31話 生き残った少女6
俺達は宿屋で割り当てられた部屋へと荷物を置くと、再び一階へと降りていた。そうしてやって来たのは食堂だ。陽が落ち、夕食を取るにはやや遅い時間帯である。
食堂にはいくつもの木製のテーブルが並んでいた。俺達はそのうちの一つに腰掛ける。そうして、この店のお勧めメニューである日替わりの定食を三人前と、クリスティーネが追加で肉料理を注文する。クリスティーネが二人分近く食べるのはいつものことだ。
それから注文した料理が来るのを待つ間、何やらシャルロットがきょろきょろと周囲を見回している。食堂の壁際にあるのはメニューを記載した木札だが、それが珍しいのだろうか。大抵の食事処では、この食堂のように料理名を記載した木札が壁際にずらりと並べられているものなのだが。
「食堂が珍しいのか?」
「えっと……そう、ですね。今までは、お家で食べていたので」
なるほど、確かに子供であればそうかもしれない。俺自身、食事処を利用するようになったのは冒険者になるために王都にやってきてからだった。冒険者のように特定の街に定住しない者達以外は、家庭で食事をとるのが一般的だろう。
しばらく待っていると食事が運ばれてきた。日替わり定食はパンとメインとなる肉料理、それに野菜の入ったスープだ。何れも作り立てのようで、暖かな湯気が立ち昇り良い香りがする。
クリスティーネの前には、それらに追加で大きな焼いたオーク肉の塊が置かれた。塩胡椒で味付けされたそれは、味はともかくとして食べ応えはありそうである。
当のクリスティーネはというと、目の前に置かれた肉の塊に目を輝かせている。その様子を眼にしたシャルロットは、驚いた様子でくりくりとした水色の瞳を大きく見開いている。
俺から見ても、クリスティーネは割と細身だというのに、毎回よくそんなに食べられるものだと思う。食べたものがどこに行くのかも謎である。やはり、今は隠されている翼や尻尾にいくのだろうか。
折角の食事なので、冷めないうちに口へと運ぶ。手枷があるため、シャルロットは少し苦労しているようだが、何とか食べられるようだった。やはり、早めに枷は外す必要があるだろう。
食べながら話すのは明日からのことだ。
「それじゃやっぱり、明日はまず鍛冶屋に行くの?」
「そうだな、シャルの枷を外してやった方がいいだろう」
重いし痛いし動きを制限される、その上目立つときたものだ。枷の下の肌は皮が破れて痛々しいし、早めに治療が必要である。
「ジーク、鍛冶屋の場所ってわかる?」
「あぁ、前に装備を買ったことがある」
少し前までは王都で活動していたのだ。馴染みというほどの常連ではなかったものの、剣や防具を買いに何度か足を運んだ鍛冶屋があった。まずはそこへ行ってみるのがいいだろう。
たとえそこで枷を外すことが出来なかったとしても、王都にはまだいくつもの鍛冶屋があった。何軒か巡れば、どこかでは枷を外してもらえることだろう。
枷が外れることを前提に、俺はその後の行動を考える。
「枷が外れたら、まず魔術で治療するとして……その後は、シャルの服を買いに行くか」
「ジーク、靴も一緒に買わなきゃ」
「おっと、そうだったな」
シャルロットは灰色のボロ以外、何も身に付けていない状況だ。当然、足も裸足であった。元々は足裏も怪我をしていたのだろうが、クリスティーネが魔術で治療し、移動は俺が運んでいたため今は綺麗な状態だ。
それでも、王都の石畳を歩くのに靴は必須だろう。明日は服と靴の購入を忘れないようにしなければ。
「服と靴を買ったら、そうだな……大衆浴場にでも行くか」
「大衆浴場?」
「あぁ、クリスはまだ行ったことがなかったか」
大体の大きな街には、大衆浴場と呼ばれる巨大な湯屋が存在する。魔術具で大量の湯を沸かせるその施設には、身を清めるために多くの利用客が集まるのだった。
ネーベンベルクの街にも大衆浴場は存在するのだが、いつも宿で湯を貰い、体を拭くくらいで済ませていた。俺はそれだけでまったく気にならなかったのだが、女性であるクリスティーネには大衆浴場の存在をもっと早くに教えておくべきだったかもしれない。
「大衆浴場って言うのは、つまりでかい風呂のことだ。その風呂にみんなで一緒に入るわけだな」
俺の説明に、クリスティーネは驚愕の表情を浮かべる。そこまで大衆浴場の存在が信じられないのかと思ったが、そうではなかった。
「い、一緒に?! その……ジークとも?」
最後は言葉が小さくなっていたが、俺の耳には届いていた。クリスティーネの恥ずかしそうな様子から、確実に勘違いしているのだとわかる。
このまま騙すとどういう反応をするのだろうかというイタズラ心が湧き上がるが、大衆浴場に行かないと言われるのも困る。俺は正直に話すことを決めた。
「安心してくれ、男女は別れているから。世の中には男女が一緒に入る『混浴』と呼ばれる風呂もあるそうだが、王都はそうじゃない」
「そ、そうだよね! よかったぁ」
クリスティーネは心底安心した様子で胸を撫で下ろす。俺としても、見ず知らずの野郎共に大切な仲間の裸を拝ませるつもりはなかった。クリスティーネのような美少女を混浴になど連れていけば、どんな騒ぎになるのかわかったものじゃない。野郎共の目線から隠すのに大慌てで、余計に疲れる結果になりそうだ。
「あ、あの……人とお風呂に、入るんですか?」
それまでは静かに聞いていたシャルロットが、おずおずといったように口を開いた。少し嫌がっているような様子だが、まさか風呂嫌いということはないだろう。
「あぁ、クリスも一緒だから安心してくれ。それとも、恥ずかしいのか?」
「えっと、そう、ですね」
何とも煮え切らない態度だが、同性とは言え裸を見られることになるのが恥ずかしいのだろう。俺としては男の裸など興味がないし、見ようと思ったことなどないのだが、女性は違うのだろうか。
「恥ずかしいなら、タオルで体を隠せばいいぞ」
「そう、ですね……それなら、まぁ」
余程恥ずかしいのだろう。体を隠せるように提案すれば、ようやくシャルロットは首を縦に振った。
少々、引っ込み思案な様子である。基本的には俺が注意するとして、俺が見えないところはクリスティーネに見てもらえば大丈夫だろう。
「明日の予定はそんなところで、後はその都度考えればいいだろう。シャルも、明日はそのつもりでいてくれ」
「えっと、はい、わかりました……その、よろしくお願い、します」
翌日の予定が決まったところで、俺達は食堂を後にする。そうしてシャルロットをクリスティーネへと託し、俺は宿屋の一室で一人眠りにつくのだった。




