30話 生き残った少女5
ほとんど陽が沈むころになって、俺達はようやく王都グロースベルクへと辿り着いた。道中、ワイルドウルフと戦闘したり、目を覚ましたシャルロットから事情を聞いたりしていたために、予定よりはずっと遅い時間での到着だ。
王都に辿り着いたことで、俺はほっと胸を撫で下ろした。ギリギリだが、何とか日没までに王都に辿り着くことができた。光魔術を使えば光源は確保できるため、夜道での行軍となっても大丈夫だとは思っていたが、それまでに辿り着けるに越したことはない。
シャルロットを背負っての移動となったが、シャルロットが目を覚ましてからはこちらに体重を預けてくれるため、そこまで苦労することはなかった。日頃から鍛えているし、シャルロットが軽いために身体強化の必要もなかったくらいだ。
久しぶりに見る王都は、記憶にある通りの大きさだった。ぐるりと伸びた壁が町全体を取り巻き、外部からの魔物の侵入を防いでいる。その壁の高さを超えるほどの建物がいくつも顔を覗かせ、それらから漏れる魔術具の光がぼんやりと周囲を照らしていた。
「着いたぞ、王都だ」
「ついに来たわ! 楽しみ!」
「大きい、ですね」
クリスティーネが初めて見る王都に目を輝かせ、シャルロットは街の大きさに圧倒されているようだ。クリスティーネは半龍族の姿でいると余計なトラブルに巻き込まれる可能性があるため、今は翼と尻尾を隠している。その様子を見た際、シャルロットは驚きに目を丸くしていた。
二人が初めての王都に感動しているのを尻目に、俺は街壁に用意された門へと足を向ける。そちらには大きな門と小さな門の二つがあった。
大きな方は、商人の馬車などが利用する門だ。荷物の検査などもするようで、多くの騎士達が待機している。もっとも、今の時間は利用するものがいないようなので、門に待機する騎士達は暇を持て余しているようだった。
俺達は小さな門、一般用の出入り口へと向かう。一度に数人が行き来できるようになっている小さな門には、左右に一人ずつの騎士が待機していた。
俺達が近づくと、騎士達が訝しむような視線を向けてくる。その視線の先は俺、ではないな、シャルロットに嵌められた手枷に注がれているようだ。まぁ、目立つよな。
「俺達は冒険者だ。通してもらってもいいか?」
「いや、少し話を聞かせてもらえるか?」
一応聞いてみたが、向かって左側の騎士に呼び止められる。さすがに、事情を話す必要があるようだ。
「お前達二人はいいとして、その子供は奴隷……ではないよな。どういう関係だ?」
変に誤魔化してもボロが出そうだ。シャルロットは嫌なことを思い出すかもしれないが、正直に話すほかないだろう。
「街の外で魔物に襲われているところを助けたんだ。どうやら人攫いに攫われた後、王都に向かう途中で魔物の囮にされたらしい」
俺が説明すれば、騎士はわかりやすく眉根を寄せた。
「人攫いか……まだそのような輩が我が国にいるとは嘆かわしい……事情はわかった、通ってよし!」
騎士達が門の脇へと身を寄せたため、俺達は礼を言ってその横を通り過ぎようとする。そうして騎士の隣を通ったところで、再度呼び止められた。
「まだ何かあるか?」
「いや、何か困ったことがあれば我が騎士団か、教会に行くんだぞ」
「そうか、覚えておく」
騎士団には王都全体の治安を守るために、多くの騎士達が所属している。犯罪など、困ったことがあった時は騎士団を頼れば、結構親身にしてくれるそうだ。シャルロットは人攫いの被害にあったわけだし、頼めば保護してもらえるかもしれない。
また、教会では身寄りのない子供達を育てている。運営は税金で賄われているため、教会の子供達の生活は保障されている。シャルロットを預ける先としては、もっとも適当だろう。騎士団に預けても、最終的には教会に預けられることになるはずだ。
俺達は魔術具の明かりに照らされた大通りを真っ直ぐに進んでいく。この時間では、鍛冶屋などは閉まっているだろう。シャルロットには我慢を強いることになるが、枷を外すのは明日まで待ってもらう必要がある。
俺が今向かっているのは宿屋だ。王都には馴染みの宿屋があるため、そこへと向かっている。
ほどなくして、一軒の宿屋へと辿り着いた。冒険者を始めてから二年近く利用していたため、少し懐かしい気分だ。扉を開けて中へと入れば、すぐに受付に立つ宿屋の主人と目が合った。俺の姿を確認した主人は、驚いたように目を丸くする。
「おや、ジークさんじゃないか。王都に戻ってきたのかい?」
「あぁ、一時的にな。親父さん、部屋は空いてるか?」
「いくつか空いてるよ。何部屋だい?」
「そうだな……」
俺はクリスティーネを振り返る。ネーベンベルクの街でも、宿屋ではクリスティーネと部屋は別だった。たとえ一緒の部屋でも本人はあまり気にしそうにはないし、何もするつもりはないとは言え、今回も部屋は別の方がいいだろう。
かと言って、全員別の部屋にした場合、シャルロットの様子が心配だ。魔物に襲われたのはほんの少し前のことである。一人にするより、誰かと一緒の方が安心である。当然、俺と同室という選択肢はないため、残る道は一つだ。
「クリス、シャルの事を頼んでいいか?」
「もちろん! 私に任せて!」
そう言って、胸を叩いて見せる。クリスティーネであれば同性だし、性格も明るく話しやすい。一緒にいることで、きっとシャルロットを元気づけてくれることだろう。
「一人部屋を一つと、二人部屋を一つ……そうだな、とりあえず三日で頼む」
「はいよ、これが部屋の鍵だ。部屋はわかるな?」
「あぁ、大丈夫だ」
宿屋の主人が差し出す部屋の鍵を礼を言って受け取る。そうして部屋へと向かって階段を上っていると、背中のシャルロットから焦ったような声が掛けられた。
「あ、あの、ジークさん」
「どうした?」
「その……私、お金持って、ないです」
なんだ、そんなことか。元々、シャルロットが金を持っていないことなどわかっている。それに、たとえ金を持っていたとしてもシャルロットに出させることなど、俺はするつもりがなかった。
それでも、シャルロットは何やら気にしている様子だったので、俺は安心させるように笑って見せる。
「大丈夫だ、それくらい俺達が出しておくさ」
「えっ、で、でも……」
「気にするなって。子供はもっと甘えていいんだぞ?」
「えっと……ありがとう、ございます」
背中越しに、シャルロットがおずおずといった様子で頭を下げる気配を感じる。本当はもう少し打ち解けてほしいのだが、まだ時間が足りないようだ。そのあたりのことは、俺よりもクリスティーネの方が適任だろう。
俺は心の中でそう思いながら、部屋へと続く廊下を進んでいった。




