294話 氷精少女と魔術具開発所5
「それじゃまたね、シャルロットちゃん! 晩御飯の時に迎えに来るから、待っててねー!」
そう言いながら大きく手を振るリーリヤへ、私は控えめに手を振り返す。リーリヤはそのまま私に手を振りながら通路の向こうへと向かい、人にぶつかりそうになって飛び上がっている。
その姿が角の向こうに消えたところで、私は小さく溜息を吐いた。
「悪い方じゃないんですが……」
ここまでリーリヤと一緒に行動をした上で彼女の印象は、元気の良いそそっかしい娘と言ったものだ。くるくると表情は良く変わり、口数も多い。あまり初対面の人と話すのが得意ではない私としては、圧倒されるばかりだ。
そうして私は右手、開け放たれた扉の向こうの室内へと目線を送りながら、先程までの事を思い出す。
パーヴェルと別れ、リーリヤに案内された食堂で食事を頂いた後は、彼女に魔術具開発所の中を案内された。施設の中はかなりの広さで、リーリヤと共に歩き回るだけでかなりの時間を要した。
ほとんどの部屋は施設の名の通り魔術具の研究用のようで、多くの人達が作業に従事していた。そのうちのほとんどは私の事を知らないようで、不思議そうな顔をする彼らに対し、その都度リーリヤが説明役を担ってくれた。
私は出来るだけリーリヤの陰に隠れながら、施設の中を歩いていった。ジークハルトと共にいろいろなところを旅してきたが、未だに知らない人と話すことは苦手だ。
一人きりになってしまった今、そうも言ってはいられないと頭ではわかっているのだが、なかなか思い切れないのだ。幸い、同性で年も近いリーリヤとは話しやすくて助かっている。少々勢いが強いのが難点だが。
この施設の中には食堂もお手洗いもお風呂もあるので、外に出る必要がなく生活が出来る。せめてお風呂がなければ、大衆浴場に行くために外へと出られたかもしれない。
そうすれば、町の様子や情報なんかも知ることが出来たのだけど。いや、その場合は濡らした布で体を拭くだけとかになっていたかもしれないので、お風呂があること自体は歓迎するべきかもしれない。
ともかく、私はこの施設の中での生活を余儀なくされた。パーヴェルは約束してくれたように、この施設の中では私を自由にさせてくれるようだ。いくつか入ってはいけない部屋もあるようだが、施設の外にさえ出なければ、どこに行くのも自由らしい。
今は昼食を頂いたところで、リーリヤは仕事があるからと行ってしまった。てっきり私の監視役も担っているのだと思っていたばかりに、一人きりにされるとは拍子抜けだ。
「お部屋も、もらっちゃったし……」
そんな呟きを漏らしながら、室内へと足を運ぶ。この部屋は、当面私が生活できるようにと宛がわれた私の部屋だ。室内にはほとんどものがなく、家具と言えば机と椅子、寝台くらいなものである。
私は室内を横切り、窓へと近寄った。そこから、外の様子を覗き見る。私の部屋は二階にあるようで、窓からは外の様子が良く見えた。
魔術具開発所の敷地の向こう、町の様子が見て取れる。屋根の傾斜が少々急勾配なことや、家の造りが異なるところなど、王国の町との違いがわかる。
そして町の特徴としては、何と言っても遠くに見える壁だ。普通の町よりも随分と高い壁がぐるりと町を囲んでいるのは、パーヴェルの言っていた城塞都市という町の特徴なのだろう。
それらを左から右に目で追い、再び手前の方へと目を移す。敷地を取り囲む塀に切れ間が見える。あそこがこの施設の出入口のようだ。
「そうだ、今なら……」
今なら、こっそりと出入口を見に行くことが出来るだろう。今すぐここから逃げるというわけではないが、せめて確認くらいはしておいても良さそうだ。
「見るだけなら、大丈夫だよね……?」
パーヴェルから禁止されたのは、この施設の外に行くことだ。出入口を見るくらいなら、咎められることもないだろう。
思い立ったが吉日だ。私は扉の方へと進むと、顔だけを外に出して通路の左右を覗き見た。部屋から出るところを見られただけでは何ということはないだろうが、何となく人と擦れ違うのも避けたい。
幸いにも人通りはないようで、私はするりと部屋から抜け出すと、足早に通路を進み始めた。目指すは窓から見えた施設の出入り口だ。
記憶を頼りに、施設の中を進む。結局、途中で人と擦れ違うことは避けられなかったが、物珍しい視線を向けられるくらいで、呼び止められることはなかった。そうして若干迷いながらも、外へと続くと思われる扉へと辿り着いた。
私は誰にも見られていないことを確認し、そっと扉を開いた。陽の光に一瞬目が眩み、しぱしぱと瞬きを繰り返す。
そうして見えてきたのは、部屋の窓からも見えた、施設の出入り口だ。塀に空いた隙間の向こう、門の左右に一名ずつ騎士が控えているのがわかる。
普通の建物であれば、騎士が付くようなことはまずない。それだけに、この施設がそれなりに重要なものであることが窺えた。
正面から出れば、騎士達に気付かれることは必至である。パーヴェルが騎士達に私の事を通達していないとは思えず、素知らぬ顔で素通りしようとしても、呼び止められることはまず間違いないだろう。
かと言って、それ以外の出入り口は見当たらない。塀を乗り越えようにも、ジャンプしたところで手すら届かないだろう。仮に届いたとしても、身体強化が使えなければ私の力では上に上がることも出来なさそうだ。
ひとまず、出入口を確認することは出来た。それだけでも収穫だと私は自身を納得させ、割り当てられた部屋へと戻ってくる。そうして、整えられた寝台の上に横になった。
さて、私はこれからどうすればよいだろうか。
「う~ん……良く考えてみたら、ただ逃げても仕方ない、よね?」
これまでは、ただここから逃げ出すことを考えていた。だが、上手くここから逃げ出せたとして、そこからどうするのか。
魔封じの腕輪を嵌められ、首に発信機を取り付けられた状態では、逃げ出したところですぐに見つかってしまうだろう。見つからないよう、より遠くまで逃げるというのも難しい。
「ううん、そうじゃなくても……」
例え腕輪と首輪がなかったとしても、逃げたところでどこに行くというのか。頼れる人もおらず、荷物もなく、お金もない状態で、一体何日生きられるのだろうか。王国に帰るどころか、この町から出ることすらままならないだろう。
冒険者として働いてお金を稼げれば良いのだが、一人では限界があるだろう。武器もない状態で、どこまで私の魔術に頼れるだろうか。
仲間を募ろうにも、私のような小娘を仲間に加えてくれるような冒険者はいないだろう。もしいたとすれば、それは良からぬことを考えている輩に間違いない。ジークハルトからも、知らない人について行ってはいけないと、よくよく言い含められている。
結局、私が着の身着のままで逃げ出したところで、どうにもならないのだ。
「せめて、まとまったお金があれば……」
お金さえあれば、乗合馬車を乗り継ぐことで、いつかは王国に帰れるだろう。もちろん、その場合でも危険はあるだろうが、夜には宿にだって泊まれるだろうし、一文無しよりはずっとマシなはずだ。
どうにか、金銭を得られる方法はないだろうか。それこそ、魔力を提供する対価として、お金を貰うのが一番良いのだが、奴隷という立場ではそれも難しいだろう。
結局、良い方法が見つからない限りは、ここにいるのが一番安全なように思えた。少なくとも命の危険はないし、眠れる場所も食事もあるのだ。
「しばらくは……様子見、しよう……」
呟きながら、瞳を閉じる。環境の変化に気疲れしたのか、少々眠気が差している。
そうして全身から力を抜けば、すぐに私は眠りの中へと落ちていった。
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