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280話 突入と捕縛4

 イリダールがいるとすれば、面接の時に通された執務室かも知れない。そんなフィリーネの言葉を頼りに、俺達は屋敷の二階へとやって来た。

 フィリーネの案内で廊下を歩いていると、見張りだろうか、通路に騎士が立っている。軽く会釈をしながら通り過ぎれば、前方から声が聞こえてきた。どうやら声の出所は、目的の部屋らしい。


 突き当りの部屋へと辿り着き、ドアノブを回す。鍵はかかっていないようで、扉は滑らかに開き俺達の事を受け入れた。

 室内には複数人の騎士と、騎士に取り押さえられている太った男の姿があった。聞いていた特徴から考えて、この男が屋敷の主人であるイリダールなのだろう。


 部屋の床には、いくつもの書類や貴金属と言った様々なものが散乱していた。争ったというよりも、家探しでもしていたかのようだ。違法薬物を取り扱っていた以外にも、不正の証拠を探していたのだろうか。


「派手にやってるな」


 俺の言葉に、イリダールの前で腕を組んでいた女性騎士が振り返る。俺達と共に屋敷へと踏み入った騎士の一人、ナターリヤだ。


「あぁ、ジークハルトさん。私達がここに来た時には、既にこの状態だったのよ」


 そう言って、ナターリヤは経緯を説明してくれた。

 どうやら騎士達が来た時には、イリダールは屋敷から逃げ出す直前だったらしい。なにしろ、自身の不正の証拠が、外部に流出してしまったのだ。ひとまず身を隠そうとするのは、ある意味正しい選択だろう。


 イリダールにとって誤算だったのは、騎士達の動きが想像以上に早かったことだ。そうして部屋をひっくり返して持ち出すものを選別するうちに、騎士達が踏み込んだというところである。


「貴方達のおかげで、こうしてイリダールを捕らえることが出来たわ。本当にありがとう」


 そう言うナターリヤの表情は、今まで見てきた中でもっとも晴れやかなものだった。

 それに対し、俺は軽く片手を上げて応えた。


「いや、俺達としても、捕らえてくれて助かったよ」


 もしイリダールに逃げられていたら、二人の行方がわからなくなっていたところだ。もしそんなことになっていれば、この広い帝国の中から二人を探し出すことなど、到底不可能だったことだろう。

 騎士に床へと押さえつけられ、後ろ手に回されて身動きの取れない状態となったイリダールは、顔だけを動かして俺の方を憎々しげに見上げた。その目が傍らのフィリーネの姿を捉えると、カッと大きく瞳を開いた。


「貴様は! 貴様のせいで!」


 唾を飛ばさんばかりの大声を上げ、ガタガタと体を揺さぶった。もちろん、その程度では騎士の拘束から逃れられるわけがない。

 それでも男の目線を嫌ったのか、フィリーネは身を引き俺の影に半身を隠した。俺自身も、フィリーネを隠すように位置取りを変える。


 さて、二人の居場所を聞き出すわけだが、一応ナターリヤに一言かけたほうがいいだろう。


「ナターリヤ、イリダールと話をさせてもらってもいいか?」


「話? ……まぁ、構わないけど。何、もしかして貴方の探してた人達がいなかったとか?」


「あぁ、実はその通りでな。だから、イリダールから話を聞きたいんだよ」


 ナターリヤは、フィリーネだけを伴ってきた俺の姿を見て、見当をつけたようだ。俺の言葉に、「そう言う事なら」と場所を譲ってくれた。

 俺はナターリヤへと礼を返し、イリダールへと歩み寄る。少し距離を空けて対峙し、軽く膝を曲げて腰を下げれば、イリダールは俺から顔を背けた。


「さて、初めましてだな。イリダールとやら、あんたに聞きたいことがある」


「何を聞かれようと、答えるものか!」


 そう言って、イリダールは唇を引き結んで見せる。その顔からは、何があっても何も言うものかと言う決意が窺えた。どうあっても違法薬物に関しては、隠し通そうという魂胆のようだ。

 正直、違法薬物を取り扱っている証拠の書類が騎士団に渡っている時点で、無駄な努力だと言わざるを得ない。それに、俺が聞きたいのは違法薬物に関する話ではないのだ。


「いや、あんたが考えている方じゃなくてな。あんたの奴隷に関してだ」


「ぬ? 奴隷だと?」


 イリダールが俺の方を向いた。その表情は、少し虚を突かれたようなものだ。

 この様子なら、少しは話が聞けそうだ。


「あぁ、あんたの奴隷だ。その中に――」


「私の奴隷は渡さんぞ! 何年かけて集めたと思っている! 色々な奴隷商に伝手を作り、長年時間をかけて選りすぐった、私自慢の奴隷達だ! ジーナもラリサもヤニーナも、誰一人として私の――」


「最後まで聞け!」


 矢継ぎ早に言葉を吐くイリダールの脳天へと、手刀を叩き込み黙らせる。それほどの強さではなかったが、イリダールの顎が床へと当たり、ガチッと音を立てた。


「ジークハルトさん、実力行使はほどほどに……」


「あぁ、悪い」


 少し困った様子のナターリヤへと、軽い調子で返す。あまりにもイリダールの話に興味がなかったので、思わず手が出てしまっただけだ。

 気を取り直し、再びイリダールへと目を向ける。イリダールは鋭い目つきで俺の事を見上げていたが、それでも口は閉ざしたままだ。


「あんたの奴隷の中に、銀髪の半龍族の娘と、水色の髪の精霊族の娘がいたはずだ。どこにいる?」


「ふん、知らんな」


 男はぶっきらぼうにそう言い捨てると、俺から顔を背けた。さて、どうしてくれようか。

 俺が拳を鳴らして威圧していると、後ろからフィリーネが近寄ってくる。


「嘘なの。二人とも、お昼にはパーティ会場にいたの!」


「……だそうだが?」


 低めの声で凄んで見せるが、イリダールは黙して話さない。やはりわかりやすく脅しをかける必要がありそうだ。

 俺はその場で腰を上げると、腰から剣を抜き放った。そのミスリルの輝きに、さしものイリダールも瞳を大きく開いて息を呑んだ。


「ジ、ジークハルトさん、真剣はちょっと……」


 焦った様子のナターリヤを目だけで押し止める。元より、本気でイリダールを傷つけるつもりはない。あくまで脅しのためだ。もっとも、あまりにも反抗的な様子であれば、手元が狂う可能性もあるが。

 俺はイリダールに良く見える形で、首筋へと剣を当てる。


「さぁ、二人はどこだ? 言わなければ……そうだな、指を一本ずつ落としていくか」


 いいことを思いついたといった様子で、軽い調子で口にする。

 脅しの効果は絶大だったようで、イリダールは顔を青褪めさせ口を開く。


「ま、待て、言おう言おう! そ、その二人なら、既にここにはいない!」


「いない? どういうことだ?」


 そんなはずはない。フィリーネが今日、二人の事を目撃しているのだ。ここにいないわけがないだろう。

 この期に及んで嘘を言うのかと剣を持つ手に力を籠めれば、イリダールは慌てた様子で言葉を重ねた。


「そ、その二人なら、丁度今日売ったところだ!」


「はぁ?! 売った?!」


 思わず大声で言い返せば、イリダールはこくこくと小さく頷きを見せる。


「またかよっ!」


 思わず強く足を踏み鳴らせば、床板が割り砕かれた。どうやら強く身体強化を掛け過ぎたらしい。その光景を目にし、イリダールが言葉を失っている。だが、そんな行動をしてしまったのも、無理がないと思うのだ。

 何しろ、ここまで奴隷狩り達の拠点、シュネーベルクの人身売買組織、この町の奴隷商と転々としてきたのだ。そうしてここ、イリダールの屋敷と、都合四度目である。いい加減にしろと言いたくもなるだろう。


 そうして息を荒げる俺の方へと、フィリーネが身を寄せてきた。


「ジーくん、気持ちはわかるけど、少し落ち着いてほしいの」


「悪いフィナ、落ち着かせてくれ」


「ふわぁ」


 空いた方の手をフィリーネの頭へと乗せ、いつもより少しだけ乱暴に撫でる。綿のようにふわふわの白髪は、撫でていると少し心が落ち着くような気がした。

 そうして深呼吸を一つ。自分を落ち着かせる。

 大丈夫、二人とも死んでしまったわけではないのだ。売られたのなら、買った相手がいる。今までのように、その購入者を追いかけていけばいいだけだ。


 よし、大分持ち直した。

 俺は最後にフィリーネの頭を軽く叩くと、再びイリダールへと向き直った。


「二人を売った相手を教えろ」


 凄んで見せれば、イリダールは俺の顔と先程踏み抜いた床とを交互に見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「せ、精霊族の娘の方は、城塞都市だ」


「城塞都市?」


「あ、あぁ。この町から北にある、ザーマクガラーと言う町だ。そこで魔術具開発所の責任者をやっている、パーヴェル殿が連れて行った。何でも、ある魔術具を動かすのに、精霊族の魔力が必要らしい」


「城塞都市、ザーマクガラーか……」


 俺は腕を組み、考え込む。未だ帝国の地理には詳しくないが、ここから更に北となると、より寒い地域となるだろう。向かうとしても、それ相応の準備が必要となりそうだ。

 後ほど地図を確認するとして、残すはクリスティーネの居場所だ。


「もう一人、半龍族の娘はどこだ?」


「そっちはザーマクガラーから更に北、帝都ゴーラトガラーだ。だが……もし貴様があの娘達を取り戻そうとしているのなら、諦めたほうがいいな」


「どういう意味だ?」


 低い声で問い返せば、イリダールは引き攣ったような笑みを浮かべた。この男に出来る、精一杯の虚勢なのだろう。


「半龍族の娘を連れて行ったのは、レオニード様……この帝都が誇る、第三王子だ」

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