293話 氷精少女と魔術具開発所4
「取引……ですか?」
私が首を傾げれば、パーヴェルは今日何度目かになる頷きを見せた。
「そう、取引だ。君が我々に協力的な姿勢を見せてくれるのであれば、ある程度の自由を与えよう。君に付けられた枷は外すし、衣食住も保証する。とは言え、ある程度の措置は取らせてもらうし、そうだな……少なくとも当分は、この施設から出ることは禁じるが」
そう口にするパーヴェルの表情は真剣なものだった。少なくとも、その言葉に嘘はないだろう。
私はどうするべきだろうか。少なくとも、軽々に返答を返すわけにはいかない。どのような状況であっても、考えることを止めてはいけないと、ジークハルトからは良く教えられている。
彼だったら、こんな状況に置かれた場合、どう行動するのだろうか。ジークハルトのことは、一緒に行動するようになってから、傍でずっと見てきた。
彼ならば、いろいろな可能性を考えたはずだ。
「その……断ったら、どうなりますか?」
ジークハルトであれば、男の提案に乗らなかった場合の事も考えるはずだ。そうして二つの道を比べて、より良い方を選択するだろう。
私の問いに、パーヴェルは「ふむ」と言葉を発した。それから長テーブルの上に両肘を着く。
「その場合は、君を軟禁することになる。もちろん、枷は嵌めたままだ。その場合でも、例の魔術具は魔力を引き出す仕組みなので、我々のやることは変わらない。どちらを選んでも、我々としては構わないということだ」
どうやら、彼らに魔力を提供すること自体は、すでに決定事項のようだ。パーヴェルの言う魔術具がどんなものかはわからないが、魔力を引き出す仕組みがあるということは、抵抗もできないということだろう。
多少の自由が許されるのと、枷を嵌められたまま軟禁されるのとでは、どちらが良いか。考えるまでもない、前者の方が良いに決まっている。
軟禁されてしまえば非力な私に脱出の機会はないが、多少の自由が許されるのであれば、その機会もいつかは巡ってくることだろう。
「えぇ?! 所長、こんな可愛い子を閉じ込めちゃうんですか? 可哀相ですよ! 何もなくたって、シャルロットちゃんは逃げませんって! ね、シャルロットちゃん?」
「え? え、っと……」
咄嗟に口籠ってしまう。何故なら、自由の身になれば、私は脇目も振らずにここから逃げ出すつもりだからだ。さすがに堂々と逃げ出すのは怖いので、隙を窺うことにはなるだろうが、まず初めに逃走が選択肢に上がるだろう。
その事がパーヴェルにもわかっているのか、横目でリーリヤの方を見やった。
「そう言うわけにはいかない。精霊族が強大な魔力を保有している以上は、何らかの措置は必要だからな。さぁ、シャルロット君、選びたまえ。多少の自由と引き換えに協力するか、協力を拒んで軟禁の道を選ぶか、どちらだ?」
そう口にする男の瞳は、真剣そのものだった。ここで、どうか逃がしてくれと訴えたところで、リーリヤはともかくパーヴェルの説得は不可能だろう。
協力するか否か。男の言葉を信じるのであれば、答えは一つだ。
私は両膝の上で拳を握る。
「わかり、ました。協力、します」
「そう言ってもらえて助かるよ」
そう言って、パーヴェルは安心したように若干の笑みを見せた。それが本当に安心しているのか、それとも単にそういう表情を作っているだけなのか、私には判断ができない。
「それで……私は、何をすればいいんですか?」
協力するといった以上は、そう言った姿勢を見せておいた方が良いだろう。その方が、向こうの警戒も多少は緩むと思うのだ。
だがパーヴェルは私の言葉に、ゆるゆると首を横に振って見せた。
「それはまた後にしよう。君の仕事については、実際に魔術具を見てもらったほうが早そうだ。それよりも、先に我々の誠意を見せよう」
そう言うと、パーヴェルは徐に椅子から腰を上げた。そうして私に背を向けると、先程座っていた執務机の方へと歩いていく。男は脇机の上から何かを手に取ると、すぐに私達の方へと戻ってきた。
男は持ってきたものをテーブルの上へと並べていく。そこには三つの鍵と、半円が二つ繋がったような金属製のものが、小さいものが二つ、大きいものが一つあった。どことなく、見覚えがあるような気がする。
「これが何かわかるかね?」
そう言って、パーヴェルは小さい方の金属を手に取った。端と端をくっつければ、丁度真円の形になるだろう。
「えっと……魔封じの腕輪、でしょうか?」
デザインこそ質素なものの、イリダールの屋敷で身に付けさせられた腕輪に似ているように思えた。サイズも、丁度腕に嵌まるくらいだろう。
私の問いに、パーヴェルは「正解だ」と答えを返す。
「まず、その枷をこちらに取り替えよう。君としても、重苦しい手枷よりは、こちらの方が良いだろう?」
「それは……はい」
私は素直に頷きを返した。今手足に嵌められている、如何にも奴隷ですと言った感じの黒い枷は、重いし鎖が動きを阻害するし、なにも良いところがない。これを小さな腕輪に変えてもらえるだけでも、随分と楽になることだろう。
私の答えにパーヴェルは小さく頷きを返すと、軽く手振りで示した。その指示に従い私が両腕をテーブルの上へと出せば、パーヴェルが私の手に控えめに触れた。
その手が私の手枷に触れ、長い指先が鍵穴をなぞる。それから小さな鍵を手に取ると、手に嵌められた枷の鍵穴へと差し込んだ。
カチリと言う小さな音と共に枷が外れ、私の片腕が自由となる。その様子を目にし、私は自由になった方の手首を軽く回す。
だがその手も、パーヴェルの手に再び取られた。そうして今度は乳白色の金属の腕輪が嵌められる。
「悪く思わないでくれ。これも必要なことなのだ」
「……わかりました」
私をここから逃がさないためには、必要な措置だろう。魔力さえ使えれば、ここから抜け出すことも難しくはなさそうなのだ。逆に、魔力さえ使えなければ、私は非力なただの子供である。
パーヴェルはさらに反対側の枷も外し、腕輪を取り付ける。それからこちらの方へとテーブルを回り込むと、私の脚元に膝をついて足を取った。
それから腕と同じように、足に嵌められた枷も外してくれた。これで履き物があればな、と思っていると、「靴も必要だな」と小さく呟いた。
どうやら用意してくれるらしい。これで、冷たい大理石の上を素足で歩く必要はなさそうだ。
再び私の向かいに腰を下ろしたパーヴェルは、机の上に残った金属製の輪を手に取った。先程嵌められた腕輪に酷似しているが、それよりも大きい。丁度、両手で輪を作ったくらいの大きさだろうか。
「これは君の首に嵌めるものだ。発信機と言う魔術具を知っているかね?」
「えっと……確か、そのものの在り処がわかる魔術具、でしたか?」
イリダールの屋敷でエリーゼから聞いた話を思い出しながら答えれば、男からは頷きが返る。
「そうだ。これを嵌めることで、君の居場所がわかるようになる。つまりは逃走防止用の措置だな。もし我々の許可なく外へ出ても、すぐに連れ戻すことになる。そうなった時は、君のことを軟禁せざるを得ないから、覚えておいてくれたまえ」
そう言って、パーヴェルは私の首に嵌められた枷を外し、新たに金属製の首輪を取り付けた。鎖の重さがなくなった分、こちらの方が遥かに楽だ。
軽く触れてみれば表面はつるつるとしており、肌触りも悪くはない。少々、髪の毛を引っかけそうなのが気になるくらいだろうか。
私が新たに付けられた腕輪と首輪の感触を確かめていると、パーヴェルが両手を一度打つ鳴らした。
「さて、ひとまずはこんなところか。後は――」
言いかけ、言葉を途切れさせた。原因は、小さく鳴った私のお腹の音だ。
思わず両手でお腹を押さえるが、お腹の音は止まってくれなかった。さすがに恥ずかしさを感じ、顔を俯かせてしまう。
それを目にし、パーヴェルが小さく笑いを漏らした。
「まずは食事を取った方がいいだろうな。リーリヤ君、シャルロット君を連れて食堂に行きたまえ。その後は、ここを案内してくれたらいい」
「わっかりました! シャルロットちゃん、ついて来て!」
どうやら先程の言葉通り、食事もちゃんとさせてくれるようだ。私はパーヴェルに小さく頭を下げると、リーリヤを追って部屋を後にした。
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