表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

318/685

318話 半龍少女と軟禁生活1

 大きなベッドに手足を投げ出し、白い天井を見上げる。染み一つない白い天蓋では、目が眩むほどに豪奢なシャンデリアが、煌々とその存在を主張していた。

 その明かりを見続けることは叶わず、私は脇へと目線を移した。右手側へと目を向けてみれば、鉄格子の嵌められた大窓から外の景色が窺える。開くことのできない、嵌め殺しの大窓だ。


 その大窓の向こう、薄暗い雲の下を、チラチラと白いものが舞っているのが見える。先程は見えなかったものだ。

 その光景を目にして、私は目を見開くと、勢いよく寝台から飛び降りた。


「もしかして……」


 独り言ちながら、大窓の方へと歩み寄る。窓の縁に手を添え、硝子の向こうの景色に目を向ければ、天から降り注ぐ小さな綿毛が、町を白く染め上げていた。

 雪だ。

 目にするのは初めてのことになる。半龍族の里は暖かい地域にあるため、冬でも多少気温が下がるくらいで、雪が降ることはなかったから。


 実に綺麗な光景だ。

 音もなく、不規則に漂う雪の粒は、地にその身を引かれてひらひらと舞い降りる。絶え間なく降り注ぐその様子に、私は小さく吐息を漏らした。

 あれは小さな氷の粒だと、以前ジークハルトが話していた。いったいどのような感触なのだろうか。氷というのは硬いイメージだが、目の前を落ちていく雪はずいぶんと柔らかそうに見える。


 思わずそちらへと手を伸ばし、その手が窓硝子に阻まれる。触れた手が外気の冷たさを感じさせるが、それは硝子の冷たさであって、手が外に出ているわけではない。

 私は背後を振り返り、小さく溜息を洩らした。

 視線の先にあるのは大きな扉だ。その先には城の廊下が続いている。だが、その扉は必要な時しか開かれず、私の手で中から開くこともできない。


 私は数日前にこの城に来てから、今の部屋に軟禁されているのだ。イリダールの屋敷にいた時と、ほとんど変わらない状況である。

 あの時と異なるのは部屋が以前よりもさらに豪華なことと、私の他には誰もいないこと。そして、夕食の時でも部屋から出されないことくらいだ。その他、用を足すところも体を清めるためのお風呂も隣接しており、寛ぐための長椅子も眠るための寝台も揃っている。


 食事は日に三度、女性がワゴンを押して運んできてくれる。毎回同じ、蜂蜜色の髪の綺麗な女性だ。その女性に話しかけてみたのだが、短い言葉が返るだけで、大した情報は得られなかった。

 運ばれてくる食事は量も質も十分なものだったが、私はどこか不満があった。今までに食べたことのないくらいに美味しいものばかりなはずなのに、ジークハルト達と話し、笑いながらの食事の方が、余程美味しかったように思えるのだ。


「魔術が使えればなぁ……」


 それならば、ジークハルト達のところへすぐにでも飛んで帰れるのに。そう思いながら、手元へと目線を落とした。

 視線の先、両の手首には綺麗な腕輪が嵌まっている。イリダールの屋敷で嵌められていた腕輪よりもさらに上等なものだが、効果は変わらない。これも魔封じの腕輪だ。首には同じ意匠の発信機も取り付けられている。恒例ともいえる奴隷セットなわけだ。


 この二つさえなければ、今すぐにでも窓をぶち破って、この城から逃げ出すのだが。

 いや、これがあっても、何度か逃げ出そうとはしたのだ。

 あれはこの部屋に連れられてきた翌日のことである。ここでの生活も二日目となり、どうやら食事は部屋に運ばれてくるようだと仕組みを理解した頃だ。


 ベッドでゴロゴロとしていた私のところへ、朝と同じ女性が昼食をカートに乗せて運んできた。そこで、女性が部屋の扉に鍵をかけていないことに気が付いたのだ。

 鍵がかかっていないのなら、脱出が可能だ。

 私は女性の視界に入らないようにそろそろと扉へと近寄り、ある程度の距離まで近づいたところで駆け出した。もちろん女性は逃げる私に気が付いただろうが、追いかけるような素振りは見せなかった。


 扉を開け放ち、部屋の外へと出る。

 そこは長い廊下だった。右から左まで延々と続き、その途中にいくつもの扉が設えられた、長い長い廊下だ。

 廊下のところどころには高そうな絵画や壺が飾られ、足元には深紅を基調に金糸の刺繍がなされた、見るからに高級そうな絨毯が敷かれている。


 ぱっと目に付くのはそれだけではない。

 そこここに、甲冑を着た騎士の姿があるのだ。そしてそれは、私のすぐ傍にもいた。

 扉から飛び出した私の右隣に、腰に剣を差した騎士がいたのだ。思わず見上げてみれば、仮面越しに目が合ったような気がする。何となく、向こうも驚いているようだと感じた。


 私は咄嗟に、騎士とは反対方向へと駆け出した。すぐに後ろから、金属の擦れるような音が追いかけてくる。

 騎士鎧というのは決して軽いものではないが、身体強化が使えれば私に追いつくのはそう難しいことではない。それに、行く手にだって別の騎士に塞がれている。


 そうして、私はいとも簡単に捕らえられた。私を追いかけてきた騎士に持ち上げられ、肩に担がれる。


「下ろしてよ~!」


 抵抗しようと藻掻いてみたものの、私を担ぐ騎士の力は強く、抜け出すことは叶わない。ただ、鎧を叩いた手が痛かっただけだ。部屋のベッドに転がされ、食事を運んできた女性と共に騎士は部屋から出ていった。


 そんな風に何度か部屋からの脱出を試みているが、今のところすべて失敗している。その何れも、騎士に捕らえられて終了だ。どうやら、扉から出る方法では上手くいかないらしい。

 後の脱出口は、窓しかない。だが、硝子はともかく、素手の力で鉄格子まで破壊できるだろうか。


 いや、仮に鉄格子を破壊できたとしても、次なる問題がある。城を囲む城壁までは距離があるのだ。

 今私がいる部屋は、城の三階に当たる。この部屋の窓から翼を広げ、滑空したとしても城壁を越えることは出来ないだろう。上昇するための風の魔術も、今は使用することが出来ない。

 安全に下に下りるくらいは可能だろうが、すぐに騎士に囲まれてしまうだろう。例え気付かれずに下まで降りられたとしても、外へと出るためには門を通る必要がある。そして当然、門には騎士が控えているのだ。


 それに、と私は自らの体を見下ろした。今の私の服装は、煌びやかな白色のドレス姿だ。以前、ユリウスという貴族のところでドレスを着たことはあったが、あの時よりもさらに上等そうな代物である。

 ご丁寧にも異種族加工がなされているようで、背の翼も尻尾の動きも阻害することはない。だが、脱出を試みた時にも感じたが、動きやすいとはとても言えない代物だ。

 裂いて結べば多少は動きやすくもなるだろうが、さすがにここまで高級そうなものを破くのは気が引ける。


「ううん、問題は動きやすさだけじゃないんだよね」


 私は窓の外へと目を向ける。外界は一面、真っ白に染まっている。魔術具のおかげで室内は快適な温度だが、外はさぞかし寒いだろう。

 私の身に付けているドレスは、お世辞にも防寒に適しているとは言えない。こんな服装で外を歩けば、すぐに凍えてしまうだろう。

 魔封じの腕輪に発信機の首輪、暖かい服に最低限の路銀。解決すべき問題も必要なものも山積みで、そのどれもが糸口すら見えない。


 結局、今の私にはいつか来るかもしれない脱出の機会を、ただ待つしかできないのだ。私が何らかの目的のためにここへと連れて来られた以上は、いつまでも部屋に閉じ込められているだけ、ということもないだろう。

 いつか、何らかの変化が来る。その時に迅速に動けるよう、体だけは鈍らせないようにしなければ。


 ひとまず、昨日から始めている筋力トレーニングを今日もしようと、窓際から一歩離れた時だった。

 かちゃりと小さな音と共に、大きな扉のドアノブが回った。

評価およびブックマークを頂きました。

ありがとうございます。


「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。

作者のモチベーションが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
上記リンクをクリックするとランキングサイトに投票されます。
是非投票をお願いします。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ