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301話 氷精少女と魔導巨兵2

 私は魔導巨兵内の椅子に腰かけたまま、前方を見やる。パーヴェルの手によって閉ざされた魔導巨兵の胸の部分は、黒みがかった半透明の素材で出来ているようだ。

 そのお陰で、私は魔導巨兵の中にいながら、外の様子を見ることが出来た。別に狭い空間に閉じ込められることが怖いわけではないが、外の景色が見えるというのは、それだけで少し安心感があった。


 半透明の壁の向こう、パーヴェルが階段を降りていく姿が見える。その姿はすぐに見えなくなった。そうして少し経てば、私の昇ってきた階段が右の方向へと動いていった。

 あの階段は可動式になっていたので、邪魔にならないよう部屋の隅に動かされたのだろう。私が降りるときには、また元の位置に動かされるはずだ。


 特に見るものもなくなったため、私は魔導巨兵の中をきょろきょろと見渡してみた。周囲には棒状の出っ張りやスイッチのようなものが無数にある。少し手を伸ばせば、それらに触れることは容易だ。

 だが、下手に触れて魔導巨兵が動き出しても困る。もしも動き出せば、私に止めることは不可能なのだ。動かすことは外側のパーヴェルがやってくれるそうなので、私は大人しくしているのが一番である。


『聞こえるかね、シャルロット君』


「えっ、パーヴェルさん?!」


 突如として聞こえた男の声に、私は思わず左右を仰ぎ見る。だが周囲には無数の魔術具があるのみで、人影は全く見えない。そもそも、先程階段を降りていったパーヴェルの声が、何故聞こえてくるのだろうか。


「パーヴェルさん、どこにいるんですか?」


『下だ。この魔導巨兵には通信の魔術具も仕込まれていてね。このように外と中で会話が出来るのだ』


「通信の魔術具、ですか」


 いつだったか、ジークハルトから聞いたような気がする。魔術具の中には、離れた相手と会話ができる、通信の魔術具というものがあるそうだ。便利な魔術具があるものだな、と思っていたが、なるほど、こんな感じなのか。

 だが、パーヴェルと話が出来るのであればとても助かる。いくら前方の景色が見えるとはいえ、私からは前方しか見えないのだ。ただ座っているだけとはいえ、周囲の状況が聞けるのと聞けないのとでは、心構えが大違いである。


『それでは始めるぞ。まずは指の動きからだ』


 頭上から、パーヴェルの声が響いて来る。どうやら、周囲の職員達に指示を出しているようだ。それに伴い、私の両腕から僅かに魔力が外へと流れ出始めた。やはり魔力供給時と同じように、手首の黒い紐を通じて魔力が魔導巨兵へと流れるようだ。

 それから少し間を空けて、微かな振動が伝わってきた。おそらく、魔導巨兵が動き出したのだろう。それと同時、通信の魔術具越しに複数の人達の感心したような声が聞こえてきた。


『おぉ、動いている……』


 その中には、パーヴェルの呟きもあった。彼自身も、魔導巨兵が実際に動いているところを見るのは初めてだと言っていた。それを目にすれば、感動するのもわかるというものだ。

 少し残念なのは、私のところからはどう動いているのか全く見えないところだ。微弱な振動を感じるくらいで、視界の変化は何もない。腕とかが動けば、良くわかるのだが。


『よし、よし。少しずつ行くぞ。次は手首だ』


 そんな声と共に、再び振動が伝わってくる。どうやら、少しずつ動かす部分を増やしていくようだ。

 そうして手首、肘、肩を右と左交互に動かすよう、指示が出される。私の視界にも、腕が動いている様子がちらりと見えた。太い鋼鉄の腕がゴーレムのように動く様は不思議なものである。


 魔導巨兵は順調に稼働しているようだ。通信機の向こうからも、明るい声が聞こえてきた。

 私は椅子に深く腰掛け直し、小さく吐息を漏らして力を抜いた。どうやらこの調子であれば、問題なく終わりそうだ。先程飲んだ薬のせいか少々熱っぽく感じるが、座っているだけであればどうということはない。


『よし、次は足だ。まずは軽く、片足を動かすぞ』


 その言葉に、私ははっと顔を上げた。そうだ、本番はここからである。足を動かせば、感じる振動はこれまで以上となるだろう。どうか、バランスを崩して倒れたりしませんように。

 そうして今までよりも強い揺れを感じると共に、視界が動いた。ほんの少し斜めに、視界が上がるところを見るに、魔導巨兵が片足を上げたのだろう。思ったよりは振動が少なかったのは、動きが小さかったからだろうか。


 続いてパーヴェルの指示により、魔導巨兵が足を元の位置に戻す。その時、それなりに大きな音が響き、先程よりも強い振動を感じた。どうやら地に足を付けるときの方が衝撃が大きいようだ。

 それから再び振動を感じ、視界が先程とは反対方向に傾く。もう片方の足を動かしたのだろう。その後、少しの間、視界が左右に揺れる。おそらく、両足を交互に動かしているのだろう。


 断続的に感じる振動に、思わず肘掛を握っていると、何度目かになるパーヴェルの声が響いてきた。


『よし、よし、いい調子だ。それでは次は――』


 不意に、男の声が途切れる。その原因は明白だ。

 突如として魔導巨兵内に、甲高い音が鳴り響いたのだ。それと同時、周囲の照明が明滅する。

 何が起こったのだろうか。

 私は若干の不安を覚え、きょときょとと周囲を見渡した。


「何が……えっ?」


 不意に手に何かが触れた感触に、私は手元へと視線を落とす。そうして、驚きに瞳を大きく見開くこととなった。

 手首に嵌めた金属の輪から伸びているような黒い紐が、手摺りの下から無数に伸び、私の腕を縛り付けているのだ。それらの紐は見ている間にも数を増し、拘束を強めていく。


「えっ、えっ、何これ……?」


『シャルロット君、落ち着きたまえ。そちらでは何が起こっている?』


 頭上からパーヴェルの声が響くが、私はそれには答えられなかった。どうやら腕だけではなく足まで拘束されているようで、身動きが出来なくなっているのだ。腕は動かせず、立ち上がろうにも安全ベルトが邪魔で、尻を浮かすこともできない。


「きゃっ!」


 さらに追い打ちをかけるように、大きな振動を感じた。それと共に、目の前の半透明な壁越しに、視界が大きく動く。体が左側へと傾き、安全ベルトに強く押し付けられた。

 さらに振動を感じる度、前方の壁が迫ってきた。どうやら魔導巨兵が前へ前へと進んでいるらしい。


『どうなっている? こちらの制御を受け付けない!』


 通信の魔術具からは、パーヴェルの焦ったような声が聞こえてくる。それでも、魔導巨兵の歩みは止まらない。

 やがて魔導巨兵が壁の前まで辿り着く。そうして半透明の壁の向こう、大きな右腕を振り上げる様子が見えた。


 あ、という声を発する間も無く。

 鋼鉄の巨椀が白い石壁へと振り下ろされた。

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