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295話 氷精少女と魔術具開発所6

「シャルロットちゃん、起きてる?」


 そんな声が聞こえたのは、私が寝台に腰掛けて窓の外をぼーっと見ている頃だった。あれから一晩じっくりと考えてみて、これから取るべき行動については、なんとなく方針のようなものを打ち立てた。

 しばらくはこの魔術具開発所に身を置かせてもらい、魔力の提供を頑張ろう。パーヴェルはかなり私の身を気遣ってくれていたようなので、もっと話をする余地もあるだろう。


 今よりも彼と仲良くなれば、魔封じの腕輪も発信機の首輪も取り外して、町にも自由に行けるようになるかもしれない。そうなってから、王国に帰る方法を探そう。

 随分と気の長い計画かも知れないが、それが一番確実そうだし、何より平和だ。私を問答無用で軟禁することもできたのに、ある程度の自由を許してくれているのは、パーヴェルの好意に他ならない。その彼を裏切って逃げ出すよりは、双方納得した上で穏便に王国へと帰りたいのだ。


 そんなことをぼんやりと考えていたところで不意に声を掛けられ、私の意識が現実へと引き戻される。今の声はリーリヤのものだ。

 朝食の席では会わなかったが、何か私に用でもあるのだろうか。彼女には彼女の仕事があるらしいので、単に遊びに来たというわけではないだろう。


 軽く返事を返し、扉の方へと歩み寄る。そうして扉を開けてみれば、思った通りそこにいたのはリーリヤだった。彼女の方が背は高いので、自然と見上げる形になる。


「おはようございます、リーリヤさん。何か御用ですか?」


「おはよう、シャルロットちゃん! あのね、所長が用があるから、呼んできてって!」


「パーヴェルさんが、ですか?」


 一体何事だろうか。考えられることは一つ、例の魔力提供のことだ。というか、それ以外に考えられない。何しろ、私はそのためだけに、ここへと連れて来られたのだから。

 パーヴェルとは昨日の朝に魔力提供を約束して以来、会っていない。本当なら彼とはもっと話をしたいのだが、彼はここの所長、つまり責任者ということで、私ばかりに構ってもいられないのだろう。


「わかりました。どこに行けばいいですか?」


「それがね、昨日行ってない地下なんだ! 案内するから、一緒に行こう!」


「はい、お願いします」


 そうしてリーリヤの案内に従い、私は施設の中を歩く。途中で階段を二つほど降りたので、今は地下一階なのだろう。窓がなくなり、魔術具の照明が通路を照らしている。

 やがて、突き当りに鋼鉄製の扉が見えた。他の部屋とは違い、何やら厳重そうな様子だ。扉の前には、騎士が一名控えていた。


 リーリヤが騎士へと会釈をし、少し重そうに扉を開く。私も彼女の後に続き、扉を潜った。

 扉の向こうは、随分と広い空間だった。左右だけでなく、天井も吹き抜けになっており、とても開放感がある。そして部屋の中心には、何やら巨大な影があった。


 室内には何人か、この施設の職員と思われる白衣を着た人がいた。そのうちの一人がパーヴェルだ。他の人達が何かの魔術具を前に作業をしているのに対し、パーヴェルは彼らへ指示を出しているようだ。

 私はリーリヤと共に、パーヴェルの方へと歩み寄る。


「所長、シャルロットちゃんを連れてきましたよ!」


 リーリヤが元気よく声を掛ければ、パーヴェルは目線だけをこちらへと向けた。それから職員へと何事か指示を出してから、こちらの方へと向き直った。


「あぁ、リーリヤ君、ご苦労。彼女はこちらで預かるので、仕事に戻ってくれ」


「はーい! それじゃシャルロットちゃん、またね!」


「あっ……」


 リーリヤはパーヴェルの言葉に応えると、私に大きく手を振りながら、入ってきた扉の方へと軽い足取りで向かった。正直に言うと、リーリヤには傍にいてほしかったのだが、止める間もなかった。私は中途半端に上げかけた手を、力なく下ろす。

 仕方なく、私はパーヴェルへと向き直った。パーヴェルは背が高いために、威圧感を感じて少し苦手だ。


「シャルロット君、早速で悪いが、君の魔力を貸してくれるかね?」


「わかりました。あの、どうすればいいですか?」


 私を呼び出した理由はやはり、魔力提供が目的のようだ。だが、一口に魔力を提供すると言っても、実際に何をすれば良いのかはまだ聞いていない。まさか魔術具に直接魔術を打ち込むということはないだろう。

 首を傾げる私に対し、パーヴェルは「あぁ」と頷きを見せる。


「もちろん、説明するとも。まず、これを見てくれ」


 そう言って、パーヴェルは左手で部屋の中央の方を示した。そちらにあるのは、室内に入った時から気になっていた、巨大な影だ。

 改めて正面から見てみる。吹き抜けになった空間の中、巨大な黒色の物体が鎮座している。下から見上げると、首が痛くなるほどの大きさだ。全体的に凹凸のある複雑な形をしており、材質は金属製なのか照明の光を鈍く反射している。

 よくよく観察してみれば、その巨大な物体は人の形を模しているように思えた。


「これが何かわかるかね?」


「えぇと……ゴーレム、でしょうか?」


 以前ジークハルト達と訪れたダンジョンに出てきた、ゴーレムという魔物に似ているように思う。金属で出来ており人型である点は、アイアンゴーレムやミスリルゴーレムのようだ。眼前の巨人の大きさは、あの時でも巨大に思えたミスリルゴーレムすら上回っているが。

 あの時は転移の魔術罠にかかり、何日もダンジョンの中を彷徨って大変だった。もう、あれも随分と前のことのように思う。


 私の答えに、パーヴェルは「ふむ」と顎先に片手を当てた。


「そうだな、ゴーレムに多少近くはあるが、別物だ。これは魔術具の一種なのだよ」


「魔術具、ですか? こんなに大きなものが……」


 パーヴェルの言葉に、私は瞳を大きく見開く。ここまで大きな魔術具を見るのは、初めてのことだ。

 今まで、ジークハルト達と共に、何度か町の魔術具店を訪れたことがある。その時には、いろいろな魔術具を目にしたものだ。大半は片手や両手に乗るような大きさの魔術具ばかりだったが、箱の中に冷気を溜めて食料を保管する魔術具など、私の背丈に近いような魔術具も少なからず存在した。


 だが、ここまで大きな魔術具を目にするのは初めてのことだ。今まで目にしてきた魔術具と比較しても、規模が違いすぎる。一体、この魔術具はどういう働きをするのだろうか。

 鋼鉄の巨人を見上げる私の隣で、パーヴェルが片手で指示した。


「これは古代魔術具と呼ばれる、大昔に作られた魔術具の一種でね。今の技術では再現できない魔術具なのだ。君には、これを動かしてもらいたい」

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