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329話 帝都と城と姫君と2

 大きく深呼吸を一つし、軽く首を回す。俺達はエリザヴェータによって案内された、城の東塔の大広間で、丁度夕食を食べ終えたところだ。

 提供された食事は、普段俺達が口にしているものとは、比較にならないほどに高級なものだ。少し残念なのは、俺のような庶民からすると、ただただ美味いという感想しか出てこないことくらいだろう。


 きっとエリザヴェータは、俺達から提供された食事と普段の食事の違いに驚いたことだろう。帝国の姫君に対して申し訳ないとは思うが、高級食材など買うことはないので仕方がない。

 夕食の間も、東棟の使用人達の手により給仕をされるのが、少し落ち着かなかった。それは他の皆も同じらしい。平然としていたのは、イルムガルトくらいのものだろう。


「お気に召して頂けましたか?」


 夕食の間、出される料理の説明をしてくれていた老紳士が話しかけてくる。

 それに対し、俺は一つ大きく頷きを返した。


「あぁ、今までに食べたことがないほどだ」


「とっても美味しかったの!」


 俺の隣に腰掛けるフィリーネからも、華やいだ声が上がる。彼女達も、十分に食事を楽しめたようだ。

 俺達の言葉を聞き、老紳士は穏やかな笑みを浮かべた。


「それはよかったです。食後のお茶をお持ちしましょう」


 そう言って、老紳士は俺達から離れていく。

 それも少しの間で、すぐに紅茶の乗せられたカートが、使用人の手により運ばれてくる。そうして、俺達の前にカップが行き渡った。


 老紳士に勧められるまま、俺は紅茶の入ったカップを手に取った。湯気の上がるカップには、透き通った赤橙色の液体が入っている。

 香りを嗅いでみれば、果物のような甘い匂いが鼻腔をくすぐる。口を付け、一口含めば口の中一杯に香りが広がった。


 味としてはそこまで甘くはないもので、感想としては紅茶だなぁ、くらいなものである。この茶葉もおそらくは最高級の代物で、美味しいとは思うのだが、正直に言えば正確な価値はわからなかった。

 なに、紅茶など喉が潤えばそれでよいのだ。


「皆さん、少々お話を聞かせていただいてよろしいでしょうか?」


 一息ついたところで、老紳士から声を掛けられる。

 まず間違いなく、エリザヴェータに関する事だろう。この老紳士は、俺達があの少女の客人ということで、これまで何も言わずに丁重に接してくれていた。ようやく落ち着いた時間のできたこのタイミングで、情報収集をということだろう。


「あぁ、構わない。あー……」


 さて、何から話したものかと考えたところで、まだ名乗りもしておらず、老紳士の名前も聞いていないことを思い出した。

 老紳士もそのことに気が付いたのだろう。表情を変えると、その場で姿勢を正して見せる。


「私としたことが、まだ名乗りもしておりませんでしたな。エリザヴェータ様の側仕えをしております、イヴァンと申します。主にこの東棟の管理をしております」


 そう言って、優雅な礼をして見せる。


「よろしく頼むよ。俺はジークハルト、冒険者だ」


「ジークハルト様ですね。よろしくお願い致します。それでお聞きしたいのですが、何故、皆様が姫様とご一緒に?」


「エルちゃん、魔物に襲われてたの!」


 俺が答えるよりも先に、隣に腰掛けたフィリーネが声をあげる。

 少女の言葉に、イヴァンは不思議そうに首を傾げて見せた。


「魔物ですか? しかし、姫様は十分な数の護衛に守られていたはずですが……」


「魔物の数が普通じゃなかったの!」


 そう言って、フィリーネが緩やかに首を横に振って見せる。仕草に合わせて、綿のような白髪が揺れる。

 それを尻目に、俺は少女の言葉に同意するように首を縦に振った。


「あぁ、確かに二十名以上の騎士が護衛についていたようだが、魔物の数はそれ以上でな。俺達がたまたま通りかかった時には、既に全滅していたよ」


 語りながら、当時の状況を思い返す。

 降り続く雪によって白く染まった大地を、鮮やかな鮮血が汚していた光景を見たのは、つい二日前のことだ。あの場に俺達が辿り着いた時には、騎士達は既に一人残らず息を引き取っていた。

 それでも、騎士達はただやられるだけだったというわけでもなく、魔物達も数頭を残して死んでいたのだが。


「それで、残っていた魔物を俺達が倒してから、馬車を調べたんだ。そこで、エルザを見つけてな」


「フィーが見つけたの!」


 そう言って、フィリーネは少し得意げに胸を張った。

 俺達の言葉を聞き、イヴァンはどこか心配そうに眉尻を下げて見せる。


「そうでしたか、そのようなことが……姫様にお怪我などはありませんでしたか?」


「少し頭を打ってはいたみたいだな。すぐに治癒術で治療したから、心配はない」


 エリザヴェータは横転した馬車の中で、意識を失って倒れていたのだ。だが、不用意に外に出ていたら、間違いなく魔物に襲われていただろうから、却ってその方がよかったのだろう。

 それから、エリザヴェータが目を覚ますまではシャルロット達に任せ、俺とフィリーネは手分けして、騎士や魔物の埋葬をしたのだった。


 その後、目を覚ましたエリザヴェータに事情を話し、少女は俺達に同行することを決めた。それから翌日の吹雪をやり過ごし、今日この帝都に辿り着いたのだった。

 そうした俺達の話を、イヴァンは静かに聞いていた。一通りの話を語って聞かせれば、老紳士は納得したように頷きを返した。


「なるほど、そう言った事情でしたか」


「さすがに姫君とは思ってなかったけどな」


 付いている護衛の数から、それなりの貴族の子であるとは予想していたものの、まさか帝国の姫だとは思ってもいなかった。

 最初に告げていてくれればとは思ったが、今にして思えば、彼女の立場からしても、そう易々と身分を明かすこともできなかったのだろう。


「身分なんて関係ないの! 困っている人を助けるのも、冒険者の仕事なの! ね、シーちゃん?」


「はい、人助け、ですから」


 フィリーネの言葉に、シャルロットが控えめな笑みを浮かべる。

 冒険者と言っても色々だ。他の冒険者が俺達と同じ状況に置かれたなら、同じように助ける者もいるだろうが、見捨てる者もいるだろう。助ける場合にしても、見返りを求める者が多いだろう。


 そのあたり、フィリーネはともかくとして、シャルロットは冒険者に対して、夢を見過ぎているように思える。

 これから先、素行の悪い冒険者と遭遇して、ショックを受けなければ良いのだが。


「姫様は良い冒険者の方に助けていただいたのですね」


 イヴァンが柔らかな笑みを見せる。

 自分で言うのもどうかとは思うが、俺達は当たりの冒険者だっただろう。特に見返りを求めることなく、少女をここまで送り届けたのだから。


 もっとも、今はクリスティーネを助け出すために助力してくれないだろうかという、若干の下心はあるのだが。明日にでも、その話をエリザヴェータとする必要があるだろう。

 そんなことを俺が考えているとも知らず、イヴァンはその場で姿勢を正した。


「皆様、姫様を救って頂き、誠にありがとうございました」


 そう言って、淀みのない動きで頭を下げるのだった。

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