314話 束の間の休息4
ぽかぽかと、暖かな空気に包まれる。
窓から差し込む陽光は明るく柔らかで、その光を浴びていると、何とも言えない眠気に襲われる。まるで、時間の流れがゆっくりになったような感覚だ。
今は、私が魔導巨兵から助け出された翌日のお昼である。
この時間帯に至って、私はようやく上体を自力で動かせるようになった。とは言うものの、体にずっしりと圧し掛かる倦怠感は依然として健在で、動くのは億劫なままである。
そんな私であるが、今は壁に背を預けたジークハルトの腕の中に、すっぽりと収まっている。お腹に回した手で抱えられ、反対の手で優しく頭を撫でられているのだ。
誰に弁明するわけでもないが、決して私から望んでのことではない。ジークハルトと二人きりであれば私から言い出すこともあるだろうが、皆の前でこんな風にしてくれというのは、さすがに気恥ずかしさが勝る。
とは言え、ジークハルトからの提案に対して頷いたのだから、同じようなものだ。一瞬の逡巡を見せたものの、私の中では断るなどという選択肢はなかったのだから。
それからと言うもの、私はこうしてジークハルトに、存分に甘やかされているのだった。
他に一緒にいるのは、傍の布団の上で存分にお昼寝を楽しむフィリーネだけである。アメリアとエリーゼ、イルムガルトの三人は、買い出しのついでに町の様子を見に行っている。
フィリーネは魔導巨兵から飛び立つ姿を見られており、白翼を隠しても尚、気付かれる可能性があるためお留守番だそうだ。本人としても、外出するよりもお昼寝をしたい気分だったそうなので、丁度良いだろう。
アメリアも魔導巨兵と戦う姿は見られている可能性が高いらしいのだが、直接私の救出に関わったわけではないため、問題ないだろうとジークハルトが判断していた。
そんなわけで、誰にも邪魔されることのない至福の時が始まったのだった。こんな風に甘やかされるのは、随分と久しぶりのことである。
ジークハルトの大きな手が、リズムよく私の頭を撫でている。定期的に触れられる心地よさに、ともすれば眠りに落ちてしまいそうだ。
けれど、その心地よさに身を預けるには、少し引っ掛かるものがあった。
それは、今この場にいない半龍の少女、クリスティーネの存在だ。
彼女は私と共に奴隷狩りに捕らえられたのだが、イリダールの屋敷で離れ離れになってしまった。それから昨日、私だけがジークハルト達の手により助け出されたのだ。
あの綺麗な少女は今頃、どこで何をしているだろうか。
酷いことをされていないだろうか。
ちゃんとご飯を食べられているだろうか。
そんなことを考えると、私だけがジークハルトに甘やかされるというのは、どうしても気が引けるところがあった。
そしてもう一つ、私には後ろめたいことがあった。
「それじゃ、シャルはクリスが連れていかれたことについては、何も知らないんだな?」
「はい……」
ジークハルトからの問いかけに、私は俯きがちに小さく返した。
ジークハルト達よりも余程クリスティーネの傍にいたというのに、私は彼女が何故連れていかれたのか、まったく知らないのだ。
もっとも、ジークハルト達は既にクリスティーネが帝都の城に連れていかれたようだと見当をつけているので、手掛かりがないわけではない。それでも、私自身が何もできないことに関しては、不甲斐なく思っている。
「すみません、ジークさん。私、何も役に立てなくて……」
「気にするなよ、シャル。シャルが無事だっただけでも、俺達は嬉しいんだ」
そう言って、ジークハルトは優しく頭を撫でてくれる。
私は狡い子だ。
こんなことを言えば、ジークハルトは否定してくれるとわかっていながら、言わずにはいられない。
それでも、恐怖を感じたのは嘘ではない。
私はここまでだと、死を覚悟したのはつい昨日のことだ。
それを思い返すと、どうしても今与えられているこの暖かさに、縋りつきたくもなるのだ。
「大丈夫だ、シャル。きっとクリスも無事だ。早いとこ見つけ出して、助けてやろうな」
私を安心させるように、ジークハルトは規則正しく頭を撫でてくれる。
「そうですね……私も、頑張ります」
彼に応えるためにも、早く体を治さなければ。
それに何よりも、私自身がクリスティーネを助け出したいと思う。
今頃きっと、心細い思いをしていることだろう。
あの少女は、奴隷狩りに捕まっている間も、イリダールの屋敷でも、ずっと私の事を守ってくれていたのだ。
今度は、私が助ける番だ。
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