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33話 王都巡り2

「おじさん、いい人だったね!」


「あぁ、今度改めて礼をしないとな」


 俺達は再び、王都グロースベルクの大通りを歩いていた。次の目的地は、シャルロットの服と靴を買うための服屋である。

 当のシャルロットは、再び俺に背負われて運ばれていた。手枷と足枷が外れたとはいえ、シャルロットはまだ裸足なのである。王都の石畳を靴も履かずに歩かせるのは、少し酷だろうという判断だ。


 枷がなくなったためだろうか、俺達に向けられる視線は随分と減っていた。それでも、少女を背負った男が不審なのか、時折視線を感じることがあった。クリスティーネが一緒にいなければ、巡回の騎士に声を掛けられたかもしれないな。

 俺は王都で自分用の服を買ったことはあるが、女物の服など買った試しがない。店の場所など知らないため、端から端まで店を眺めながらの移動だ。


「ジーク、あの店は?」


 唐突にクリスティーネが一軒の店を指差した。その店は外観から、いかにも女性用の服を売っています、といった雰囲気の店だった。俺一人なら、まず入らないだろうな。


「……そうだな、あの店にするか」


 クリスティーネとシャルロットがいるからと言ってもあまり気は進まないが、仕方がない。俺は覚悟を決めて、その店へと入ることにした。

 扉を開けて中へと入れば、外観と変わらず中も女性向けといった様相を呈していた。フリルやレースといった生地が、華々しく店内を彩っている。女性用の下着を展示している一角などもあり、なかなか目のやり場に困る。


「いらっしゃいませ、当店へようこそ! あらあらあら、なんて可愛らしい方!」


 店員だろうか、エプロンを付けた妙にテンションの高い女性が、速足で近寄ってきた。その視線は俺の隣に立つクリスティーネに釘付けだ。

 スラッとした手足の、スタイルのいい女性だ。濃い緑色の長い髪が、動きに合わせてゆらゆらと揺れている。髪と同じ緑の目が、キラキラと輝いていた。

 その女性は俺を無視し、隣のクリスティーネへぐいぐいと近寄る。その勢いに押されたようで、クリスティーネが半歩ほど後退った。


「お客様、その恰好は冒険者の方ですね? けれど、女の子には可愛い服が必要不可欠です! さあさあ、服を見ましょう! どういうタイプの服がお好みですか? お好きな色は? 私好みに着せ替えてもいいですか?」


「えっ、あ、あのっ?!」


 緑髪の店員はクリスティーネの手を引き、店の奥へと連れて行こうとする。店員の勢いに押され、クリスティーネは目を白黒とさせていた。俺は慌てて二人へと声を掛ける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「あら?」


 声を掛けて始めて俺の存在に気付いたようで、女性が俺の方を振り向いた。


「お連れ様がいらっしゃったのですね。あなたはこの方にどんな服を着てほしいですか? 寒色系か暖色系なら、どちらが似合うと思いますか?」


「そうだな、クリスには寒色系も悪くないが、やはり暖色系が……いや、違う、そうじゃない」


 俺は思わず首を横に振る。どうも、女性のペースに乗せられているようだ。今日はクリスティーネの服を買いに来たのではない。

 そもそも、売っている服はほとんどが人族用のものだ。異種族用の服もあるようだが、さすがに半龍族用の服は売っていないだろう。今のクリスティーネは翼と尻尾を隠しているために人族にしか見えないが、人族用の服を買っても仕方がないだろう。


 クリスティーネの着ている服は特殊な製法で作られているらしく、翼や尻尾を隠した際には空いていた穴が塞がり、再び出す際には邪魔にならないように穴が空くらしい。一般的に売られている人族用の服に、そんな機能は存在しないだろう。

 それはとにかく、今日の目的はシャルロットの服を買うことである。俺は背のシャルロットを軽く揺すって見せた。


「今日はこっちの子、シャルの服を買いに来たんだ」


「あらあらあら、こちらの子もなんて可愛らしい……んですけど、失礼ながら少々汚れておりますね。手首のは血の跡ですか?」


 女性はシャルロットの顔を見ると再び目を輝かせたが、その全身を眺めて眉根を寄せた。

 シャルロットは昨夜宿で軽く体を拭いたものの、手枷足枷が邪魔で服が脱げないために、来ている服はボロのままである。それに、魔術で治療はしたものの、手首には枷を嵌めていた際の血が滲んでいた。どうせこの後、風呂に入るのだからとそのままにしておいたのだ。少々汚らしく見えるのは仕方がないだろう。


「申し訳ありませんが、これでは試着をご遠慮いただくことになりますが……」


「まぁ、それでいいだろう」


 さすがに、売り物に血が付くのはまずかろう。試着をしなかったとしてもサイズさえ測れば、最悪でも着られないということはないはずだ。たとえどんな服だろうが、今着ているボロよりかは遥かにマシである。

 しかし、俺の言葉に女性は驚愕の表情を浮かべた。


「そんな! こんな最高の素材だというのに、試着ができないだなんて! 私の楽しみはどうなるんですか!」


「いや、そう言われてもだな」


 俺達は服さえ買えればそれでいいんだ。あんたの楽しみを言われてもだな。


「せめて、こちらの方で着せ替えを楽しませてくださいよ!」


「えっと……今はあんまり時間がないから、また今度ね?」


「また来てくださるんですね? 約束ですよ?」


 女性はクリスティーネへと迫り、その手を両手で握ってぶんぶんと振った。クリスティーネはやや引き気味ながらも、こくこくと首を縦に振って見せる。

 その答えに満足したのか、女性は少し落ち着いた様子で俺の方へと向き直った。


「それでは、その子の服を選びましょうか」


「あぁ、よろしく頼む」


「えっと、その……よろしく、お願いします」


 俺の背から降ろしたシャルロットが、やや女性を避けながらクリスティーネの横へと並ぶ。少し距離感を測りかねているようだ。悪い人ではないのだろうが、遠慮というものがない。クリスティーネですら引くほどなのだ、シャルロットには苦手な相手だろう。

 俺は服選びをクリスティーネとシャルロット、それに店員の女性に任せて壁際に設えられた椅子に腰掛けた。女性物の服など、俺に選ぶのは無理である。余程奇抜な服でなければ、後は着られれば問題ないと思ってしまうのだ。

 魔物と対峙した際に動きやすいかどうかという、冒険者目線での助言をするのが精々だ。そこまで機能性を重視した服など、街中で暮らすことになるシャルロットには不要なものである。


 俺は服をあれこれと選ぶ三人をぼんやりと眺めた。店員の女性は先程と同じような様子で、クリスティーネも気を取り直したのか楽しそうに会話をしている。シャルロットもクリスティーネの陰に体を半分ほど隠しているが、やはり服には興味があるのか顔を覗かせていた。

 服が決まるまでは、もう少し時間がかかるだろう。俺は深く息を吐くと、椅子の背もたれに体を預けるのだった。

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