289話 新たなる目的地へ6
暗闇の中、焚火がパチパチと小さく爆ぜる。今俺達は、ダスターガラーの町から城塞都市ザーマクガラーを目指し街道を歩く、その途上にあった。
北へと向かうに連れ、元々低めだった気温が、ますます低下していっているように感じられた。特に今のような夜の時間帯は気温の低下が顕著で、吐く息も焚火の光に照らされ薄橙色に見えた。
俺の後方には、組み立て済みの天幕がある。野晒しで眠るよりは、天幕の中の方がいくらか快適なものだろう。防水性の布を敷いているため、地面から冷気が上がってくるようなこともない。
天幕の中はそれほど広くもないため、中で身を寄せ合って眠ることになる。さすがに宿以上に密着することになるため、俺は天幕の利用を遠慮しようかと思ったのだが、フィリーネとアメリアの説得により利用することとなった。
確かに、見張りの時以外はその二人を隣にし、俺が天幕の端で寝ればよいわけだ。エリーゼとイルムガルトも、それで問題ないということだった。
それから眠りにつくまでの間、俺達五人は焚火を囲み、車座となって座っている。やはり寒いからか、アメリアとエリーゼは毛布に包まり、互いに身を寄せ合っている。髪と瞳の色合いが同じなので、そうしているとまるで姉妹のようだ。
そして俺の左隣でも、フィリーネが俺にぴったりと身を寄せていた。フィリーネの体温はやや高めのようで、俺の左半身は随分と温かい。
「ジーくん、ザーマクガラーには、後どのくらいで着くの?」
俺の方に頭を預けながら、フィリーネが小さく問いかける。その瞳は、俺の前に置かれた帝国の地図へと注がれていた。
「そうだな、今のペースだと後五日……いや、六日は必要かな?」
「んん、結構かかるの」
俺が地図を眺めながら大体の見当を口にすれば、フィリーネが小さく身じろぎをした。
普通の冒険者達が旅をするのであれば、ダスターガラーからザーマクガラーまでは五日を要するという。俺達は二日前の昼過ぎに出立したので、順調にいけば四日後の昼には着く計算と言うことだ。
だが、俺の見立てではさらに二日ほどが必要だと考える。その理由は明白だ。
「ごめんなさい。私が足を引っ張っているのよね」
そう口にしたのは、向かい側に腰掛けるイルムガルトだ。少し疲れた様子で、俯きがちに肩を落としている。
「いや、それは……」
咄嗟に否定の言葉を口にしようとして呑み込んだ。彼女自身もわかっているのだろう。
確かにイルムガルトの言う通り、彼女のペースに合わせて進んでいるために、遅れが生じているところはあるのだ。数年も軟禁状態にあったとなれば、運動など碌にできなかっただろうし、仕方のないところはある。
一応軽く身体強化は使えるようだが、それだって長時間維持するのは大変だ。
同じ状況に置かれていたエリーゼは、身体能力に優れている火兎族であるために、まだ少しは余裕がありそうだ。それでもやはり疲れはあるようで、アメリアに寄りかかって既にうとうとと舟を漕いでいた。
「いいの、わかってるから……面目ないわ。自分としては、もう少し動けると思っていたんだけど」
「なぁに、旅慣れしていないのなら仕方ないさ。あまり気にしないでくれ、一緒に旅をするって決めた時から、この程度は想定内だ」
正直、到着が遅れるのは痛いところもあるが、今更数日早まったところで、シャルロットを連れて行った者には追いつけないのだ。どちらにせよエリーゼは同行させるつもりだったのだし、そうなった以上、イルムガルトを連れてこなかったとしても、あまりペースは変わらなかっただろう。
「悪いわね。何かで埋め合わせが出来ればいいのだけど……何も思いつかないわ。我ながら自分が情けないわね……」
「まぁ、あまり気負わないでくれ。イルマこそ、俺達について来て後悔はないか?」
なにしろこれから先、六日は歩き通しになるのだ。冒険者であれば当たり前のことだが、普通の人にとっては嫌気も差すことだろう。やはり、一人で故郷を目指した方が良かったと思っているのではないだろうか。
とは言え、今から引き返していては、大幅に遅れてしまう。もしダスターガラーに戻りたいと言われても、一人で戻ってもらうしかない。
だが、その選択も難しいだろう。何しろ、今日の日中は魔物と戦っているのだ。出てきたのはホワイトウルフと呼ばれる、俺も初めて出会う魔物だった。とは言っても、ほとんど白いだけのワイルドウルフと言う、特別強くもない魔物だった。
数も三匹だったので、俺とフィリーネ、アメリアで一匹ずつ担当し、さくっと仕留めた。白い毛皮はなかなかに美しかったので、それなりの値段で売れることだろう。
俺達にとっては楽な獲物だったが、エリーゼやイルムガルトにとっては十分な脅威だ。ひょっとするとエリーゼは何とか出来るかもしれないが、イルムガルトは無理だろう。多少魔術は使えるそうだが、一人ではまず助からないはずだ。
そんなわけで、例え後悔していたとしても、最早俺達についてくる以外に選択肢はない。そのあたり若干気になっていたのだが、イルムガルトは俺の問いに首を振って応えた。
「いいえ、どう考えても一人で故郷に向かう方が危険だし。乗合馬車を使おうにも、お金もないしね。私は貴方達について行くのが、一番いいと思うの。世話になってばかりなのは心苦しいけど……」
「そのあたりは追々考えればいいさ。返してくれるのは嬉しいが、正直難しいと思うしな。それに、まだ王国に帰れたわけでもない。この先どうなるかもわからないし、礼を言うのはせめて王都に帰ってからにしてくれ」
「……それもそうね。仕方ないこととはいえ、故郷からは遠ざかっているのだし……」
イルムガルトの故郷は王国から西方向と言う事なので、帝国の北に行くほど遠ざかっているのだった。俺達がクリスティーネとシャルロットを探している以上、それはもう仕方がない。イルムガルトはそれを承知の上で同行を希望したのだし、我慢してもらおう。
そこでふと、アメリアの方に頭を預けていたエリーゼが、体を起こしてイルムガルトへと視線を向ける。その瞳は若干眠そうだ。
「何ならイルマ、火兎族の里で暮らす?」
「ちょっと、エリー?」
「いいじゃないアミー、イルマなら大丈夫だって。どう、イルマ?」
「ありがたいけど……遠慮しておくわ。私は故郷に帰りたいの」
「そっか、残念だなぁ……そうだ、ジークさんはどう?」
「ん?」
エリーゼから投げかけられた言葉に、思わず焚火に薪を放り込んでいた手が止まる。今の会話の流れで、何故俺の方に話が向くのだろうか。
小さく首を傾げる俺の視界の中で、エリーゼは再びアメリアの方に身を預け、どこか含んだような笑みを浮かべた。
「ジークさんは、火兎族の里に来てくれないかなぁ~って。ね、アミー? アミーもその方が、嬉しいよねぇ?」
「別に、そういうわけじゃ……」
エリーゼの言葉に、アメリアは少し顔を俯かせた。それからチラチラと、目線だけを俺の方へと送ってくる。
「心配しなくても、王都に帰る途中にはシュネーベルクの町による予定だからな。その時に、ちゃんと火兎族の里まで送り届けるぞ」
王国に帰れるようになった暁には、基本的にはこれまで通って来た道を逆走するような形になる。シュネーベルクの町にさえ帰れれば、そこから火兎族の里まではすぐなので、エリーゼは送り届けるつもりだった。
そう言う意味だろうと俺は言ったのだが、エリーゼはふるふると首を横に振って見せる。
「ううん、そうじゃなくって――」
「エリー、それ以上はいいから」
「もう、アミーはそんなこと言って。もっとアピールしなきゃダメだよ? 例えば――」
それからエリーゼは、アメリアと何やら小声で話し始めた。若干話の内容が気にならないでもないが、わざわざ声を潜めている会話を聞くのも野暮だろう。
そんなことを考えていると、左隣に座るフィリーネが俺の腕へと抱き着いた。
「むぅ」
「どうした、フィナ?」
「んん、何でもないの」
「……貴方達の事を見ているのも、楽しそうね」
「そうか?」
何がイルムガルトの琴線に触れたのかはわからないが、何かしら楽しみを見いだせたのなら結構なことだ。
そう思いながら、俺は焚火に追加の薪をくべた。
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