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327話 貴族の少女と帝都への道5

「よし……何とか今日のうちに着いたな」


 眼前に広がる帝都の街並みを目に、俺は小さく言葉を溢した。

 時刻は陽が沈みかけた夕方と夜の中頃。影がその背を大きく伸ばす中、町の至る所で魔術具の照明に光が灯っていくのが見える。

 昨日の吹雪もどこへやら、今日は朝から雪の降らない快晴で、旅にはもってこいの天候だった。それから帝都を目指して歩いていたのだが、この時間帯になってようやく辿り着いたというわけだ。


「すみません、ジークハルトさん……遅くなったのって、私のせいですよね」


 俺の背中の上で、エリザヴェータがそんな言葉を呟いた。

 背中側ではなく、背中の上である。

 そう、金髪の少女は今、俺に背負われているのだった。


 あれは、今朝の拠点から帝都までの道程の、四半分に至ったころだろうか。エリザヴェータの体力が尽きたのだ。

 元より、移動は徒歩よりも馬車を利用することの多いような子供だ。長距離を歩いて移動することなど、生まれて初めてのことだっただろう。


 しかも、足元には脛のあたりまで雪が降り積もっており、歩き難いことこの上ない。小柄な少女にとっては、平地とは比較にならないほどの体力を消耗することだろう。

 とは言え、エリザヴェータの歩みに合わせていては、今日中に帝都に着くことなど不可能だ。


 そこで、俺はエリザヴェータを背負って帝都まで運ぶことにした。金髪の少女は恐縮した様子だったが、拒めばむしろ迷惑になるとわかったのだろう。おずおずといった様子で、俺の背中に乗った。

 その状態で、俺は帝都を目指して歩き出した。少女とは言え、人を背負って歩くのはなかなか大変だ。結果として、帝都に着くのはこの時間帯になってしまった。


「気にするな。それよりも、エルザの家を教えてくれ。家の場所はわかるか?」


 俺達はエリザヴェータを家まで送り届けるために連れてきたのだ。遅い時間とは言え、このまま宿で夜を越すよりも、家まで送り届けた方が良いだろう。

 エリザヴェータの家の者だって、心配していることだろう。予定では、エリザヴェータは既に帝都まで到着しているはずだったのだ。あれだけの護衛を付けていたあたり、今頃捜索が始まっていてもおかしくはない。


 ただ、エリザヴェータは家の場所がわかるのだろうか。あくまで俺のイメージだが、貴族のお嬢様と言うと、あまり外を出歩くとは思えない。

 もし家の場所がわからないとすると、この広大な帝都の中、エリザヴェータの家を探し出すことは出来るだろうか。

 だが、そんな心配は不要だったようだ。


「あっ……あそこです。あそこに、連れて行ってください」


 そう言って、エリザヴェータは背中越しに腕を前へと伸ばす。

 少女の細い指先が、遠く前方を指差した。

 その指の指し示す先を追って、俺は思わず眉根を寄せた。


「あそこって……城か?」


 少女の指し示した先にあったのは、大きな城だった。

 王都でも城を眺めたことはある。もちろん、門より中に入ったことなどはなかったものの、何度か外側から眺めたものだ。

 それと姿形は違うものの、同系統の建造物がそこにはあった。

 少女の指先は、間違いなくその城を指し示している。


「エルちゃん、お城に住んでるの?」


「はい、フィリーネさん。厳密にはあのお城ではなくて、別の棟ですが、お城の敷地内ではありますね」


 エリザヴェータの言葉に、俺は小さく吐息を漏らした。

 いくら俺が貴族に詳しくないとは言え、別棟とは言え城の敷地内に住んでいるとなれば、かなりの身分であることに間違いない。エリザヴェータは特に気にした様子もなかったが、その家の者となると、それなりの礼儀は必要だろう。


 とは言え、そこまで身構える必要もないだろう。別に俺達はエリザヴェータに危害を加えたわけではなく、むしろ魔物に襲われているところを助け出したのだ。多少の無礼くらいは許してほしい。

 そんなことを考えながら、帝都の町を歩く。

 帝都は夕暮れ時というのに多くの人々が行き交い、活気に溢れている。一面雪景色ではあるものの、どこか王都の街並みを思い出すような雰囲気だ。


「うわぁ~、賑やかな街だね。ね、アミー?」


「そうね、ここまで多くの人を見るのは初めてだわ……ちょっと、落ち着かないわね」


 同じ火兎族だが、純粋に賑やかな様子を楽しんでいるのがエリーゼで、どこか居心地悪そうにしているのがアメリアと、対極的だ。

 二人とも、火兎族の里以外ではシュネーベルクの町くらいしか、詳しくは知らない。旅の間に立ち寄った町でも、ここまで賑やかではなかったので、新鮮なのだろう。


「ふふっ、いい町でしょう? たくさん見所もありますから、楽しんでいってくださいね」


 俺の背で、エリザヴェータがアメリアとエリーゼに笑いかける。生まれ育った町だけあって、帝都のことは好きなようだ。


 ふと、鼻腔をくすぐる香りに通りの端へと目を向ける。そこでは通りから除けられた雪壁を背に、食べ物の屋台がずらりと立ち並んでいた。

 クリスティーネが傍にいたならば、一もニもなく俺の袖を引き、屋台へと突撃していたことだろう。それを思うと、小さく溜息が零れた。


 やがて人通りが少し減るころ、城の前へと辿り着いた。近くから見上げる城の姿は、遠目で見たものとはまた違った迫力がある。

 さて、城まで来たわけだが、ここからどうすればよいのだろうか。ひとまず門に立つ騎士に取り次げばよいのかと考えたところで、とんとんと軽く肩を叩かれる。


「ジークハルトさん、ここからは私が……」


「そうだな、任せるよ」


 こういった対応に慣れているとも思えないが、本来城とは無関係の俺よりは、当事者であるエリザヴェータの方が適任だろう。

 腰を屈めてエリザヴェータを降ろせば、少女は二本の足で雪の上へと立つ。道中では肩で息をしていた少女だが、俺が運んだことで大分体力は戻っているようだ。

 少女はそのまま門の方へと歩き、二人の騎士を見上げる。


「お嬢さん、お城が珍しいのかい……ん?」


「まさか……失礼ですが、エリザヴェータ様では?」


 騎士の一人がエリザヴェータへと優しく話しかけ、その途中で何かに気が付いたように首を捻る。もう一人の騎士は、姿勢を正して少女へと問いかけた。

 どうやら、少女のことは騎士も知るところらしい。城の敷地内で暮らしているということは、それなりに名が知られているのだろうか。

 問われたエリザヴェータは、軽く頷きを返す。


「えぇ、ただいま戻りました。ヴィクトルかイヴァンを呼んでくださる?」


 少女が笑顔で告げた言葉に、騎士達は俄かに顔色を変えた。声を揃えて「しばしお待ち下さい!」と言ったかと思えば、騎士の一人が門を開けて道の向こうへと消えていく。身体強化も使用しているのか、その走りは風のようだった。

 残されたもう一人の騎士は、少しそわそわとした様子だ。


「これで大丈夫です。すぐに迎えが来ますから」


 その言葉通り、さして待つこともなく先程の騎士が戻ってきた。後ろには、一人の老紳士を連れている。足取りは確かに早いのだが姿勢は優雅という、どこか洗練された所作の、執事服が良く似合う老紳士だ。

 老紳士はエリザヴェータの眼前まで迫ると、片手を胸へと当てて見せる。


「お帰りなさいませ、姫様」


 そう言って、綺麗なお辞儀を見せた。

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