319話 半龍少女と軟禁生活2
何だろうか。
食事の時間にしては早すぎる。壁に掛けられている時を刻む魔術具を見ても、今は昼食と夕食の丁度中間くらいの時間だ。いくら食事好きの私にしても、まだまだお腹は減っていない。
訝しむ私の前で、静かに扉が開く。
現れたのは、二人の男女だった。どちらにも見覚えがある。
男の方は、輝かんばかりの金髪をした、イリダールの屋敷で開かれたパーティで会った人だ。私をこの城へと連れてきた、張本人でもある。
この城へ来て以来会っていなかったので、姿を見るのも数日振りだ。
女性の方は、ここ数日で見慣れた、いつも食事を運んできてくれる蜂蜜色の髪の女だ。食事の時間には随分と早いが、今日も食事を運ぶためのカートを持参している。
ただ、カートの上に乗っているのは食事ではないようだ。そこにあったのは、硝子のコップが一つと大きな水差し、それに銅色の香入れだった。水差しに入っているのは、薄桃色の液体だ。カートの動きに合わせ、水面がゆらゆらと揺れている。
「レオニード様、私はこれで」
「あぁ、ご苦労だったな。下がっていいぞ」
女性はカートを室内に運び込むと、こちらへと一礼して部屋を辞する。後には金髪の男と、女性の運び込んできたカートだけが残された。カートの上に残された香入れからは、少し桃色掛かった煙が漏れ出ている。
男は腕を組み、私へと視線を向けている。その水色の瞳が、私の頭からつま先までをなぞった。
「ふむ……やはり君は美しいな」
男の言葉に、私は小さく首を傾げる。
確かに、私の着ているドレスはとても上等なもので綺麗だ。だが、元々私の持ち物ではなく用意されていたものなので、この男も存在は知っていただろう。この場で改めて服の美しさを褒める意味が分からない。
私の反応に気を悪くした様子もなく、男は私の方へと一歩近寄り、こちらへと片手を伸ばしてきた。反射的に、私は後ろへと一歩後退る。
それを見てか、男が足を止めた。そうして、どこか気取ったような格好で、後ろ手で頭を掻いて見せる。
「やれやれ、嫌われたものだな」
そう言って、男は苦笑を漏らした。
それから、片腕を横へと大きく広げて見せる。何というか、芝居がかったような動きだ。
「そう邪険にするな。君に危害を加えるつもりなど毛頭ない。それとも、何か嫌なことでもあったか?」
「……私を、シャルちゃんと引き剥がしたでしょう?」
私の言葉に、男は「ふむ」と顎先に片手を当てる。そうして思い出すように、少し遠くを見るような目をした。
「あの精霊族の子か。仕方なかろう、アレはパーヴェルが欲したのだから。私がアレを欲すれば、パーヴェルも引き下がっただろうが……生憎と私が欲しかったのは、あの場では君だけだったのでな」
どうやらこの男は、シャルロットには興味を示していなかったらしい。確かに、イリダールの屋敷で開かれたパーティでは、シャルロットに付いて言及していたのは眼鏡をかけた痩せ型の男で、この男ではなかった。
一体私のどこが、この男の琴線に触れたのだろうか。私とシャルロットの違いで言うと、年齢や背の高さだろうか。腕力などの身体能力も彼女より上だが、身体強化を使えなければ、私はそこまで強くはない。
魔力量に関して言えば、シャルロットに軍配が上がる。彼女の魔力量は、少なくとも私の倍以上ではあるだろう。どうやらシャルロットは、その魔力量を買われて連れていかれたらしい。
考えてみても、目の前の男が私をこの城に連れてきた理由がわからない。冒険者としてはそれなりの強さだと思っているが、魔力を封じられている以上は、腕を買われてということもないだろう。
「どうして、私をここに連れてきたの?」
考えてもわからないのなら、素直に聞けばいい。私は疑問をそのまま口にした。
対して、男は私の口を止めるように、片手を広げてこちらへと向けた。
「その前に、君は私の名前を覚えているか?」
男の言葉に、口を閉ざす。さて、この男の名前は何だっただろうか。
思い返してみれば、名乗られたような記憶はある。確か、パーティの場で名乗っていたはずだ。
だが、あの時はシャルロットの行く末が気掛かりで、あまり男の言葉に耳を傾けていなかった。何か私に向かって言っていたのは覚えているが、肝心の何を言っていたのかは覚えていない。
悩んでは見たものの全く思い出せず、私はふるふると首を横に振って見せた。
「そうか……よし、改めて名乗ろう。私の名前はレオニード。君には私の事を、気安くレオと呼ぶことを許そう」
そう言って、男はどこか気障ったらしい笑みを見せた。
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