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291話 氷精少女と魔術具開発所2

「ん……」


 小さく身じろぎをし、ゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げる。それから腕を支えに上体を持ち上げれば、包まっていた毛布がずり落ちた。どうやら私は眠っていたようだ。

 瞬きを繰り返しながら、きょろきょろと周囲を見渡す。視界には、雑多なものが並べられた棚が映った。


 そうだ、私はパーヴェルと言う男に案内され、倉庫のような場所に案内されたのだった。そうして特にすることもなく、毛布に包まっているうちに眠ってしまっていたのだろう。

 眠りにつく前に、一通りこの部屋については調べてある。一辺が二十歩くらいの、ほぼ正方形の部屋だ。床も壁も天井も石造りで、裸足の身には少々堪える。天井の魔術具が明かりを灯しており、扉脇のスイッチで消灯できることは確認済みだ。


 男が去ってからしばらくして、扉が開けられないかを確認した。やはりというか鍵は閉められているようで、開く気配はなかった。他の扉は存在せず、窓も隙間もないために、この部屋からの脱出は困難だろう。

 何か外に出るための道具でもないかと、軽く倉庫内を見回ってみたが、生憎とそこまで都合の良いものはなかった。半分くらいは用途の分からないもので、もう半分は毛布や作業着のような服などの雑多なものだ。


 小腹が空いたので、せめて食料でもないかと探してみても、パンの一つもなかった。あまり倉庫内を荒らすと後で怒られそうだと、出したものは綺麗に元の場所へと戻しておいた。

 そうして一晩経ってしまったようだ。とはいえここには窓も時を刻む魔術具もないため、正確な時間はわからない。私はどのくらい眠っていたのだろうか。


 そういえば、あのパーヴェルと言う男は朝に迎えに来ると言っていた。と言うことは、このまま待っていればあの男が再びここへと来るのだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に扉の開く音が聞こえた。その音に釣られ、私の視線は自然と扉の方へと向かう。


 てっきりパーヴェルが来たのかと思ったが、そこにいたのは一人の少女だった。見た目の年齢は私よりも少し上、クリスティーネやフィリーネと同世代くらいだろう。背の高さもその二人と同じくらい、私よりはいくらか高い。

 深い緑色の髪を、後ろで三つ編みにしている。眼鏡越しに、髪よりも明るさのある翠の瞳に光が見えた。仕立ての良い白衣を着ているが、少しその身には大きいように見えた。

 少女は私の姿を認めると、ぱっと表情を明るくさせた。


「わっ、本当にいた!」


 そう言って、少女は私の方へと近寄ってきた。その瞳は好奇心が隠しきれない様子だ。

 少女は私の前まで来ると、こちらを覗き込んできた。私は思わず毛布を掻き抱き、そっと少女から僅かに距離を取った。


「ねぇ、あなたが所長が連れてきたって言う、精霊族の女の子?」


「え? えっと……」


 少女の言葉に、私は戸惑う。私を連れてきたのはパーヴェルと言う男だが、所長と言うのは彼のことであっているのだろうか。彼と目の前の少女との関係性もわからず、何と答えていいものか迷う。

 少女は私の前で腰を折ると、私に嵌められた枷へと視線を注いだ。


「こんな小さな女の子にこんなものつけるなんて、仕方ないことかもしれないけど酷いよね……そうだ、私はリーリヤって言うの! あなたの名前は?」


「えっと……んん、けほっ。シャルロット、です」


 数日間まともに話していなかったため、一度咳き込んでしまった。

 私が名乗れば、少女はふんふんと首肯を返す。


「シャルロットちゃんね。所長が呼んでるから、私について来てくれる?」


「え? えっと……わかりました」


 私は少しの逡巡の末、素直に頷いた。このままここにいても仕方がないし、お腹だってぺこぺこだ。少なくともこの少女について行けば、この倉庫からは出られるだろう。

 私の答えに、リーリヤはにんまりと笑みを浮かべ、私の方へと片手を差し出した。この少女に、私を害する意図はないのだろう。私はリーリヤの手を取り立ち上がる。枷から伸びる鎖が床に擦れ、鈍い音を立てた。


 私はリーリヤの後に続いて倉庫を出る。扉の外には昨日も見た、白い廊下が続いていた。その中を、少女は鼻歌を歌いながら進んでいく。時折こちらを振り返り、目が合うと笑みを浮かべた。少なくともその笑みには、何も含んでいないように見える。

 やがて少女と共に、一つの扉へと辿り着いた。倉庫と同じように扉の上にはプレートが掲げられており、そこには所長室と書かれている。


「失礼しまーす!」


 リーリヤは元気にそう口にすると、ノックもそこそこに扉を開いた。私は内側へと開かれた扉から、室内の様子を覗き込む。

 室内では熱を出す魔術具が使われているのか、前方からは暖気が漏れ出ている。室内は執務室のような作りになっており、床には暖色系の絨毯が敷かれている。手前側には長テーブルと椅子が、奥側には執務机が見えた。


 その執務机、窓を背後にした場所に、一人の男が腰掛けていた。銀縁の眼鏡をかけ、黒に近い藍の髪をオールバックに固めた姿は、私をこの建物へと連れてきた男、パーヴェルだ。

 男はリーリヤの声に顔を上げ、少女から私の方へと目線を移すと、手元の資料を軽く持ち上げ、机の上でトントンと整える。そうして椅子から立ち上がると、姿勢よくこちらへと歩み寄ってきた。

 その歩みが、長テーブルの傍で止まる。


「そんなところに立っていないで、中に入ってきたまえ」


 その言葉は、私に向けられたものだった。やや固さのある言葉ではあったが、乱暴なものではない。私は覚悟を決め、男の言葉に従い室内へと足を向ける。

 中へと入ると、安心するような温かさに身が包まれた。今まで肌寒さを感じていたため、この暖かさは有難い。

 私が入ると、リーリヤの手で背後の扉が閉められる。


「まずは掛けたまえ」


 そう言いながら、パーヴェルが長テーブル脇の椅子へと腰かける。そこへリーリヤが駆け寄り、パーヴェルの隣へと勢いよく腰かける。その様子を見てパーヴェルは何事かを言いたげに一度口を開き、どこか諦めたように口を閉ざした。

 私はどうするべきだろうか。男の言葉に従い、素直に椅子に腰かけるべきなのか。椅子に座った途端、酷いことをされないだろうか。


 戸惑い、視線を彷徨わせる私に、パーヴェルが目配せで座るよう指示する。仕方がない、覚悟を決めよう。

 私は慎重に男の前へと歩み寄ると、浅く椅子へと腰かけた。

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