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296話 氷精少女と魔術具開発所7

 パーヴェルの言葉に、私は思わず巨大な魔術具から彼の方へと目線を移した。


「動かすって……これが動くんですか?!」


 俄かには信じがたい話だ。いくら魔力を込めたところで、目の前の鋼鉄の巨人が動くところが想像できない。そんなことになれば、本当にゴーレムと変わらないではないか。いくら魔術具とは言え、限度があるだろう。

 だがそんな私の驚愕も想定通りといった様子で、パーヴェルが神妙に頷きを見せる。


「あぁ、とは言え、私も実際に動いたところを見たわけではない。この魔術具……我々は魔導巨兵と呼んでいるが、これに関して記述された書物を読む限り、動かすことが出来るらしいというだけだ。だが、そのためには大量の魔力が必要となる」


 そう言って、パーヴェルは巨大な魔術具、魔導巨兵に関して説明をしてくれた。

 この巨大な魔術具は、数年前に帝国内の遺跡から出土したらしい。調べてみるとどうやら魔術具の一種らしいということで、魔術具を専門的に研究している、この魔術具開発所へと運ばれてきたようだ。

 そうして調査をしていると、この魔導巨兵を動かすためには、大量の魔力が必要なことが分かった。しかし、職員達にはそれぞれ研究している魔術具があるため、魔導巨兵だけに注力するわけにはいかない。


 そんなわけで、この巨大魔術具は何年もここに置かれ、研究だけが細々と続けられていたそうだ。その間に、魔力を提供してくれる協力者を探していたというわけである。

 そうして白羽の矢が立ったのが、私というわけだ。


「こんな大きな魔術具、私の魔力だけで動かせるんでしょうか……?」


 改めて見上げてみても、ものすごい大きさだ。いくら私の保有魔力が多いとは言っても、こんなに大きな魔術具を動かせるほどとは思えない。


「もちろん、いきなり動かせるわけではない。数日に渡って、魔力を溜める必要があるだろう」


 どうやら今日これから動かせるというわけではないようだ。魔導巨兵には魔力を溜める機関があるようで、何日間かに分けてその機関に魔力を蓄えるということである。

 そうして溜め込んだ魔力を使用することで、ある程度の時間、魔導巨兵を動かせるそうだ。


「実際に動かす際には、君にはこの魔導巨兵に搭乗してもらうことになる」


「搭乗……えっと、中に入るってことですか?」


 パーヴェルの言葉に、私は思わず瞳を大きく見開いた。正直、このような得体のしれない魔術具には、出来ればあまり触れたくないのだが。離れたところから魔力を提供するのならまだしも、魔術具の中に入るなど言語道断である。

 しかし、私の言葉にパーヴェルは何でもないような様子で頷きを返した。


「あぁ、見てもわからないかもしれないが、胸のところに人が乗るスペースがあるのだ。どうやら、魔力を溜めただけでは動かすことはできないらしい。魔力が血液だとすれば、中に入ったものが、魔力を循環させる心臓の役割となるようなのだ。そしてそれは、魔力を多く持つ君が適任だ」


「その……危険はないんでしょうか?」


「安心したまえ。当面はそこまで大きく動かす予定はない。操作も遠隔で行えるので、君は座っているだけで構わない」


「……そう、ですか」


 ほっと息を吐く。あまり大きく動かないのであれば、危険もそこまではないだろう。ただ座っているだけでよいのなら、私としても気楽だ。

 それからパーヴェルは私にその場で待つように言付けると、魔導巨兵の方へと近寄っていく。そうして魔導巨兵の足にあたる部分を何やり探っていたかと思えば、二本の黒い紐のようなものを手に、こちらの方へと戻ってくる。


 黒い紐は、親指よりも一回り程太いだろうか。表面には若干の光沢があり、つるつるとしている印象を受ける。

 パーヴェルの手に持つ紐の先端部分には、金属の輪っかがついているようで、鈍く銀色に輝いている。もう一端は、魔導巨兵へと繋がっているようだ。

 パーヴェルは私の前まで来ると、持ってきた紐を床の上へと置く。そうして徐に私の手を取った。


「魔力供給の間は、他の魔術具を身に付けていると干渉するからな。一時的に腕輪と首輪を外すぞ」


「……いいんですか?」


 私が気にすることではないかもしれないが、思わず問いかけていた。魔封じの腕輪と発信機の首輪は、私がここから逃げ出さないための措置である。それらを外せば、私がここから逃げ出すことも、決して難しくはないだろう。

 ここで働いている職員達は、冒険者のように戦い慣れても、普段から鍛えているわけでもない。目の前のパーヴェルにしても、魔術を使用すれば打ち倒すことは難しくないだろう。唯一障害になるとすれば、少数の騎士くらいのものだ。


 一応、私には今のところここから逃げ出す気はなくなったのだが、そんなことはパーヴェルたちが知る由もない。腕輪と首輪を外すことは、リスクでしかないはずだ。

 私の言葉に、パーヴェルは「あぁ」と頷いて見せる。


「どちらにせよ、外さなければ魔力供給が出来ないのでな。出来れば、抵抗しないでもらえると助かる」


「……わかりました」


 私の言葉に、パーヴェルからは頷きが返る。

 それから男は小さな鍵を取り出し、私の腕輪と首輪を外してくれる。そうして床に置いていた黒い紐を手に取ると、先端についている金属の輪を開き、腕輪のように私の腕に嵌めた。

 パーヴェルはそのまま待つように告げると、再び魔導巨兵の方へと歩み寄る。さらに黒い紐が繋がっている部分を何やら探り始めた。

 それからすぐのことだ。


「わっ」


 突如として腕に嵌められた、黒い紐の繋がっている金属の部分に違和感を感じた。そこを起点に、体内から魔力を引き出されているような感覚だ。

 なるほど、魔力の提供というのはこういう事かと、私はようやく理解した。勝手に体内から魔力を引き出される感覚は、若干の気持ち悪さを感じる。


 私が自らの腕に視線を落としていると、いつの間にか操作を終えたパーヴェルが、私の方へと近寄ってきた。その手には、背もたれのある椅子を抱えている。

 その椅子を、私の隣へと置いた。


「これに座ると良い。それなりの魔力を引き出すからな、立っているのは辛いだろう」


「あっ……ありがとう、ございます」


 わざわざ私のために運んできてくれたようだ。こういうところを見ると、やはり悪い人ではないのだと思えた。

 素直に礼を言い、椅子へと腰かける。少し高さがあるようで、私の踵は浮き、つま先が僅かに床に触れた。


 パーヴェルは他にもやることがあるのか、魔導巨兵の周りでいろいろと見て回っている。私は特にすることもなく、ぼんやりと巨大な魔術具を見上げていた。

 そうしてしばらく待っていると、段々と気怠さを感じ始めた。あまり経験は多くはないが、魔力が不足した時の間隔だ。

 それは時間と共に大きくなってきた。この椅子がなければ、立っているのは辛かっただろう。


 何度か私の方へと視線を向けていたパーヴェルが、私の元へとやってくる。


「大分辛そうだな……もう少し頼めるか?」


「……わかりました、頑張ります」


 パーヴェルの問いに頷く。かなり辛いが、もう少し位なら頑張れるだろう。椅子に深く腰掛け、背中を背もたれに預ける。

 それからしばらくして、パーヴェルが魔導巨兵へと近付き、その足の辺りを探ると、魔力が引き出される感覚がなくなった。どうやら終わりのようだ。私は思わず大きく溜息を吐いた。


 パーヴェルが私の腕から黒い紐の繋がった輪を外し、魔導巨兵の方へと持っていく。それから私の元に戻ってくると、再び魔封じの腕輪と発信機の首輪を私に取り付けた。


「ご苦労だったな、今日の君の仕事は終わりだ。想像以上の魔力量で、この分なら数日もすれば必要な魔力が溜まり切るだろう。また明日、よろしく頼む。ここで少し休んでいくと良い。今日のところは自由にしてくれ」


 そう言い残すと、パーヴェルはまた魔導巨兵の方へと戻っていく。私は椅子に座ったまま、その姿を見送った。もうしばらくは、ここから動けそうにない。

 今行った魔力供給が、ここでの私の仕事なのだろう。明日から、毎日することになるようだ。疲労感は拭えないものの、この分なら何とかできそうだと、私は安堵の息を吐いた。

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