325話 貴族の少女と帝都への道3
「それは……どうでしょうか。心当たりが全くないというわけではないんですが、断言はできません」
エリザヴェータは俺の言葉に、少し逡巡した様子を見せたが、ゆるやかに首を横に振って応えた。その言葉に、俺は自然と両腕を組む。
確かに、今のところはエリザヴェータの乗った馬車が魔物の群れに襲われ、その中から魔寄せの粉が見つかったという、状況証拠しかないのだ。かなり怪しい状況だが、本当にエリザヴェータが狙われたのかは、定かではない。
他に手掛かりはないだろうかと考える俺の視界の端、フィリーネが小さく首を傾げてこちらを見る。
「でもジーくん、エルちゃんが狙われてても狙われてなくても、別にやることは変わらないの?」
「フィナ、そう言う話じゃ……いや、確かにそう言う話か?」
フィリーネの言葉に、俺はふと考え直す。
確かに、エリザヴェータがその身を狙われていてもいなくても、俺達の取る行動が変わるわけではない。この何もない雪の平原に、まだ年端もいかない少女を放り出すことなど、出来るはずもないのだ。
つまり、エリザヴェータを最寄りの町まで送り届けることは、既に半ば決定事項なのである。
問題は、もしもエリザヴェータがその身を狙われていた場合、道中で妨害が入らないかということだ。だが、原因である魔寄せの粉を取り除いた以上は、魔物の群れに襲われるということもないだろう。
後は、俺達が周囲の様子に目を配っておけばよい。
ひとまず、エリザヴェータが狙われているかもしれないということは、頭の隅にでも置いて考えるのはやめておこう。どうせ結論など出ないのだ。
後のことは、エリザヴェータの保護者なり、関係者が考えればよい。俺達は、少女をしっかりと送り届けることだけを考えよう。
「なぁエルザ、俺達は帝都に向かっているんだが、君はどこに行く予定だったんだ?」
「あっ……私達も、帝都に帰るところでした」
そう言って、エリザヴェータが説明をしてくれた。
エリザヴェータは、帝都に居を構える貴族の子のようだ。ここから東にある町から、帝都へと帰る途中だったらしい。
それならば、目的地は同じだ。予定通り、この子を連れてこのまま帝都を目指せばよいだろう。
「それならエルザ、俺達と一緒に帝都に行かないか?」
「え? え……と……」
エリザヴェータは姿勢よく岩に腰掛けたまま、胸の前で両手を組んで見せる。それから、左右へと目線を振った。
何かを探し求めるような仕草に、俺は小さく首を捻る。やがて、エリザヴェータは眉尻を下げた表情で、少し瞳に不安を滲ませて口を開いた。
「その前に、あの……私と一緒にいた人達は、どこですか?」
その言葉に、はっと思い返す。そうだ、エリザヴェータは、自身が乗っていた馬車がどうなったのか、正確にはわかっていないのだろう。
馬車の中で気を失っていたあたり、外の様子は見ていない可能性が高い。それならば、魔物達に襲われた騎士達がどうなったのかは知らないのだろう。気が付いた時には、俺達の天幕の中だったのだ。
さて、何と話したものか。少し精神的に不安定な様子のエリザヴェータに、真実を話しても大丈夫だろうか。
かと言って、煙に巻くことのできるほどの、上手い嘘というのも思いつかない。それに、出立する際に周囲の土壁を片付ければ、壊れた馬車は後方のまだ見える場所にあるのだ。いくら死体が見えないとはいえ、何が起こったのかはある程度、察せるだろう。
「エルザ、どこまで覚えてる?」
ひとまず、俺はエリザヴェータがどこまで覚えているのかを聞き出すことにした。その回答如何によって、伝えるべき情報を取捨選択すればいいだろうという思いからだ。
俺の言葉に、エリザヴェータは「えぇと」と小さく言葉を漏らし、少し顔を俯かせた。
「今日は朝から馬車に乗って移動して、お昼に昼食を頂いて……それから、また馬車に乗ってしばらくしたら、騎士の方達が騒ぎ出したんです」
少女の口から、ぽつりぽつりと経緯が語られる。
エリザヴェータ達は数日前、帝都からやや南寄りにある東の町から、帝都を目指して馬車で発った。エリザヴェータは三台のうち真ん中の馬車に乗り、周囲をたくさんの騎士に囲まれてゆっくりと移動していた。
今日も馬車に乗って揺られていたところ、昼を過ぎたところで騎士の中から「魔物だ!」という声が上がったという。
そこに至るまでも、魔物に遭遇することはあった。
だが、その時は魔物の数が多かった。
護衛には過剰なほどの人数を用意した騎士すら上回るほどの魔物が襲ってきたのだ。
護衛としてエリザヴェータの乗る馬車に同乗していた騎士も外へと出ていき、エリザヴェータは一人車内に残された。
周囲からは、戦闘音や怒声が絶え間なく聞こえてきたそうだ。
エリザヴェータが車内で頭を抱えて小さくなっていると、馬車全体が大きく揺れた。小さく悲鳴を上げる間にも、二度、三度と揺れは続く。
近くに魔物がいるのだろうか。
そう思った次の瞬間、馬車は大きく傾き、横倒しに倒れた。
当然、車内のエリザヴェータは重力に引かれて体勢を崩す。
そのまま横倒しになり、体を強く打ったことは覚えているそうだが、そこから先のことはわからないそうだ。
「なるほどな……」
少なくとも、魔物に襲われたことは覚えているらしい。だが、車内から出ていなかったため、騎士達がどうなったのかは見ていないそうだ。
そのこと自体は、それでよかったのだろう。殺された騎士達は魔物に食い荒らされ、かなり凄惨な光景となっていた。下手に顔を出していれば魔物に襲われていただろうし、意識がないことが幸運に働いたと言える。
「いいか、エルザ。落ち着いて聞いて欲しい」
俺は真実を告げることに決めた。都合のいい嘘など思いつかないし、騙したところですぐに真実に気が付くだろう。
俺の言葉に、エリザヴェータはコクリと生唾を飲み込んだ。
「馬車を守っていた騎士達は皆、魔物と相打ちになった」
「――っ」
少女が息を呑む。
実際にはすべての魔物が討伐されていたわけではなく、生き残りは俺達が倒した。だが、魔物の大半を屠ったのは間違いなく騎士達の功績だし、彼らの名誉のためにも、そこまで言及する必要はないだろう。
「……そう、ですか」
少女は顔を俯かせ、騎乗服の裾をぎゅっと掴んで見せる。それは何かを堪えるようなしぐさで、その小柄な体は小さく震えていた。
それでも、その翠の瞳から透明な雫は零れ落ちなかった。強い子だな。
俺が何か言葉を掛けるよりも先に、エリザヴェータは顔を上げる。
「あの……皆さんが、助けてくれたんですよね?」
「あぁ、そうだ。さっきも言った通り、俺達も帝都に行く途中でな。たまたま通りかかったんだ」
「そうですか……あの、ありがとうございました」
そう言って、少女は座っているのと同じく綺麗な仕草で、深々と頭を下げて見せた。
「帝都までは、残り一日程だ。俺達が守ってやるから、一緒に来ないか?」
正直に言えば、卑怯な物言いだとは思う。この少女には、俺達についてくる以外に選択肢はないのだ。
それでも、少女自身に選んでもらう方が、後々の事を考えると都合がよいだろう。
少女は一瞬、逡巡するような素振りを見せたが、すぐに首を縦に振って見せた。
「わかりました……よろしく、お願いします」
そう言って、再び綺麗なお辞儀を見せた。
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