250話 騎士団からの情報提供3
「……やはりか」
ギードの言葉に、思わず吐息を漏らす。男の名前を見てから、何となくそうではないかと思っていたのだ。名前の響きが、俺達のいる王国のものとは異なるからな。
ギードの言葉に両腕を組み、高速で思考を回す俺の隣、アメリアが小さく首を傾げて見せる。
「ねぇフィナ、帝国って?」
「この国の北東に面してる国のことなの。寒い国ってことは知ってるけど……フィーもあんまり詳しくないの」
アメリアの疑問にフィリーネが答えるが、自身もよくわかっていないようで、後半は首を傾げながらのものだった。まぁ、火兎族の隠れ里に引きこもっていたアメリアはもちろん、一冒険者に過ぎないフィリーネが詳しく知らなくても無理はない。
今後のためにも、簡単な解説をしておいた方がいいだろう。俺は思考を中断すると、二人へと話しかけ始める。
「帝国って言うのは、ブラガロード帝国のことだな。またの名を氷雪帝国と言って、氷の属性が強い国で、年中雪と氷に閉ざされているらしい。広大な領土を誇り、屈強な騎士達を保有しているそうで、魔術よりも魔術具が発展していると聞くな。この町の北東には川が流れているんだが、その向こうからが帝国の領土に当たる。昔はこの国とも戦争を頻繁にしていたそうだが、ここ数年は争いは起こってないな」
「ふぅん、なるほどねぇ」
「ジーくん、詳しいの!」
俺の説明に、フィリーネとアメリアの二人は感心したようにほぅほぅと聞き入っている。正面へと目を向ければ、ギードからも二度、三度と頷きが返った。
「あぁ、その帝国だ。お前達の仲間は、まず間違いなく帝国に連れていかれただろうな」
ギードの言葉に、思わず歯噛みする。冒険者にとっては国境などないようなものではあるものの、他国ともなると文化や環境も変わってくるだろう。国内で探すことに比べれば、間違いなく苦労が増えるに違いない。
とは言え、助けに行かないという選択肢はない。その思いに待ったをかけるように、ギードが言葉を続けた。
「どうする? 早ければ半月、遅くても一月すれば、ヴァジームとやらを捕らえることはできると思うが」
「それは……いや、待てないな、助けに行く」
ギードの言葉に一瞬考えを巡らせるが、すぐに否定した。
確かに、ヴァジームが人身売買組織の常連客なのであれば、再び奴隷を買いに来た時に捕らえることも可能だろう。
だが、その際にクリスティーネとシャルロットを同行しているかと言うと、まず間違いなく同行していない。帝国に置いて来ているに決まっている。この町で待っていたところで、帝国に助けに行くことは避けられないのだ。
それに、二人がヴァジームという男の元に、いつまでもいるとは限らない。その男も人身売買を生業としているのであれば、半月の間に売り出されない保証はないのだ。
奴隷を買う理由など様々だろうが、二人の見目からすれば、すぐに買い手が付きそうなものである。これから一月も期間が開いてしまえば、広い帝国内で二人を探し出すことなど困難だろう。
男が再び現れるのを待つよりも、出来るだけ早く追いかけるべきだ。二人が売られたのは、時間にして一日半ほど前である。順当に進んでいれば、丁度この国を出て帝国に入った頃であろう。
帝国の地理には詳しくないため定かではないが、そこから比較的近い大きめの町に、ヴァジームの営む人身売買組織があるはずだ。近くないとわざわざこの国まで買い付けになど来ないだろうし、大きい町でないと人身売買など出来ないはずだからな。
そのあたり、見当をつけるのは帝国に入り、地図を入手してからになるだろう。
「ただ、見つかるかはわからないからな。もしヴァジームが人身売買組織に現れたら、捕らえておいて欲しい」
「あぁ、それは騎士団の仕事だからな、当然だ。何れ人身売買組織に騎士団が踏み込んだ情報は出回るだろうが、まぁ数か月は交代で騎士が張り込むだろうよ」
ギードの言葉に、俺は胸を撫で下ろす。これで、保険は掛けられたと思っていいだろう。もし俺達の方が空振りに終わったとしても、騎士団で捕らえたヴァジームから情報を得られるはずだ。
この町からであれば、帝国には一日程度の距離である。帝国に入ってからどこに行くのかはまだ決まってないものの、戻ってくるのに時間はかからないだろう。
それから、融通を聞かせてくれたギードの手から、ヴァジームの人相書きの映しを渡された。普通はここまでしないため、これは完全にギードの好意である。丁重に礼を言っておいた。
人相書きに描かれていたのは、中年で無精髭を生やした目付きの悪い男である。これは描き手の主観が入っているのか、それとも本当にこのような人相なのか、見るからに裏家業と言った雰囲気の男だった。一目でも見れば、見逃すことはないだろう。
受け取った人相書きの写しを、背負い袋へと仕舞い込む。これでひとまずは、聞くべきことは聞くことが出来ただろう。後は実際に帝国へと向かい、地道に聞き込みなどで情報を集める他になさそうだ。
「ありがとう、ギード。まずは貰った情報を元に、探してみることにするよ」
「なぁに、これくらいお安い御用だ。お前達のおかげで、かなり多くの犯罪者を捕らえることが出来そうだからな。それで、もう行くのか?」
「あぁ、少しでも時間が惜しいからな。悪いがこれで――」
席を立ち、その場を後にしようと腰を浮かせかけたところで、隣から腕を取られた。
見れば、アメリアが俺をその場に押し止めるように腕に軽く触れていた。
「ちょっと待って、ジーク」
「どうした、アメリア? まだ何かあるか?」
必要な情報は得られたはずだ。騎士団は他の犯罪者についても情報は得ているだろうが、そのことについて俺は興味はない。後のことは騎士団に任せて、俺達はクリスティーネとシャルロットの救出に専念するべきだろう。
もちろん、より詳細な情報を得られていれば、もっと簡単に探し出せるのだろうが、ギードが何も言わない以上はそれ以上のことはわからないのだろう。行先と人相書きが手に入っただけでも、よしとするべきだ。
そう思ったのだが、アメリアはふるふると首を横に振って見せる。
「いえ、それとは別なんだけど……その、捕らえられていた火兎……人達についても、聞いておきたいの」
「あぁ、それもそうだな。すっかり忘れていたよ」
「ごめんなさい、フィーもなの」
そうだった、アメリアは二人以外にも、奴隷狩り達に捕らえられた火兎族達も探していたのだった。昨夜、地下に囚われていた火兎族は数十人はいたはずである。彼らも、火兎族の里へ帰してやる必要があるだろう。
人身売買組織に囚われていた人々は、纏めて騎士団に保護されているはずである。彼らの集められている場所へと足を運んで、話をする必要があった。
「ギード、昨日助け出した人たちのところに連れて行ってもらえるか?」
「あぁ、構わないぜ。ついて来てくれ」
俺の頼みを、ギードは快く引き受けてくれた。
それから俺達はギードに続き、部屋を後にするのだった。
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