26話 生き残った少女1
ヴィクトールと別れた翌朝、俺とクリスティーネはネーベンベルクの街を後にしていた。クリスティーネの希望を叶えるため、目指す先は王都である。徒歩で向かったとしても、今から順調に行けば夕方頃には王都に辿り着くはずだ。
今日から俺は、新たに金属製の部分鎧を身に付けている。昨日、街で新たに購入したものだ。
本当はクリスティーネにも上等な鎧を買おうと思っていたのだが、一つ問題があった。クリスティーネは半龍族である。背中の翼が邪魔をして、人族用の鎧が身に付けられなかったのだ。
鍛冶屋には他種族用の防具も置いてはあったのだが、やはり半龍族は珍しいようで専用の防具が見当たらなかった。金を払えばオーダーメイドで専用の防具を作ってもらうこともできるだろうが、通常よりは高くなる。
それなら、今から向かう王都の鍛冶屋を覗いてからでも遅くはないだろう。王都であれば、半龍族用の装備品というものも置いてある可能性はある。
それから俺達は王都へと向かい歩き始めた。道程は至って順調で、途中で一度、昼食休憩を挟んだ以外はクリスティーネと会話をしながら歩みを進める。
異変があったのは、大河に架かった大橋を越えて少し歩いたところだった。それに先に気付いたのはクリスティーネだった。
「ジーク、あっち……前の方に、何かいる」
そう言って、街道からやや外れた方を指で指し示す。その方向へと目を凝らすが、俺の目には何も見えない。どうやらクリスティーネの視力はかなりいいようだ。
「どれどれ、『遠見』」
俺は光属性の初級魔術を行使する。使用したのは、遠くの景色を眼に映し出す魔術だ。この魔術は、魔力の込め方次第でかなり遠くまでを見通すことができる。クリスティーネの素の視力で見える範囲であれば、そこまで遠くはないだろう。
そうして俺の目に映ったのは、衝撃的な光景だった。
まず目に入ったのは、四足で駆ける魔物の姿だ。細長い体に鋭く伸びた爪、灰色の体毛に長い尾を持つその姿は、森に棲む夜行性の魔物、ワイルドウルフに他ならない。その姿が、少なくとも四頭は見えた。
さらに、それらワイルドウルフの周囲には倒れた人影が見えた。あまり大きくないように見える人影が、少なくとも十人ほど転がっていた。
「大変、人が襲われてる! 助けなきゃ!」
俺と同じように魔術を使用したクリスティーネが、血相を変えて叫ぶ。そうして慌てたように走り出すのに俺も並んだ。進行方向であるし、どの道放っておくことはできない。
ここから見る限り人影はどれ一つとして動いておらず、既に事切れているかもしれない。今から向かっても無駄足に終わるかもしれないが、それは後から考えればいい。今は救出が優先だ。
魔物の方へと駆け寄りながら、俺はクリスティーネへと顔を向けた。
「魔物はワイルドウルフだ。戦ったことはあるか?」
「ないわ! どんな魔物なの?」
「俺自身戦ったことはほとんどないが、オークほどの力強さはない。ただ、動きは素早いし顎の力はかなりのものだ。噛まれないように気を付けてくれ」
ワイルドウルフは見た目通り俊敏で、ゴブリンやオークなどとは比較にならない動きをする。身体強化があれば力で押し負けるようなことはほとんどないが、噛む力は強力だ。無防備に首筋を晒してしまえば、簡単に首の骨を噛み砕かれてしまうだろう。
そのため、ワイルドウルフを相手にする場合は基本的には回避が鉄則である。硬い鱗などは持たないため、突進さえ躱してしまえば無防備な首筋に剣を叩き込むことができる。
「中級魔術で数を減らすぞ! クリスティーネは左を頼む!」
「わかったわ!」
とにかく数を減らす必要がある。中級魔術が当たりさえすれば、まず一撃で仕留めることができるだろう。二人で一匹ずつを屠り、残りの二匹を一匹ずつ受け持つのが理想だ。一対一であれば、クリスティーネも問題なく対処できるだろう。
詠唱しながら駆け寄っていると、ワイルドウルフ達がこちらへと気付いた。一斉に大きく吠えたかと思うと、先を争うようにしてこちらへと向かって来始める。
その動きは予想通りの速さだが、中級魔術を放つにはまだ十分に距離があった。クリスティーネと二人して手を前へと突き出し、魔術を行使する。
「「『強き光の槍』!」」
二人同時に放った光の槍は、白い線を残しながら一直線にワイルドウルフ達へと向かっていった。標的となったワイルドウルフは避けるような素振りを見せるが、光の槍はそれ以上の速さを誇った。
その結果、顔は逸らしたものの胴体への直撃は避けられず、ワイルドウルフ達はその体に風穴を開けられ、声も上げられずに後方へと吹き飛んだ。これで残りは二匹だ。
俺とクリスティーネは少し距離を開けて剣を構える。残ったワイルドウルフ達には同時に襲い掛かるという知能は無いようで、俺達へとそれぞれ一匹ずつが向かってきた。ここまでは狙い通りである。
俺は目の前のワイルドウルフへと集中する。そのまま突進してくるかに見えたワイルドウルフだったが、軽く左右に歩きながらこちらの様子を窺ってきた。時折、こちらへと噛みつくような素振りを見せるため、牽制するように剣を振る。さて、どう攻めたものか。
しばらく膠着状態だったものの、先にワイルドウルフがしびれを切らしたようだ。ぐっと身を屈め、飛びつくような体制を取る。狙い通りだ。
「『落とし穴』!」
俺は素早く魔術を行使する。狙いはワイルドウルフの前足だ。
突如として前足の下の地面を失ったため、踏ん張っていたワイルドウルフはその体重に引かれるままに前へと倒れ込む。その頭部が地面に当たって跳ねるのを見ながら、俺はワイルドウルフの側面へと回り込みながら剣を振り下ろした。
「『重撃剣』!」
ドンという音と共に剣が地面を抉る。その軌道上にあったワイルドウルフの首は、完全に胴から離れていた。溢れる鮮血を浴びないよう、素早く距離を取り剣を引く。
仕留めたワイルドウルフからは目を離し、クリスティーネの方を振り返る。そちらでは、今まさにワイルドウルフがクリスティーネへと飛び掛かるところだった。
「『光の盾』!」
クリスティーネの掛け声とともに、キラキラと光る盾が中空へと生み出される。それほどの大きさでもないが、ワイルドウルフに対して正面ではなくやや斜めに生み出されたそれは突進を避けるには十分な役割を示した。
光の盾に衝突したワイルドウルフは、その勢いのままに盾に沿って軌道を逸らす。そこへ、クリスティーネが勢いよく踏み込んだ。
「『突光剣』!」
僅かに光の粒子を散らしながら放たれた刺突が、ワイルドウルフの首に深々と突き刺さった。中空で絶命したワイルドウルフは、そのまま重力に引かれて地へと倒れ込む。
その様子を見送って、俺は肩の力を抜くのだった。




