29話 生き残った少女4
「事の始まりは……私達が、人族の大人達に襲われたことでしょうか」
「襲われた?」
俺が繰り返すように問いかければ、シャルロットからは首肯が返った。そうして少女は視線を落とし、俺達の前で爆ぜる焚火を見つめる。
「もう、何日も前の事です。私達の住んでいたところに武器を持った男の人達が現れて……私の両親を、こ、殺して……それから私は、その男の人達に攫われたんです」
「ひどい! 強盗ってこと?!」
「いや……ただの強盗なら、シャルを攫う必要はないはずだ」
クリスティーネが怒りを露わにして眉を吊り上げるが、俺は考え込む。金銭目的に襲ったのなら、家主を殺したことまでは理解できるが、子供を攫う必要はないはずだ。そのまま放置するか、邪魔に思うのであればその場で殺せばいい話である。
しかし、その男達はそうしなかった。子供を攫う理由としては――
「人攫い……人身売買か」
俺の言葉に、俯いたシャルロットが小さく頷く。
この国では借金奴隷と犯罪奴隷以外の奴隷は許可されていないが、そうではない国もある。それに、表立っては禁止されているが、所謂裏の世界では今までも密かに行われていたことなのだろう。俺達の知らないところでは、人間に値札が付けられているのだ。つまるところ、子供達は商品なのである。
それで合点がいった。道理で、シャルロットをはじめとした子供達に手枷と足枷が嵌められていたのである。あれは逃亡を防止するためのものだ。魔力さえ封じてしまえば、大人の男達から子供達が逃げられるはずがない。
「それから、私は他のところで捕まった子供達と一緒に、馬車に乗せられました。どこからどこに、どれだけ移動したかは……すみません、王都に向かっていたこと以外にはわかりません」
わからないのも無理からぬことだ。シャルロットの置かれた状況には、容易に想像がついた。
おそらく、シャルロットの住む街などで売れそうな子供を攫った後、実際に売り買いする街へと運んだのだろう。売り買いする街とはつまり、王都である。
それはそうだ、田舎町などでは買い手など付かないし、目立つに決まっている。王都であれば人も建物も多い。人攫い達がその身を隠すには絶好の条件である。
「そうして長い間、馬車で運ばれていたんですが、突然騒ぎになりました」
シャルロットが語るには、いきなり男達が叫び出したのだそうだ。その言葉の中に「魔物」とあったことから、シャルロットは馬車が魔物に襲われているのだと理解した。
馬車はそのまましばらくの間進んでいたが、突然扉が開いたそうだ。
「男の人が中に入ってきて、子供達を馬車の外に放り出したんです」
その言葉で、男達が何をしたのかを理解した。
子供達を囮にしたのだ。魔物達だって、走る鉄の乗り物を追いかけるよりも、目先の肉へと食らいつくことだろう。
シャルロットも馬車から外へと放り出され、走り去る馬車を見送ったそうだ。その後は魔物に襲われたようだが、よく覚えていないという。俺達が見つけたのは、それからだな。
「なるほど……よく話してくれたな。辛かっただろう」
「そう、ですね……ちょっと、疲れちゃいました」
シャルロットはそう言って、弱々しい微笑みを浮かべる。その様子では、既に何もかもを諦めているようだった。
そう考えてしまうのも仕方がない。両親を殺され、自身は攫われ、挙句の果てには魔物に襲われ。辛うじて命は助かったものの、見知らぬ土地で一人ぼっちだ。いくら俺達に助けられたと言っても、いきなり信用しきることはできないだろう。
それでも、このまま放っておくことはできないな。
「ねぇジーク、これ、外してあげられないかな?」
そう言ってクリスティーネが指差すのは、少女に嵌められた枷だった。俺はそれを見ながら腕を組む。
「出来ることなら外してやりたいが……難しいな」
普通の枷であれば、土魔術や氷魔術で錠を作り出して解錠するという手が使えるのだが、シャルロットに嵌められているのは魔封じの枷だった。
この枷は魔力を吸収する素材で作られているため、あらゆる魔術の効果を受け付けないのである。そのため、魔術で作り出した錠でも開けることができなかった。
見れば、錠を嵌められたシャルロットの手首には、錠がぶつかるためか皮が剥けて血が滲んでいた。体に負った傷はクリスティーネの治癒術で治ったはずなのだが、魔封じの枷が嵌められた部分は、枷が干渉するために治癒術が効果を発揮できないのだ。
早めに枷を外し、再度治癒術を掛ける必要がある。
「枷には対応する鍵があるはずだが、人攫いが持って行ってしまっただろうな。そうなると、物理的に破壊するしかない」
残念ながら、俺達の持つ剣では破壊できないだろう。斬ることなんてまず不可能だし、叩いたところで刃こぼれするか、最悪剣の方が折れるだろう。それに、却って怪我をさせてしまいそうだ。
「物理的に……王都なら外せるかな?」
「そうだな……鍛冶屋とか、金属加工をするところなら外せるだろう」
鍛冶屋であれば、金属を扱うためハンマーなどの工具が間違いなくあるだろうし、もしかしたら金属を切断するための専用の工具などもあるかもしれない。事情を話す必要はあるかもしれないが、最悪金でも払えば貸してくれることだろう。
「それなら、尚更王都に行かなくっちゃ!」
「そうだな、そろそろ出発するか」
とりあえず、シャルロットの大体の事情は聞くことができた。近くの街の子供であれば、そこまで送ろうと思っていたのだが、そうではない。本人もまだどうしていいのかわからないようなので、今は一緒に王都に連れて行くのがいいだろう。
連日オークを狩っていたおかげで、子供一人くらいならしばらく面倒を見るだけの余裕があるのが幸いだ。やはり、日頃から何事も余裕を持つことが大切だな。
「シャル、俺達は今から王都に行く。悪いが、シャルも一緒に連れていくからな」
「いえ、私は大丈夫、です。えぇと……よろしく、お願いします」
それから俺達は火の後始末などをすると、再びシャルロットを背負って王都へと歩き始めた。




