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275話 潜入8

 イリダールの屋敷でのパーティは、昼過ぎから始まった。続々と正装に身を包んだ貴族と思しき参加者がやってくる中、私や会場へ料理を運び込むために、右へ左へと大忙しだ。

 今日は午前中から、会場の準備のために使用人たちはバタバタとしていた。かく言う私もその一人だ。他の使用人たちは既に疲労の色が隠しきれてはいなかったが、私は日頃から冒険者として鍛えているので、体力にはまだまだ余裕がある。


 使用人の中には会場に出す料理を作る者もいるが、私は配膳や片付けを担当している。何せ、ここに来てまだ二日なので、さすがに貴族に出すような料理は作れない。そのお陰で会場の様子を見ることが出来るので、下手に料理上手でなくてよかったのだが。

 会場に料理を運び入れつつ、部屋の一角へと目を向ける。料理の並べられたテーブルから少し離れたその一角は、どうやらイリダールの所有する奴隷達が並べられているようだ。


 その中には、クリスティーネとシャルロットの姿もあった。二人とも、綺麗なドレスに身を包み、貴族達から好機の視線を向けられていた。

 他の奴隷達よりも多くの視線を向けられていることから、やはり二人は目立つ容姿をしているのだなと再認識をする。


 クリスティーネは周囲の人をあまり気にした様子はなく、それよりもテーブルに並べられた料理の方が気になるようだ。物欲しそうな視線が、数々の料理に突き刺さっている。あの様子では、飲食は許可されていないのだろう。

 その反対にシャルロットは、大勢から向けられる視線に少し顔を俯かせていた。胸元の精霊石が見えるような服を着せられており、それを少し隠すような素振りをしている。完全に隠さないのは、何かイリダールから言われているのかもしれない。


 久しぶりに見る二人の姿に、私は小さく吐息を吐いた。ひとまずは、二人とも元気な様子だ。見世物にはされているものの、それ以上に酷いことはされていないらしい。腕輪と首輪が目立つものの、血の滲んだ包帯などを巻いていたりはしなかった。

 二人はまだ私のことには気が付いていないようだ。クリスティーネの興味は料理にしか向いていないし、シャルロットは俯いているから、仕方がない。それに、変に気が付かれないほうが、却っていいのかもしれない。


 二人が私に気が付いたところで、今すぐどうこうできるわけではないのだ。それならば、変に気が付かれて潜入を知られる方が面倒だろう。

 だから、私は二人に話しかけたい気持ちをぐっと堪え、遠くからその様子を見ることに止める。話など、助け出せればまたいくらでも出来るのだ。今は、二人の様子を知ることが出来ただけで良しとするべきだろう。


 それからは、パーティは恙なく進行していった。

 会場に出た際は、参加者の貴族、特に男性からの視線を感じることが時折あった。だが、さすがに私のような使用人には話しかけてはこないようだ。私は自分に与えられた配膳や皿洗いと言った雑用を、黙々とこなしていく。


 そうして夕方に差し掛かった頃だろうか。裏方の仕事を終え、久しぶりに会場に戻ってみれば、既に随分と参加者の数が減っていた。どうやら多くの貴族達は、既に帰路に就いたらしい。残っている貴族達も、帰り支度を始めている。

 イリダールの奴隷たちの姿も、既になかった。大方、既に部屋へと戻されたのだろう。


 何度か会場を往復し、全ての食器を裏へと下げる。

 そこで、侍女頭であるアリーナに声を掛けられた。


「フィリーネさん、後は私達でやるから、カートを下げたら今日の仕事は終わりでいいわ」


「ん、わかったの、です」


 どうやら、ここに来て二日目の私に配慮してくれるようだ。私はその言葉に素直に頷きを返し、料理の配膳に使用したカートを倉庫の中へと運び入れる。

 そこで、はたと気が付いた。今こそが、違法薬物を取り扱っている証拠を盗み出す好機なのではないだろうか。


 私は倉庫から顔を出すと、素早く左右へと視線を走らせる。周囲に人影はない。

 私は静かに倉庫の扉を閉めると、廊下を足早に進み上階へと続く階段へと向かった。そうして再び周囲に人影がないことを確認すると、音を立てずに一気に四階までを駆けあがった。

 通路の影から頭だけを出し、人がいないことを確認する。人に会ったところで適当に誤魔化せば大丈夫だろうが、会わないに越したことはない。

 建物の構造は頭に入っている。私は迷いのない足取りで廊下を進んでいった。


 そうして、一つの部屋の前へと辿り着いた。他の部屋と同じ、特に変わりのない扉だ。だが、私の記憶が確かなら、この中に違法薬物を取り扱っている証拠が眠っているはずである。

 私はゆっくりと扉へと手を伸ばす。そうしてノブを回して扉を押してみるが、扉は堅く閉ざされていた。やはり、鍵が掛けられているらしい。

 とは言え、これは想定内である。当初の予定通り、さくっと壊して侵入してしまおう。


 私は左右に人影がないことを確認し、魔力を練り上げる。

 そうして、扉の隙間から見える鍵の部分へと狙いを定めた。


「『風の刃(ヴィント・クラン)』」


 静かに魔術名を口にすれば、指先から不可視の刃が放たれる。それは狙い違わず扉に掛かった鍵を撃ち抜いた。

 心の中で小さくよし、と思ったその瞬間。

 けたたましい騒音が鳴り響いた。

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