークハルト達に教えてもらったこと、そのすべてを話しました。私の話に静かに耳を傾けていたお父様は、考え込むように腕を組みます。


「そうか、魔物か……」


「はい。冒険者の方は、ホワイトバンキ―と呼んでいました」


「ホワイトバンキーか……強力な魔物だな。群れる習性は無かったと思うが、護衛の騎士を越えるほどの数とは……」


「あっ……」


 お父様の言葉に、私はジークハルトの言っていた言葉を思い出します。彼によると、馬車からは魔寄せの粉が見つかっているのです。そして彼は、それが人為的なものである可能性を指摘していました。

 このことをお父様に話すと、要らぬ心配をかけてしまう気がします。私の命が狙われていると、決まったわけではありません。


 けれど、推測はともかくとして、事実は話しておいた方が良いのでしょう。私は少し迷った末、お父様に話すことを決めました。


「お父様、魔寄せの粉って御存じですか?」


「あぁ、知っているぞ。その名の通り、魔物を引き寄せる効果のある粉だが……まさか、そのせいだと?」


 お父様が驚いたように表情を変えます。ただでさえ強面なのに、ますます怖い顔になりました。

 私は小さく頷きを返します。


「はい、助けてくださった冒険者の方が、最後尾の馬車に積まれているのを見つけました」


「有り得ぬ。そのような物を積む予定などなかったし、誤って積み込むほど、ありふれた物でもない」


 お父様の言う通りです。町から町への移動に際し、積み荷は厳密に取り決められています。余計なものを積み込むほどの余裕はないのです。

 それに、魔寄せの粉は簡単に手に入るようなものではないと、ジークハルトも言っていました。取り扱いには注意が必要ということなので、うっかり荷に紛れるようなものではないのです。


「冒険者の方は、作為的なものかもしれないと仰っていました。私が狙われたかもしれない、と」


 私の言葉に、お父様は難しい顔を作ります。


「可能性はあるな……何にしても、調査は必要だ。また明日、詳しい話を聞かせてくれるか? お前の捜索隊を編成するところだったが、代わりに調査隊を向かわせる必要がありそうだ」


「はい、お父様」


 どうやらお父様は、私達が魔物に襲われた現場を調べるつもりのようです。確かに、詳しく調べれば、もっと多くのことがわかるかもしれません。雪に覆われているとは思いますが、馬車ほどの大きさであれば見つけられるでしょう。

 ただ、明確な場所は私にはわかりません。明日にでも、ジークハルトに尋ねる必要があるでしょう。


「何にしても――」


 お父様は言葉を切り、私を見下ろします。


「――良く帰ってきたな。お前が無事で、本当に良かった」


 そう言って、大きな手が私の頭に乗せられました。

 その言葉に、その感触に、私の奥から込み上げるものがあります。

 気が付いた時には、私はお父様に抱き着いていました。


「……怖かった、です……もう、ダメだと思いました」


 目から涙が零れます。

 本当は、ずっとずっと怖かったのです。

 私に付いてくれていた護衛の数は多く、普通の魔物はそれを見ただけで避けるので、襲われることは今までなかったのです。

 けれど、あの時は違いました。


 魔物の襲撃に騎士からの大声が上がり、周囲から絶え間なく戦闘音が聞こえてきました。同乗していた騎士も外の援に行き、私は馬車の中でただ震えることしかできなかったのです。

 時折悲鳴が聞こえる中、私の乗っていた馬車が横転して。意識を失う直前、死を覚悟しました。


 ジークハルト達に出会ってからも、恐怖がなかったわけではありません。何せ、彼らとは初対面です。どのような人柄なのかはわかりません。

 話すうちに少しずつ、彼らが良い人であることはわかりましたが、裏がある可能性はどうしても拭いきれませんでした。


 吹雪きの中を一日過ごした時もです。いつまた魔物が、周囲を囲む土壁を突破してくるのだろうかと、私は不安で仕方なかったのです。

 それは、帝都へ向かう道中でも変わりません。私達の人数は、私を入れてもたった七人でしかありませんでした。護衛についていた騎士達の数とは比べ物になりません。


 さらにその中でも、魔物と戦う力を持つ者は半分しかいませんでした。いつまた魔物に襲われるのだろうかと思い、私はジークハルトにしがみついていました。

 けれど、彼の背中は不思議と安心しました。もしかすると、私は無意識に彼の強さを感じ取っていたのかもしれません。


 恐怖が完全になくなったのは、城に帰り着いてからでした。

 彼らは私に言った通り、無事に送り届けてくれたのです。

 最早、疑う余地はありません。


 お父様の大きな手が、私の背を優しく撫でます。

 私はしばらくの間、この時間に体を預けました。


 そうしてひとしきり涙を流したからか、少し気持ちが落ち着いてきました。

 それから、まだお父様に言わなければならないことを思い出しました。


「そうだわお父様! 私を助けてくださった冒険者の方なんですが、今日は東棟に滞在していただいているの。お礼もしたいし、何日か滞在していただいても構わないでしょう?」


 私の言葉に、お父様は少し考えていた様子でしたが、すぐに首を縦に振ってくれました。


「あぁ、それくらいなら構わないだろう。直接会うことはないだろうから、お前からある程度の褒美を渡してやってくれ」


「ありがとうお父様! 大好きです!」


 そう言って、私は再びお父様の胸に飛び込みました。

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