299話 魔術具開発所見学
ザーマクガラーの宿屋で一夜を明かした俺達は、日課の訓練を済ませ、朝食を取ってから町の北にある魔術具開発所を訪れていた。あまり早くから訪ねるのは非常識だろうという配慮からだ。
俺達にとってシャルロットは大切な存在だが、魔術具開発所で働く人のほとんどはそんなことなど知らない、普通の人々なのだ。向こうには出来るだけ迷惑をかけずに、穏便に事態を解決させたい。
そうして訪れた魔術具開発所の門前で、俺は見張りの騎士と対峙していた。
「何、見学希望と言ったか?」
「あぁ、ここは魔術具開発所ってところで、魔術具の研究や開発をしているんだろう? 俺達は冒険者なんだが、魔術具に興味があってな。見学もさせてもらえるって聞いて来たんだ」
ここにはあくまで、魔術具に興味がある冒険者という体でやって来ている。馬鹿正直に奴隷として連れていかれた仲間を探していると言えば、購入者であるパーヴェルに警戒されるだろうという考えからだ。
それに、魔術具に興味があるというのも、決して嘘ではない。フィリーネ達はおそらくそんなに興味ないだろうが、これで俺は結構、知らない魔術具などを集めるのが好きなのだ。
町で見かけた珍しい魔術具などを衝動買いしてしまったことなど、一度や二度ではない。鞄のスペースと所持金に余裕があるからと言って、つい買ってしまうのだ。なお、買ってから使った試しのない魔術具もいくつか存在し、鞄の底で眠っているのだった。
そんなことは置いておいて、見学の話だ。俺の言葉に、目の前の騎士は少し難しい顔をして見せた。
「確かに見学を許可することもあるが、毎日というわけじゃないぞ? 時期にもよるし、そもそも見学希望などそうそう来ないからな。まぁ、ここの所長の許可次第だな。駄目な時は、諦めてくれ」
「あぁ、わかってる。その所長さんとやらに聞いてもらえるか?」
「いいだろう、少し待っていてくれ」
そう言い残すと、騎士は門を潜り抜け、建物の扉の向こうへと消えていった。
そうして待つことしばらく、それなりの時間をおいて聞こえた建物の扉を開く音に、俺は顔を上げた。見れば、先程対応してくれた騎士がこちらへと近付いてくるところだった。その後ろには、眼鏡をかけた少女を一人、引き連れている。
騎士は俺の眼前まで来ると、口を開いた。
「聞いて来たぞ。条件付きで、見学を許可するそうだ」
「条件?」
「あぁ、詳しくはこの子に聞いてくれ」
「ちょっと、子供扱いしないでくださいよ!」
そう言って騎士に噛みつく少女の姿は、子犬を思わせた。
改めて、少女の姿を見る。歳はクリスティーネやフィリーネと同じくらいだろうか。背丈も丁度そのくらいだ。深い緑色の髪を後ろで三つ編みに括っており、眼鏡の向こうでは髪よりも明るい翠の瞳が輝いている。
少し体格よりも大きな白衣を身に纏っているが、ここの職員なのだろうか。建物の中から出てきたのだから、少なくとも関係者であることは間違いないだろう。
少女は恨めしげな目で騎士の事を見上げていたが、俺達の視線に気づいてか、はっと顔を上げる。それからわたわたと手足をばたつかせたかと思えば、ぴしっと姿勢を整える。
「え、えっと、見学の方ですね? 私はリーリヤと言います! 皆さんのことは、私が案内しますね!」
どうやらこの少女が、魔術具開発所の中を案内してくれるようだ。さすがに所長自ら案内をしてくれるとは思っていなかったが、ここまで年若い少女とは思わなかった。
しかし、ここの職員達には各々の仕事があるのだろう。いきなり見学させてくれと言ったところで、そう簡単に担当者が決まるとは思えない。
そこで、この少女に白羽の矢が立ったということだろう。この年若さなら、そこまで重要な仕事をやっているとは思えない。俺達の案内役として、適切だったということだ。
だがまぁ、俺達としては建物内に入れるのであれば、誰が案内してくれても構わないのだ。引き受けてくれるだけありがたいと思う。
「あぁ、よろしく頼むよ。それで、条件って言うのは何なんだ?」
「あっ、そうでした!」
リーリヤは思い出したといった様子で声をあげる。少々頼りない様子だが、本当にこの少女でよいのだろうか。少し心配になってきた。
「条件はズバリ、冒険者の方の求める魔術具について、意見を聞く、です!」
「冒険者の求める魔術具について?」
俺が首を捻れば、リーリヤは笑顔で強くうなずいて見せた。
「えぇ、ここは魔術具開発所、魔術具の研究をしているところですからね! 冒険者の方の意見を聞いて、役に立つ魔術具を開発するのです!」
なるほど、もっともな話ではある。人に使われない魔術具など、作ったところで意味はないからな。
噂話なんかでは、どこかでは空を飛ぶ魔術具が開発されているとかで、そういうのは大層ロマンのある話だが、実際にはもっと現実的な魔術具を開発していることだろう。冒険者の求めている魔術具なんかは、俺達のような冒険者に聞くのが一番である。
それで実際に魔術具が作られるようになれば、俺達にとっても有り難い話だ。少なくとも、拒否するような理由はないだろう。
「そういうことなら、いくらでも」
「フィーは持ち運びできるベッドが欲しいの!」
早速とばかりにフィリーネが声をあげる。いくらマジックバックがあるとは言っても、さすがにベッドを持ち運ぶわけにはいかない。
一応、夜間は天幕を使用して寝ているが、宿屋の寝具の方が寝心地が良いのは明らかだ。フィリーネの言う通り、持ち運べて組み立てが簡単なベッドでもあれば、旅はもっと快適になることだろう。とは言え、それは魔術具と言うより家具のような気もするが。
だがそんなフィリーネの無邪気な言葉に、リーリヤはぱっと顔を明るくさせた。
「そうそう、そういう意見が聞きたいんですよ! ひとまず館内をご案内しますから、その間に考えておいてもらえますか?」
「あぁ、わかったよ」
俺は素直に頷きを返した。俺達がここに来た目的はシャルロットの情報を得るためだが、向こうが冒険者の意見を聞きたいというのであれば、何か考えておいた方がいいだろう。それこそ、こんな魔術具があればいいのにと思ったことは、一度や二度ではないのだ。
そうして俺達はリーリヤに後に続き、魔術具開発所の中へと足を進めた。
館内は明るく、汚れのない白壁が遠くまで続いている。時折、リーリヤと同じ白衣を着た人達が、俺達の前を横切っていった。
俺達はリーリヤに案内されるまま、魔術具開発所の中を歩いていく。決してここに来た目的を忘れたわけではないが、普段使用している魔術具の出来るところや、見たことのない魔術具を扱っているところを見るのは、思いの他楽しかった。
そうして館内を歩く中、男性の職員と擦れ違うたびに、俺はイルムガルトへと目線を送った。シャルロットを買い取ったという、パーヴェルという男かどうかを確認するためだ。
その度に、イルムガルトは小さく首を横に振って見せた。どうやら、今まで擦れ違った中にはいないようだ。
「――と、こんなところですね。どうでしょう、楽しめましたか?」
先導していたリーリヤが俺達の方を振り返り、少し自信なさげな笑みを浮かべた。実際、リーリヤの案内はどこか頼りないところがあり、働いている職員に直接魔術具について聞くようなこともしばしばあった。
だが、俺としてはそこまで気にしてはいない。元々、こちらが急に来て見学を申し込んだのだ。十分な準備など出来なかっただろう。
「あぁ、十分楽しめたよ。案内してくれてありがとうな」
「そうですか、それは良かったです!」
俺の言葉に、リーリヤがぱっと笑顔を浮かべた。笑うとさらに幼く見えるな。
「それで、お約束通り今度は皆さんの意見を聞きたいんですが……」
「あぁ、そういう約束だったな」
館内を案内してもらう代わりに、冒険者視点での意見が欲しいということだった。一通り見させてもらった以上、何らかの意見は出す必要がある。
とは言え、俺達がここへ来た目的は達成できていない。一応、建物内を中をある程度見ることは出来たが、シャルロットの姿はもちろん、パーヴェルという男にも会えていないのだ。
それを考えると、せめてパーヴェルの情報だけでも欲しいところだ。出来れば彼に会えるよう、話を持っていきたい。それを考えると、どうにかこれからの話を広げるべきだろう。
「そうだな……」
俺は何と答えたものかと考え込む。
その時だった。
突如発生した地響きと共に、何かが壊れるような轟音が鳴り響いた。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




