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308話 氷精少女救出作戦7

 断続的に振り下ろされた大剣が地を抉る。

 衝撃に砂埃が舞い上がり、振動に身体が跳ねる。


 魔導巨兵が幾度もその手に持つ黒の大剣を振るったことで、既に周囲には瓦礫の山が築かれ、地形が変化していた。周囲の人々は既に逃げ出したようで、俺達の他には僅かに騎士や冒険者が残るのみだった。

 残りの者達にしても、今は下手に魔術を放つのではなく、遠巻きに様子を窺うのみとなっている。どうやら、魔導巨兵が魔術を使用する者を優先的に狙うようだと判明したからだ。


 魔導巨兵の振り下ろした剣の衝撃により、軽傷を負った者は複数名いるようだが、幸いにも未だ死人は出ていないようである。

 巨人の振るう剣は必殺の一撃で、その速度も衝撃も驚異的ではあるが、その軌道は直線的で、見切るのはそう難しいことではなかった。故に、その動きを注視していれば、少なくとも直撃は避けられるということである。


 とは言え、それだけでは単に即死はしないというだけだ。先程から、事態は全くと言っていいほど進展していない。

 時折、上空のフィリーネの様子を視界に納めるが、彼女も接近には苦労しているようだ。背筋がひやりとするような光景は、一度や二度ではなかった。


「ジーク、このままじゃ埒が明かないわ!」


「わかってる! だが……」


 傍に寄ってきたアメリアと言葉を交わす。これまでに二度ほど、魔導巨兵の体をよじ登ろうと試みたものの、何れも失敗していた。そもそも、この鉄の巨人は人が登ることを想定して作られてはいないのだ。

 僅かな取っ掛かりを足掛かりに、魔導巨兵の足先から膝下まで登っては見たものの、すぐに振り落とされる結果となっている。それこそ、壁面を駆けあがるような芸当でもできなければ、胸まで登ることは不可能だろう。


 会話の最中にも、魔導巨兵の動きが止まるようなことはない。少し離れたところにいた冒険者目掛けて、黒の大剣が勢いよく振り下ろされる。冒険者は半ば衝撃に吹き飛ばされるような形になりながらも、直撃は避けたようだ。

 地面に突き立てられた大剣が、少しの間をおいてゆっくりと持ち上げられる。あれだけの重量だ、取り回しは決して簡単ではない。そのお陰で、追撃までには余裕を持って行動に移せた。


 そこで、ふと思いついた。あれを利用すれば、魔導巨兵の胸に一気に接近することも、不可能ではないだろう。

 だが、俺一人では無理だ。誰かの協力が必要である。


「アメリア、一つ作戦を思いついた。魔術を使用するから、それまで奴の注意を引いてもらえるか?」


「簡単に言ってくれるじゃない」


 アメリアが片方の眉を跳ね上げる。

 魔導巨兵の注意を引くこと、それ自体は容易だろう。あの巨人は、自身に攻撃するものを優先的に狙うようだ。それも、近接攻撃よりも魔術の方が優先度は高いように見えた。

 そもそも、生半可な近接攻撃では傷一つ付けられないのだから、当たり前の話ではある。魔術の方が、魔導巨兵にとっては脅威なのだろう。


「頼む、アメリア。アメリアだけが頼りなんだ」


 俺の言葉に、アメリアの側頭部から伸びる火兎族特有の大きな耳が、ピクリと動いた。


「……もう一回言って?」


「ん? アメリアだけが頼りだ、頼む」


「私だけが……」


 ピクピク、と今度は二度ほど小さく耳が動く。そうして、何故だか唇の端を小さく持ち上げた。どこか喜んでいるようにも見えるが、気のせいだろうか。


「し、仕方ないわね。そこまで言うなら、やってあげるわ」


 そう言って、少し顔を赤らめて俺から顔を逸らし、両腕を組んで見せる。今のやり取りに恥ずかしがる要素があったか疑問だが、とにかく囮役を引き受けてくれたようだ。

 それからアメリアは、手に持っていたナイフを腰へと納めた。アメリアの持つナイフでは魔導巨兵に傷をつけることはできないので、魔術で気を引いてくれるのだろう。


「もし死んだら、化けて出てやるんだから」


「そうならないように、気を付けてくれよ。俺も、出来るだけ急ぐ」


 俺の言葉にアメリアは小さく顎を引き、魔導巨兵の正面へ回り込むように駆け出した。そうして軽く手を突き出すと、掌から顔程の大きさの炎弾が次々と飛び出した。

 それらは魔導巨兵の胴体へと順々に着弾し、黒煙を上げる。見た目は派手だが、それほど威力のない魔術だろう。現に、鋼鉄の巨人には今までと同じく、如何ほどの損傷も与えてはいないようだ。


 それでも、魔導巨兵の注意は引けたようだ。不気味に光る赤い瞳が、少女の姿を捉えたのがわかった。

 巨人はぎこちない動きで向きを変えると、その手に持つ大剣を振り下ろす。

 少女は跳ねるように飛び退ると、重撃を大きく回避した。余波でさえ人を吹き飛ばすほどの威力だ、掠っただけで致命傷になりかねない。


 アメリアはくるくると回り飛び跳ねながら、隙を見て魔術を行使する。その身のこなしは軽々としたもので、次々とその身を狙う必殺の一撃を躱していく。

 傍から見ていると余裕があるように見えるが、綱渡りである状況に依然変わりない。俺の方も急がなければ。

 身体強化を切り、体内の魔力を集めていく。


「『現界に属する大地の眷属達よ 我がジークハルトの名の元に 彼の者をその強き双腕で打ち砕け!』」


 練り上げた魔力が渦となって溢れ出す。

 休みなく振り下ろされる大剣を、アメリアが後方宙返りで躱した。地を穿つ一撃に、余波に晒されたのか赤毛の少女が大勢を崩す様が見えた。

 今こそが時期だ。

 俺は少女の方へと駆け寄りながら、練り上げた魔力を解き放つ。


「『強き石の両腕フェルズ・シュタルク・ツヴァルマ』!」


 俺の掛け声に合わせ、魔導巨兵の後方に積み重なった家屋の残骸が吹き飛んだ。

 現れたのは巨大な石造りの腕だ。魔導巨兵の物よりは一回り程細いものの、十分に巨大なその両腕は、狙い違わず巨人の両膝裏を撃ち抜いた。

 轟音と衝撃に、魔導巨兵がたまらず膝を折る。巨人の関節の動きは、見たところ人間のそれと同じだ。不意打ち気味に膝裏を叩かれれば、体勢を崩すのは道理だろう。


 俺の生み出した石の両腕は、衝撃に半ばから折れ、光となって消えていく。

 巨人が倒れ込んでくれれば話は速かったが、体勢を崩すだけでも十分に目的を達している。魔導巨兵が体勢を立て直すまでは、僅かながらの猶予があるだろう。

 その時間を利用して、魔導巨兵の胸までを駆けあがる。俺はアメリアの方へと駆け寄る。


 否、向かう先は赤毛の少女ではない。

 俺の目指す方向にあったのは、巨人の振り下ろした黒の大剣だ。

 その俺の身長の倍ほどの幅にもなる、剣の切っ先へと飛び上がる。そうして剣の側面に降り立った。剣の側面は掌二つを広げたくらいの広さがある。少々狭いが、立てないことはない。


 その上を、俺は巨人に向かって駆け出した。巨人の操る大剣の上は、肩まで繋がる最短経路だ。

 傾斜は急だが、摩擦は十分。ただ足をよじ登るよりも、速度はずっと上だ。

 刀身を越え、鍔を越え、握りを、柄頭を過ぎる。

 軽い跳躍で降り立ったのは、巨人の手首に当たる部分だろうか。

 そこに至って、足元に若干の振動を感じた。どうやら魔導巨兵が体勢を整えたらしい。残り時間は少なそうだ。


 足場が傾斜を増していく中、俺は僅かな取っ掛かりを頼りに上へ上へと昇っていく。そうしてようやく、二の腕のところまで上がってきた。ここまで来れば、魔導巨兵の胸は最早目と鼻の先だ。

 俺は身体強化を限界まで掛けると、やや体勢を低くして両足に力を籠める。それから一呼吸を置き、思い切り跳躍して中空へとその身を躍らせた。


 一瞬の浮遊感。

 続いて身体が重力に引かれる感覚を覚える。

 そうして風を切りながら、放物線を描いて魔導巨兵の胸へとしがみつく。若干、勢いあまって頭を打ち付けたが、我慢だ。


 ほっと一息ついたところで、現状を確認する。だが、あまりにも魔導巨兵が巨大すぎて、自分がどこにいるのかよくわからない。間違いなく、胸の辺りだとは思うのだが。

 そうして顔を上げた俺は、目の前に黒く半透明な壁があることに気が付いた。どうやらこの部分は、他のところとは別の素材で出来ているようだ。


 半透明な壁の向こうには照明の魔術具でもあるのか、内側の様子が見えた。

 そこで見えた光景に、俺は瞳を見開いた。

 そこには無数の黒い紐のようなものに体を覆われた、水色の髪の少女の姿があった。

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