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330話 氷雪帝国の皇女1

 私の名はエリザヴェータ・ブラガロードと言います。

 ここブラガロード帝国における第一皇女、つまりお姫様です。

 少し予定より遅くなってしまいましたが、何とかお城に帰ってくることが出来ました。

 いえ、予定外だったのは何も時間だけではありません。私が今こうして無事でいられるのは、私が幸運にも親切な冒険者達に助けられたからです。


 あれはたった二日前のことでした。

 私の乗った帝都へと向かう馬車が、魔物の群れに襲われたのです。私が実際に見たわけではありませんが、周囲を守ってくれていた騎士が、そう言っていました。


 その時のことは、あまり覚えてはいません。ただ、私は馬車の中で小さく震えていることしか出来ませんでした。

 そして、私はいつの間にか気を失っていたようです。気が付いた時には毛布に包まれ、見知らぬ天幕の中にいました。


 目を覚ました私の側には、二人の女性がいました。

 一人は、私と同じ歳くらいの少女です。透き通った水色の髪の可愛い少女が、私の事を心配そうに覗き込んでいました。


 もう一人は二十代半ばくらいの、深い蒼色の髪をした綺麗な女性です。

 頬に鱗のようなものが見えるあたり、異種族の方でしょう。少し寒そうに、毛布に包まれて両手を擦っていました。


「大丈夫ですか?」


 水色の髪をした少女が、どこかほっとした様子で私に声を掛けてきます。鈴を転がすような声というのは、こういう声を言うのでしょう。

 ただ、私はその少女の言葉に対し、思わず言葉を詰まらせました。自身の置かれている状況が、全く理解できなかったのです。馬車の中にいたはずなのですが、ここはどこなのでしょうか。


「少しだけ、待っていてください」


 私が周囲を眺めていると、少女が優し気に声を掛けてきました。そうして腰を上げ、天幕の外へと出ていきます。

 少女はすぐに戻ってきました。その後ろには、一人の男性が続いています。

 防寒着に身を包み、腰に剣を差した男性です。少なくとも、同行していた騎士ではありません。服装からすると、冒険者という方でしょうか。


 武器を携帯した男性の登場に、私は思わず身を固くしました。

 男性は私の方へと歩み寄りましたが、少し距離を空けて立ち止まります。それから膝を曲げ、私と目線の高さを合わせました。


「気分はどうだ? 痛いところとかはないか?」


 男性の声は優し気なものでした。


「え? えっと……あなたは? それに、ここは?」


 私は未だに混乱した頭のまま、男性から少し距離を取り、天幕の中を見渡しました。

 男性はその場から距離を詰めることなく、再び口を開きます。


「俺は冒険者のジークハルトだ。ここは俺達の天幕の中だな。君の目が覚めなかったから、ここへ運び込んだんだ」


 やはり男性は冒険者だったようです。そしてこの天幕は彼らの持ち物とのことです。確かに冒険者なら野営のために天幕くらい持っているでしょうし、それ自体はおかしなことではないでしょう。

 ただ、何故私がこの中で眠っていたのかは、わからないままです。


「そう、ですか……あの、どうして、私を……?」


「それに関しては、外で話そうか。どうだ、動けるか?」


「は、はい、大丈夫です」


 どうやら事情を説明してくれるようです。

 ひとまず、彼の言う事に従う他はないでしょう。少なくとも、今のところは私に危害を加える様子はありません。彼らを信用するかどうかは、話を聞いてからでも遅くはないでしょう。

 それからジークハルトは他の二人へと声を掛け、天幕の外へと出ていきます。私も、他の二人の後を追って天幕を後にしました。


 そうして飛び込んできた光景に、私の頭の疑問符はますます増えました。

 天幕の外は、周囲を土壁で覆われ、その上も一枚岩で塞がれている空間だったのです。岩の天井には魔術具の照明が吊るされ、土壁と天井岩との間からは、小窓のように空の様子が見えました。

 隙間から見える限りでは、未だに雪が降り続いているようでした。建物の影が見えないあたり、少なくともここは町中ではないようです。


 それから、目線を正面へと戻します。天幕の前、土壁の中心では焚火が焚かれ、その周りを随分と形の整った、膝ほどの高さの岩が取り囲んでいました。

 明らかに自然の形ではないので、人の手で作り上げたか、もしくは魔術で生み出したものでしょう。どうやら椅子の代わりらしく、先程の男性達が既に腰掛けていました。


 そこには、新たに三人の人物がいました。全員、私よりいくらか歳上の少女達です。

 一人は、雪のように純白の大きな翼を背に持つ少女です。翼を持つ人を見るのは初めてではありませんが、ここまで綺麗な翼を持つ人を見るのは初めてのことでした。

 その少女はなにやら、先程ジークハルトと名乗った男性に、少し寄り掛かった態勢でいます。


 後の二人は、赤毛に覆われた大きな耳を持つ少女達です。おそらく、獣人族の一種だと思います。少し鋭い瞳をした少女と、比較的優しそうな少女の二人です。

 獣人族を見るのは初めてではありませんが、たぶん、その中でも私が初めて見る種族でしょう。なんとなく、少し触りたくなる耳をしています。


 そうして男性に促され、私も岩の上に腰を下ろしました。ここまで硬い物に座るのは、生まれて初めてのことになります。せめてクッションが欲しいのですが、さすがにこの状況でそんなことは言えません。

 何から話すかジークハルトは悩んでいた様子でしたが、それよりも先に赤毛の少女の一人が口を開きました。比較的優しそうな方の子です。


 その少女に名を問われ、私はエリザヴェータと答えました。今はまだ、フルネームでは答えません。

 ここで家名まで口にすれば、私がこの国の姫であることが彼らに知られてしまいます。ジークハルト達がどのような人物なのかわからないうちは、身分は隠しておいた方がいいでしょう。


「エリザヴェータか……なら、エルザと呼んでもいいか?」


 ジークハルトはそんなことを口にしました。


「えっ? それは……はい、構いません。ふふっ、そんな風に呼ばれるのは初めてなので、少し新鮮です」


 私の名を愛称で呼ぶ者など初めてのことです。ちょっとくすぐったい感じがします。愛称で呼ぶということは、私の方へと歩み寄ってくれているのでしょう。

 それから、ジークハルト達は順々に名前を告げてくれました。人の名前を覚えるのが得意でよかったと、私は内心で小さく吐息を吐きました。


 全員が名乗り終わったところで、ジークハルトが姿勢を正します。


「さて、エルザ。いくつか聞きたいことがあるんだが……まず、君は貴族の子か?」


 どうやら私について、ジークハルトはある程度見当をつけているようです。さすがに姫であることまではわからないようですが、ある程度の身分であることには確信を持っているようでした。

 それから、ジークハルトは丁寧にも、そう考えた根拠を口にしてくれました。

 まず、私の所作や外見から、高度な教育を受けているのがわかったそうです。確かに、身分を偽ることなど頭にもなかったので、身に沁みついた動作を自然としていました。もっとも、庶民らしい所作など、しようと思っても出来ないのですが。


 それからジークハルト達は、私についていた護衛達の事も知っているようです。確かに、二十名以上の護衛が付く者など、貴族以外はいないでしょう。

 ここまで言われてしまっては、誤魔化すことは出来そうにありません。


「その……はい、仰る通りです」


 私はジークハルトへと肯定を返しました。

 この答えによっては、彼らの態度が変わる可能性もあります。彼らが悪い人であれば、私の身柄を押さえて家の方に金銭を要求したりするかもしれません。

 もっともその場合、彼らは帝国に喧嘩を売ることになるのですけれど。姫を餌に脅迫などすれば、極刑は免れないでしょう。


 どうかジークハルト達がいい人でありますように、と願う私の前で、男性は真剣な表情を作りました。


「エルザ、一つ聞きたいことがある。正直に答えてくれ」


「わ、わかりました」


 何を言うのでしょうか。緊張に、私は小さく喉を鳴らしました。

 そんな私の言葉に小さく頷きを返し、ジークハルトは言葉を続けます。


「君は、命を狙われるような覚えはあるか?」


 ジークハルトから告げられたのは、思いもよらない言葉でした。

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