281話 半龍少女とパーティ
時は少し遡り、イリダールの屋敷でパーティが開かれていた頃。私はシャルロットと共に、そのパーティに出席していた。
出席と言っても、別に参加者と言うわけではない。用意されていたドレスを身に付け着飾ってはいるものの、それは貴族達の見世物にされるためだ。
そうしてパーティ会場の一角に、私を含めた奴隷達は集められた。貴族たちが見やすいよう、等間隔に横並びに並ばされる。シャルロットは、私から少しだけ離れた右隣に配置された。
やがて、会場に続々と正装に身を包んだ、貴族と思しき人々が入ってき始めた。あっという間に会場が人で埋まり、イリダールの挨拶によりパーティが開始となる。
最初のうちは、貴族達も互いに話をするか、食事に夢中になっているかで、私達へと注意が向くことはなかった。時折、少数の貴族が私達へと、興味深げな視線を向けるくらいである。
これくらいであれば、我慢が出来る。ここまで露骨ではないが、こういった視線を向けられるのは初めてのことではない。町中を歩いていた時、何故かはわからないが、男の人から同じような視線をしばしば向けられるのだ。
それよりも、私は会場に並べられた料理の方が気になった。綺麗に盛り付けられた料理は、それだけで食欲をそそるものだ。
何とかして食べられないかと思うのだが、さすがにこの衆人環視の中では身動きができない。イリダールからも、パーティ中はただ立っているように言われているため、勝手なことはできないだろう。
そうこうするうちに、十分に食事を堪能したのか、私達奴隷の周りにやってくる貴族の数が増えてきた。特に、私とシャルロットに集まる人数が多い。やはり、私達の種族は物珍しいのだろう。
私は平気だが、問題なのはシャルロットだ。小柄な少女は、大勢からの好奇の視線を向けられ、もじもじと居心地悪そうにしていた。その胸元では、とても綺麗な精霊石が、その存在を主張するようにキラキラと輝いていた。
あれも、イリダールの意向により、良く見えるようにと服の胸の辺りに穴が空けられているのだ。普段、人に見せることのないところを見せているため、シャルロットはすごく恥ずかしそうだ。
何とかしてあげたいが、ここから動くなとも言われている。私に出来るのは、ただ時間が早く過ぎるのを祈ることだけだった。
やがて、イリダールが数人の貴族を伴って、右隣のシャルロットのところへとやって来た。どうやら、順々に奴隷を紹介していっているらしい。
イリダール達の話し声は大きく、喧騒の中でも私のところへと届いてきた。
「ご覧ください。こちらが最近手に入れた奴隷の一人です。どうです、中々のものでしょう?」
「ふむ、確かにな。少々幼いが、あと数年もすれば美しくなるだろう」
「あ、うぅ」
男達の会話に、シャルロットが小さく声を漏らしている。
何やら奴隷の品評会でもしているようだ。随分と悪趣味なように思えるが、貴族と言うのはこういうものなのだろうか。
いや、以前会ったアンネマリーを始めとした貴族は、こんな嫌な感じではなかった。貴族と言っても、人それぞれなのだろう。
イリダールと話しているのは、金髪が特徴的な青年だ。歳はジークハルトよりも少し上だろう。皴一つない白を基調とした服が眩しい。私には貴族が着るような服などさっぱりわからないが、とりあえず高級そうな服装だということはわかった。
身長は私よりも頭一つ分ほど高いだろうか。丁度、ジークハルトと同じくらいだと思う。多少は鍛えてあるように見えるが、ジークハルトには及ばないだろう。
対応するイリダールのへりくだった様子からは、青年の方が身分が上なのだろうということが見て取れる。貴族であることは間違いなさそうだ。
「む? イリダール殿、もしやこの者、精霊族では?」
そう声を上げたのは、イリダール達と共にいた別の男だ。年齢は中年くらい、眼鏡をかけ、黒に近い藍色の髪をオールバックにしている。背は金髪の青年よりさらに頭半分ほど高く、少し痩せ気味の体型だ。
何となく冒険者目線で評価をしてしまうが、イリダールを含めて三人とも、大して強くはないだろう。それでも、三人とも私よりもずっと権力があるのだろうと思い、身分と言うものの面倒さを改めて感じた。
眼鏡をかけた男は、何やらシャルロットを見て少し興奮している様子だ。その視線は、胸元の精霊石へと注がれている。幼い少女と精霊石、どちらに興奮しているのかは、正直判断がし辛いところだ。
そんな男に対し、イリダールは揉み手をして見せる。
「さすがはパーヴェル殿、お目が高い! こちらは精霊族の一種、氷精族と言うそうです。何でも、氷の魔術を得意とするとか。もちろん、今は魔力を封じておりますがね」
イリダールがぺらぺらと早口で説明をする。
それを受け、パーヴェルと呼ばれた男は、シャルロットの精霊石から目を離さないまま、口を開いた。
「イリダール殿、この娘を私に譲ってはいただけませんか?」
「ぬ?」
パーヴェルの言葉に、イリダールはそれまでの勢いを消し、困り顔を作って見せた。
「そう言われましても、私もこの娘を手に入れたばかりですからな……」
「お願いします。実は、以前掘り出した古代の魔術具を使用するのに、精霊族のような魔力持ちが必要なのです」
「ううむ……」
「イリダール殿がこの娘を買った金額の、三倍を出しましょう!」
「ふむ……それならいいでしょう。そこまで言うのでしたら、お売りします」
そう言って、イリダールはパーヴェルと笑いあう。話の内容は完全にわかったわけではないが、どうやらシャルロットの身柄が、またしても売られているのだということはわかった。
だが、これは非常にまずい状況だ。このままでは、私はシャルロットと離れ離れになってしまう。そうなると、守ってあげることが出来なくなる。
私は慌てて、小柄な少女の元へと駆け寄った。
「待って! この子を連れていくなら、私も連れて行って!」
「クリスさん!」
「こら、持ち場を離れるな!」
縋りつくシャルロットと私を引き剥がし、イリダールが元の位置に戻るようにと、私の腕を引く。魔力を封じられた身では、いくら鍛えていても成人男性には敵わないようで、私はじりじりと引っ張られた。
「待て、イリダール」
そこでイリダールを止めたのは、先程まで沈黙を保っていた金髪の男だった。
その男の言葉に、イリダールは私を引く手を止めた。私も自然と、その男の事を見る。
近くで見てみれば、その男はなかなかに整った容姿をしているとわかる。特に好みでもないので何とも思わないが、こういう男が好きな者もいるだろう。ただ、その瞳が何となく嫌な感じがした。
「美しい……」
「……えっ?」
男が小さく言葉を溢した。何やら私を見て美しいなどと口にしたような気がしたが、聞き間違いだろうか。
小さく小首を傾げてみれば、男が徐に右手を私の方へと伸ばしてきた。何をするのかと身構えれば、男の手が私の顎先へと添えられる。そうして少し上、男の方へと向かされた。一体なんだというのか。
「娘、名は何という?」
「クリスティーネ、だけど……?」
男の意図がわからないままに、私は素直に答えた。ひとまず、名前を教えるくらいは問題ないだろう。
私の答えを受け、男は何が嬉しいのか微笑みを浮かべた。
「クリスティーネ。其方を私の妻に迎えよう」
男の言っている言葉の意味が分からず、私は大きく首を傾げた。
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