315話 旅立ちの前に1
シャルロットを魔導巨兵から救い出して、三日目となった。今朝にもなれば、シャルロットも未だ若干の気怠さを覚えてはいるものの、それなりに動けるようになったようだ。
そろそろ町を出て、帝都ゴーラトガラーを目指そうかということになったのだが、その前に俺達は、この城塞都市ザーマクガラーのある場所へと立ち寄ることにした。
それというのも、昨夜の就寝前、翌日の予定を話している際に、シャルロットが口にした言葉が原因だった。
「ジークさん、一つ……我が儘を聞いてもらえませんか?」
そんな風に懇願されては、耳を傾けないわけにもいかない。元より、シャルロットの願いであれば、俺は無碍にする気などは端からなかった。
しかし、続いてシャルロットから告げられた言葉に、俺は思わず眉根を寄せることとなった。少女の頼みは俺の予想外の内容で、状況を考えると即座に首を縦に振ることは出来なかったのだ。
それからいくらか言葉を交わして、少女の心情に関しては理解した。それが何ともシャルロットらしいものだったので、俺は小さく溜息を吐いたが、少女の願いを聞き入れることとした。
とは言え、少女の思いとは裏腹の事態になる可能性は大いにあるため、何の対策も用意しないというわけにはいかない。今日はすでに、そのあたりの準備は済ませている。
そうしてやって来たのは、町中で停止した魔導巨兵の傍だ。鋼鉄の巨人は、三日前と同じ場所、同じ状態で静止している。
ただ、以前と少し異なるのは、魔導巨兵を取り囲むように、無数の足場が組み上げられていることだ。足先から頭上まで、真っすぐ伸ばされた骨組みに、いくつもの木の板が渡してある。
足場の上では、何人もの白衣を着た人々が、魔導巨兵に向かって何やら作業に従事していた。それに対して指示を出しているのは、魔導巨兵の足元に置かれた簡易的な机の上に大きな紙を広げたパーヴェルだ。
ここに来れば彼に会えるかもしれないと思って来てみたが、予想通りであったようだ。俺達は今日、パーヴェルに会うためにここまで足を運んだのだった。
彼の方へと歩み寄り、少し距離を空けて足を止める。そこでふと、俺達に気が付いたパーヴェルが手元からこちらへと顔を上げた。
「君達は、確か数日前に見学に来ていた冒険者だったか?」
俺達が彼と言葉を交わしたのは短時間だったが、パーヴェルは俺達の事を覚えていたらしい。男は少し意外そうな表情を浮かべ、俺達の方へと向き直った。
どうやら、俺の後ろに隠れたシャルロットには、まだ気が付いていないようだ。
「何か用かね? 残念ながら、今の魔術具開発所の状況では、再び見学を受け入れることは出来ないが……」
それはそうだろう。魔導巨兵が大暴れしたことで、魔術具開発所の建物は半壊状態なのだ。急いで建物を修復する必要があるし、町中で鎮座している魔導巨兵を片付けなくてはならない。
元より、魔道具開発所の見学を希望したのは、そこにシャルロットがいる可能性があったからだ。それはそれで見応えはあったものの、目的を達成した以上はもう一度足を運ぶつもりもない。
パーヴェルの言葉に、俺はゆるゆると首を横に振った。
「いや、それには及ばない。ただ、あんたに話があってな」
「話?」
「あぁ。とは言え、話があるのは俺じゃないけどな」
そう言って、俺は自らの後ろへと目線を振った。すると、俺の後方に小柄な体を隠していたシャルロットが、上目で俺の事を見上げる。
そうして小さく頷きを見せると、俺の隣へと歩み出た。
そこでようやく、シャルロットの存在に気が付いたのだろう。パーヴェルが眼鏡の向こうで、少し瞳を見開いた。
「シャルロット君……」
パーヴェルがこちらへと一歩踏み出す。それに応じるように、俺は足を踏み出しシャルロットの体を再び半分隠した。そうして、続くパーヴェルの行動へと目を光らせる。
重要なのはここからだ。これからのパーヴェルの行動如何によって、俺達の行動も変わってくる。
もしもパーヴェルがシャルロットの身柄を押さえようとするのであれば、俺達はすぐさま逃走する用意があった。そのために、今日ここに同行しているのはシャルロットの他にはフィリーネだけである。
アメリアとエリーゼとイルムガルトの三人には、既に町の門のところで待ってもらっているのだ。もしもここから逃げ出すとなったら、フィリーネにシャルロットを抱えて飛んでもらい、俺は身体強化で門まで走る算段となっている。
その割り当てを話した際、アメリアは若干不服そうな顔をしていたが、最後には首を縦に振ってくれた。
シャルロットは大分復調したとはいえ、さすがに身体強化をかけて全力疾走出来るほどではない。フィリーネに抱えて飛んでもらうのが一番なのだ。
俺が二人の間に割り込んだことで、パーヴェルは足を止めた。その瞳はシャルロットへと注がれている。
「死体が見つからなかったとは聞いていたが……そうか、生きていたか」
そう言って、男は口元を緩めた。一度は魔導巨兵を止めるため、シャルロットを殺すことを提案したパーヴェルだが、この反応を見る限りでは、少女が生きていること自体には安堵しているように見えた。
それから男は、シャルロットから俺の方へと目線を移す。
「君達が助けたのか?」
「……あぁ、そうだ」
「そうか……」
パーヴェルは俺の目を正面から真っ直ぐに見返した。
「魔導巨兵を止めてくれたこと、感謝する」
そう言って、男は深々と腰を折って見せた。
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