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326話 貴族の少女と帝都への道4

「これは、動けそうにないな……」


 天幕をぐるりと取り囲んだ土壁の傍、新たに土魔術で作り上げた階段に乗り、壁と天井の隙間から覗く外の光景を眺めて、俺は思わず言葉を漏らした。

 鈍色の窓から見える景色は、白一色の絵画だった。

 吹き荒ぶ風が地に積もった雪を巻き上げ、天から降り注ぐ分と相まって白色の壁を築き上げている。唸りをあげる風雪は轟々と絶え間なく吹き付け、数歩先の状況すら分からないほどだ。


 端的に言えば、外は吹雪なのだ。

 それもただの吹雪ではなく、頭に猛と付くほどの吹雪である。

 空はどんよりと薄暗く、雲の切れ間すら見られないため、今日は陽の光を拝めそうもない。壁の隙間から吹き付ける冷気に、俺は思わず二の腕を擦った。

 少しだけ魔力を練り上げ、壁の隙間を狭めるように岩を生み出す。それだけでも、吹き込む風雪が弱まり、風音が小さくなった。


「どう、ジーク?」


 下方向から聞こえた声に振り返れば、階段下からこちらを見上げるアメリアと目が合った。その隣にはシャルロットの姿もある。


 今朝、俺は彼女達とほぼ同時に目を覚ました。天幕の中は、暖気を生み出す魔術具のおかげで快適な気温であったが、風が随分とうるさいことにはすぐに気が付いた。

 天候が悪化したのかと天幕から外へと出てみれば、前日よりも冷え込んだ空気に身震いしたものだ。そうしてふと、土壁の外へと目を向けてみれば、先程の光景が飛び込んできたのだ。


 大慌てで階段を築いて外の様子を眺めてみたものの、それで天候が変わるわけでもない。

 目の前に広がる光景に俺は肩を落とし、冒頭の台詞を呟いたというわけだ。


「無理だな。とても外を歩けるような状況じゃない」


 これほどの悪天候では、帝都を目指して移動することはできない。ただ歩くだけでも遭難する危険があるし、シャルロットなんかは飛んで行ってしまいそうだ。

 それに、猛吹雪の中でも魔物というのは、俺達人よりも比較的自由に動けるものである。このような状況ではホワイトウルフのような低級の魔物ですら、普段より余程驚異的な存在となるだろう。


 俺の言葉に、シャルロットは両手を胸の前で組み、眉尻を下げて見せた。


「それじゃ、今日はこの中で過ごすことになりますか?」


「そうだな、昼までに吹雪が止めば移動したいところだが……しばらくは様子見だな」


 階段から降りながら言葉を返す。天候に関してはどうしようもないので、待つ他にないだろう。

 もしも今日移動するとしたら、昼までに吹雪が止んだ場合である。夕方近くになって弱まったとしても、陽が落ちてから移動するのは危険だ。もう一度拠点を築く労力を思えば、移動は明日に回すべきだろう。


 ひとまず火を熾そうと、昨日の焚火跡の傍に屈み込んだところで、天幕の布が揺れた。

 誰か起きてきたのだろうと視線を向ければ、布の間からエリザヴェータが顔を覗かせていた。


「あっ……おはよう、ございます」


 そう言って、小さく頭を下げて見せる。翠の瞳はくりくりとよく開いており、寝起きは良さそうだ。

 俺は金髪の少女の方へと、軽く片手を上げて見せる。


「おはよう、エルザ。よく眠れたか?」


「はい、暖かかったです」


 俺の言葉に、エリザヴェータからは微笑みが返った。

 シャルロットとエリザヴェータが小柄とは言え、七人も入れば天幕の中はぎゅうぎゅう詰めだ。貴族のお嬢様にはさぞかし窮屈だったと思うのだが、この様子であればよく眠れたようだ。前日の疲れもあったのだろう。


 俺は背負い袋から薪を取り出し、焚火跡に組み上げる。そうして火魔術で火種を生み出し、薪に火を付けた。

 瞬く間に炎は大きくなり、橙色の光を生み出す。土壁の中を暖気が満たすまでは、もう少しかかることだろう。


 火が安定したのを確認してから、俺はエリザヴェータへと向き直った。


「エルザ、外は生憎の吹雪でな。今日は移動できそうにもないんだ。帝都に着くのは明日になるだろうが、我慢してくれ」


「そうですか……わかりました」


 俺の言葉に、エリザヴェータは少し残念そうな表情を見せたが、素直に頷きを見せた。聞き分けの良い子で助かるな。


 それから俺達は、土壁に囲まれた拠点の中で思い思いの時間を過ごした。

 俺は主に本を読んだり、武器の手入れをしていた。こんな風にまとまった時間というのは貴重だからな。

 エリーゼとイルムガルトの二人は、天幕の中で横になっている。旅を通して少し体力も付いたようだが、まだまだ長旅は堪えるらしい。


 エリザヴェータはシャルロットのように、少し引っ込み思案な子だとばかり思っていたのだが、意外にも好奇心が強かったらしい。先程はアメリアに耳を触らせてほしいとせがんでおり、今はフィリーネの白翼に顔を埋めている。

 どうやら、元々は明るく活発な子のようだ。年上の異性である俺に対しては、少し遠慮がちな様子ではあるものの、他の女性陣、特に年の近いシャルロットとは随分と打ち解けたらしい。


「それじゃ、シャルちゃん達はいろいろなところを旅しているんですか?」


「はい、元々は王国から来たんですが……」


 どうやら、エリザヴェータは冒険者の生活というものに興味があるようだ。実に楽しそうに、シャルロットの話に耳を傾けていた。

 話を聞くエリザヴェータはもちろん、シャルロットの方も随分と楽しそうだった。年の近い友達が出来るのがうれしいのだろう。


 俺は少女達の話を聞きながら、持ち物の確認などを済ませていく。

 結局、吹雪が止んだのは、陽がすっかりと傾いたころだった。

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