251話 騎士団からの情報提供4
ギードに案内された先は、騎士団内にある大広間だった。室内には所狭しと布団が敷かれ、人身売買組織に捕らえられていた人達なのだろう、昨夜見た覚えのある人々が横になったり、胡坐をかいて談笑したりしていた。
騎士団の治療師により治療もされたのだろう、怪我人は一人もいないようで、誰もが明るい顔をしていた。改めて見るとその人数の多さに、良くもこれだけの人物を捕らえた者だと感心するほどだ。
その部屋の角に当たる部分に、赤毛の集団がいるのが見て取れた。どの人物も側頭部から斜め下へと伸びる大きな耳を持った、火兎族の者達だ。
アメリアは彼らの姿を目にし、足早に駆けて行った。俺はその後には続かず、何となしに部屋の様子へと目を向けた。ついその中にクリスティーネとシャルロットの姿を探してしまうが、やはり二人の姿はどこにもなかった。
「まぁ、いないよな……」
「ん……でもジーくん、こんなにたくさんの人が助かったの! これだけでも、フィー達がしたことには意味があったの!」
フィリーネが、少し大げさな様子で声を発する。そこにはどこか、俺を元気づけようという意思が見えた。
「……確かにな。フィナの言う通りだ」
俺達が行動を起こしていなければ、ここにいる人達は今もあの地下の檻の中に閉じ込められていたことだろう。フィリーネの言う通り、ここにいる人達を助けられただけでも、俺達の行動は決して無駄ではなかったのだ。そう思うと、少し体が楽になった。
俺は礼の代わりに、フィリーネの頭へと片手を乗せる。フィリーネの綿のようにふわふわの白髪は、大層触り心地が良い。
頭に手を乗せられたフィリーネは、少し肩の力を抜いたようだ。いつもならわかりやすく笑みを浮かべて見せるはずなのだが、どうしたことか上目遣いで気遣わし気に俺の方を見上げている。
どうやらフィリーネには随分と心配をかけているらしい。まぁ、昨夜の俺は疲労もあり、大分焦っていたからな。一晩しっかりと休んだので、今の体調は万全なのだが、フィリーネとしてはまだ心配なのだろう。
俺は安心させるように軽くフィリーネの頭を撫でると、隣に立つギードへと視線を移す。
「なぁギード、この人達はこれからどうなるんだ?」
気になるのは、助け出した人達の処遇である。しばらくは騎士団で保護するようだが、それにしたっていつまでもと言うわけにはいかないだろう。
それに、火兎族達は里に帰してやる必要がある。これから俺達が連れ出しても良いものだろうか。
「この町に元々住んでいた者は、今日にでも家に帰すだろうな。別の町から連れて来られた者は……仕方がない、しばらくは保護するしかないだろう。その間に、故郷に帰せるよう、なんとか便宜を図るつもりだ」
助け出したから終わりと放り出すわけではなく、しっかりと面倒を見てくれるようだ。こういうところは基本的にいい加減な冒険者と比べて、騎士団と言うのはしっかりしていると思う。ひとまず、彼らについては騎士団が何とかしてくれることだろう。
後は、火兎族達のことだ。この町に住んでいた者が今日中に帰ってもいいのなら、火兎族だって里に帰してやることが出来そうだが、一応許可は取っておいた方がいいだろう。
俺は赤毛の集団のいる一角を指で指し示した。。
「時にギード、あそこに、アメリアと話している赤毛の獣人族達がいるだろう? 彼らのことは、俺達に任せてもらってもいいか?」
「ん? あぁ、彼らは俺達騎士にもあんまり話してくれなくてな。引き受けてくれるなら、こっちとしても助かる」
どうやら火兎族達は、騎士団にも事情を話していないらしい。まぁ、いくら助けられたとはいえ、騎士団は火兎族の嫌いな人族ばかりだからな。北の森にある隠れ里の存在など、例え死んだとしても教えないだろう。
ひとまず、これでギードの許可も取れた。後は火兎族達を連れ、町の外へと出ればいいだろう。彼らの元へ向かおうと、俺は一歩踏み出した。
「ふぅん……あの娘は同族か?」
ギードの言葉に、俺は足を止める。
「あ~……まぁ、そうだ」
一瞬、誤魔化そうと思ったがやめた。火兎族達と同じ赤髪赤目で、彼らと親しげに話すアメリアの様子を見れば、いくら火兎族の特徴である耳を隠していたところで感づかれるだろう。
それに、誤魔化す意味もあまりなさそうだ。ギードは信用できる相手だし、彼らのことは獣人族の一種くらいにしか思っていないようなのだ。それなら、下手に誤魔化す必要もないだろう。
それから俺はフィリーネと共に、火兎族達と話すアメリアの傍へと歩み寄った。やはり同族が助かって嬉しいのだろう、彼らと話すアメリアの顔は明るかった。
「アメリア、ギードの許可が下りた。彼らを連れて町を出ようと思うんだが、動けるか?」
「ジーク。えぇ、大丈夫よ。皆、すぐにでも里に帰りたいみたい」
全員、気力は十分である。ついに里に帰れると、どの顔も希望に満ちていた。
それから俺達はギードと二言三言話し、火兎族達を連れて騎士団を後にした。目指すは町の北である。町中では少々視線を集めたものの、呼び止められることもなく、やがて町の外へと辿り着いた。
「ここまでで結構です。皆さん、この度は本当にありがとうございました!」
火兎族の男性がそう言うと、皆が揃って頭を下げた。
「大丈夫か? 何なら、里まで送り届けてもいいが……」
クリスティーネとシャルロットを探しに行きたいのは山々だが、かと言って助け出した火兎族達をここで放り出すというのも気が引ける。俺は最後まで面倒を見るつもりだったのだが、男性は首を横に振って見せた。
「いえ、ここで大丈夫です。聞けば、皆さんにはやらなければならないことがあるのでしょう? この町には何度も来たことがありますし、私達だけでも帰れますから」
「……そうか」
男性の言葉に、頷きを返す。アメリアの話によれば、このシュネーベルクの町には時折買い物に来ることもあったそうだし、道に迷うということもないだろう。
厄介な魔物も生息していないはずだし、身体能力に優れた火兎族がこれだけいれば、道中での危険もなさそうだ。
彼らに関しては心配する必要はないだろうと結論付け、俺はアメリアへと向き直る。
「アメリアはどうする?」
「どうって、何が?」
俺の言葉に、アメリアは小首を傾げて見せる。
「火兎族の仲間達をこれだけ助け出すことが出来たんだ。彼らと一緒に、里に帰るという選択もあると思うが……」
俺の言葉に、アメリアは呆けたような表情を見せた。かと思えば、次の瞬間には眉を吊り上げ怒気を露わにした。
「ジーク……あなた、この期に及んでまだそんなことを言うの? 言ったでしょう、私はクリスとシャルを助けに行くって!」
その勢いに、俺は思わず状態を逸らせる。
「い、いや、わかってるさ。ただ、そういう道もあるってだけでだな……」
続いた俺の言葉に、アメリアは怒気を納める。代わりに、肩を落として落ち込んだ様子を見せた。
「そりゃ、以前の私の態度が悪かったのは確かだけど……信用、してくれたって、いいじゃない……」
後半は小さくなったが、俺の耳は確かに聞き取った。確かに、今のは俺が悪かっただろう。二人を助けると意気込んでいるアメリアに対し、帰れと言ったのと同義なのだ。
「悪かったよ、アメリア。もう言わないから」
そう言って、慰めるようにアメリアの頭を撫でた。そうしてふと、不用意に触れるのは不味かったかと思い至る。だが、アメリアは俺に撫でられるまま、手を振り払う様子はなかった。
どうやら今日は怒られないようだと、遠慮なく頭を撫でていく。さすがに耳に触れると怒られそうなので、そこは自重しておいた。
「むぅ……いいなぁ」
なにやらフィリーネが小さく呟く。その言葉に、アメリアがフィリーネへと視線を向けた。
「それに、どうしてフィナにはついて来るかどうか聞かないのよ?」
「そりゃ、フィナは冒険者だしな。それに、何も言わなくてもついて来てくれるだろうし」
「当然なの! ジーくんが行くなら、フィーはどこへだってついて行くの! 二人は一心同体なの!」
そう言って、フィリーネは空いた方の俺の腕を取った。フィリーネとは結構長い付き合いになってきたのだ。その考えるところも、大体わかるというものだ。
そんなフィリーネの言葉に、アメリアは何故だか少し悔しそうな表情を浮かべた。それから勢いよく顔を上げ、俺の事を見返してくる。
「なら、私も冒険者になるわ!」
そんなことを宣言した。
「……まぁ、国境を超えるなら、冒険者ライセンスはあった方がいいな」
国境ではおそらく、身分を確認されることだろう。その時、冒険者ライセンスがあった方が、確認は円滑に済むはずだった。冒険者ライセンスを得るのにはそれほどの時間を要さないので、出来れば今日のうちにアメリアの分を発行しておいてもらった方がいいだろう。
俺の言葉に、アメリアは頭を撫でていた俺の手を取り、鼻息荒く町へと戻ろうとし始める。
「それならさっさと取りに行きましょう!」
「わかったわかった、そんなに慌てなくても、冒険者ギルドは逃げないから……」
それから俺達は助け出した火兎族に別れを告げ、再びシュネーベルクの町へと戻るのだった。
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