312話 束の間の休息2
「ん……」
少女の桜色の唇から、小さく言葉が漏れる。
少女は俺よりも一回り程小さな手で胸元の毛布を掻き抱き、その瞳をゆっくりと開く。そうして宝石のような瞳が露わになり、俺の姿を映し出した。
まだ意識が完全に覚醒していないのか、どこかぼんやりとした様子だ。
「おはよう、シャル」
「んん……ジークさん?」
長い睫毛に彩られた瞳が、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
俺はシャルロットの前髪へと手を伸ばし、軽く前髪を整えてやった。
「気分はどうだ?」
「……なんだか、まだ夢を見ているみたいです。また、ジークさん達に会えるなんて……」
「夢じゃないぞ、シャル。ちゃんとここにいる」
優しく声を掛け、シャルロットの右手を軽く握る。俺の物よりも一回り程小さな手だ。やはり体調が万全ではないのか、体温が低くひんやりとしている。
シャルロットは俺に応えるように、柔らかく手を握り返した。
「ジークさん……その、別にジークさん達を信じてなかったわけじゃないんですが、まさか助けに来てくれるとは思ってませんでした……ここ、シュネーベルクの町からは、大分離れてますよね?」
その言葉に、俺とシャルロットでは認識が異なるのだとわかる。
俺達はシャルロットとクリスティーネの痕跡を追って、この町までやってきた。道中では二人の情報を集めたり、フィリーネが二人の様子を見たりしている。
そのため、二人と言葉を交わすことは出来ないまでも、二人の存在自体はそこまで遠いものではなかったのだ。
しかし、二人にとってはそうではない。イリダールの屋敷に潜入したフィリーネの存在にも気が付いていなかったため、二人は俺達が追ってきていることも知らなかったのだ。
それ故、シャルロットの中では、俺達はまだ王国にいるという可能性も十分に考えられたのだろう。もちろん俺達の事を信じてくれてはいたのだろうが、この町まで追いかけてきているのは、意外でもあったに違いない。
「確かに、そこそこ長旅ではあったけどな。シャルもクリスも、俺達の大切な仲間だ。どこにいたって、今日みたいに助けに来るからな」
「はい、ジークさん……助けてくれて、ありがとうございます」
そう言って、へにゃりとした笑みを見せた。満面の笑みというわけではないが、久しぶりに見るシャルロットの笑顔だ。
魔導巨兵の中では、泣き顔しか見られなかったからな。やはり、この子には笑顔が似合う。
握ったシャルロットの手に両手を添え、熱を分け与えるように擦っていると、その隣に寝転んだフィリーネが、がばりと小柄な少女に抱き着いた。
俺に抱き着くときは体当たりするほどの勢いだが、羽毛で包み込むように優し気だったのは、シャルロットの体調を気遣ってのことだろう。
「シーちゃん、フィーも頑張ったの」
「直接助けには行けなかったけど、私も手伝ったのよ?」
「えへへ、フィナさんも、アメリアさんも、ありがとうございます」
フィリーネに抱き着かれたまま、シャルロットは俺の隣に座るアメリアへと目線を向ける。それを受け、アメリアに体を預けていたエリーゼが口を開く。
「私も頑張ったんだけどなぁ~」
「嘘を言わないの。私とエリーゼは、あれを遠くから眺めてただけでしょう?」
エリーゼの言葉に、イルムガルトは小さく溜息を吐いた。実際、この二人はシャルロットの救出に関しては何も手出しはしていない。とは言え、傍にいられると二人の身を守るために奔走しなければならなかったので、むしろそれで正解なのだが。
二人の声に、シャルロットが小さく顔を動かす。そうして瞳を少し開き、少し意外そうな顔を見せた。
「あれ? どうして、エリーゼさんとイルマさんが一緒に……?」
どうやら、ようやく二人の存在に気が付いたようだ。
ダスターガラーの町であればいざ知らず、ここはあの町から数日の距離なのだ。俺とフィリーネ、アメリアが一緒にいるのは当然のことだが、二人が一緒にいるのはシャルロットにとっては随分と不思議なことだろう。
俺はシャルロットの頭を軽く撫でながら、口を開いた。
「二人とはイリダールの屋敷で出会ってな。まず、エリーゼはアメリアと同じ火兎族の隠れ里の生まれということで、放っておくわけにはいかなかったから、一緒に旅することになったんだ。それから、イルマも王国の出身らしくてな。王都まででいいから一緒に連れて行ってくれって言うから、連れてきた。二人とも、しばらくは一緒に旅することになるぞ」
「そうだったんですか……エリーゼさん、イルマさん、改めてよろしくお願いします」
俺の説明に耳を傾けていたシャルロットは、二人へと目線を向けて小さく顎を引いた。
それを受け、エリーゼがぱっと顔を明るくさせる。
「よろしくね、シャルちゃん! 一緒にクリスちゃんを助けに行こうね!」
「私も、しばらく厄介になるわ。何の手助けもできないとは思うけど……せめて、足を引っ張らないように気を付けるから」
エリーゼは元気よく、それに反してイルムガルトは静かに、小柄な少女へと言葉を告げる。
二人の言葉に、シャルロットは柔らかな微笑みを浮かべた。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




