25話 半龍族の兄妹7
「もう、お兄ちゃんったら。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
俺の前でぷりぷりと怒りながらも、肉と野菜を挟んだパンを口へと運びながらクリスティーネはそう言った。
俺達がいるのはネーベンベルクの街にある食堂の一つだ。時間帯は丁度、昼に差し掛かったところである。昼食を取るには適した時間帯ということで、周囲には多くの利用客が座っていた。そう言う俺達も、昼食を頂いている真っ最中である。
クリスティーネが冒険者としてやっていくことを認められた後、ヴィクトールは早々に帰ってしまった。クリスティーネはこのまま一緒に街へと戻り、共に昼食を取ろうと提案したのだが、ヴィクトールは半龍族の里でやることがあるからと帰ってしまったのだった。
俺達は一応、戦いの後始末をしなければということで、俺の土魔術で抉られた地面を平らに均しておいた。魔術を使用した箇所には草が生えておらず、明らかにここで何かがあったのだろうという不自然な結果にはなったのだが。
少なくとも、季節一つ分はこのままだろう。それでも、抉られた地面をそのままにするよりはマシなはずだ。
それから街へと戻った俺達は、一度宿へと戻って身なりを整えた後、昼食を取りに再び街へと出かけていた。さすがにそのままでは少々汚れが目立つし、汗もかなり掻いていたからな。
街へと出た俺達は適当な食堂へと足を運んだ。ヴィクトールとの戦闘ではかなり動いたので、腹は相応に減っている。注文するメニューは普段よりややがっつり目だ。
運ばれてきた料理を口に運びつつも、クリスティーネはさっさと帰ってしまったヴィクトールに対してまだ少し怒っているようだ。まぁ、折角会えた家族であるし、次にいつ会えるかはわからない。
もちろん、クリスティーネがその気になればいつでも帰って会えるのだろうが、当分その予定はないだろう。少しは惜しんでほしいというクリスティーネの気持ちもわからないではなかった。
「まぁ、お兄さんの方にもいろいろあるんだろう。とりあえず、冒険者として認めてくれただけよかったじゃないか」
「それはまぁ、そうなんだけどね」
パンを飲み込み、スープを口に含んだところでクリスティーネがその口元を少し緩める。完全に振り切ったわけではないだろうが、多少は気持ちを切り替えたのだろう。
「とりあえずお兄ちゃんのことは置いておくとして……ジーク、今日はこの後どうする?」
「そうだな……」
さて、元々どうする予定だっただろうか。俺は昨日の記憶を手繰り寄せた。
そもそも、今日はクリスティーネが冒険者として活動することを認めてもらうためにヴィクトールと戦ったのだが、それは予定外の事だった。クリスティーネを連れ戻しにヴィクトールがやってくるなど予想外の出来事だったからな。
その前はいったい何をしていたのだったか。確か、南の森でオークを狩猟した帰りだったはずだ。その時の会話を思い出す。
そう言えば、クリスティーネを王都に連れていくという話をしていたはずだ。王都について、俺の知っている話をクリスティーネに聞かせたことを覚えている。
しかし、さすがにこの後王都へと出立するわけにはいかない。そうすると、間違いなく今日は野宿になるのだ。パーティの人数が増えれば、交代で見張りを立てて野宿という選択肢も生まれるが、さすがに二人では無理だろう。ヴィクトールにクリスティーネを守ると約束したばかりであるし、見え見えの危険を侵す必要はない。
かと言って、いつものように素材採取に出掛けるというのも考え物だ。今から南の森へ向かったところで、森の浅いところでしか採取する時間が取れない。基本的に森の浅い部分というのは他の冒険者もよく通るため、目ぼしい素材は採り尽くされてしまっている。行ったところで、費やした労力に成果が見合わないのだ。
光の魔術で光源を確保すれば遅くまで探索することもできるが、それこそ危険度が高い。夜の森は夜行性の魔物が跋扈するし、夜の戦闘などほとんど経験がない。よって、素材採取という選択も今のところなしだ。
「今日はゆっくり……そうだな、買い物でもするか」
結局のところ、選択肢は限られる。街の外に出ないとなれば、街中で過ごすのみである。オーク肉を包むためのフェアの葉など、冒険者に必要な消耗品などが少々不足してきているし、近いうちに買い物は必須であった。今日の時間を充てれば丁度良いだろう。
「買い物? 何か買うの?」
「あぁ、消耗品の補充と……後は防具を買おうかと思ってな」
今朝のヴィクトールとの戦闘で、皮鎧が切り裂かれてしまったのだ。一応、そのままでもまだ使えないことはなかったが、新調した方が良いだろう。オーク肉の売却でそこそこ金は溜まっているし、今なら金属製の部分鎧くらいは買えるはずだ。
「クリスティーネは、欲しいものとかないのか?」
「欲しいもの……食べ物以外で?」
「まぁ、そうだな。別に食料でもいいんだが」
そこで一番に食べ物が上がるあたりが、なんというかクリスティーネという少女をよく表しているように思う。この少女、素材はかなりの美少女なのだが、装飾品など着飾ることには無頓着なようだ。まぁ、冒険者として活動する以上、そんなことには気を回していられないという理由もあるのだが。
ひとまず、この後は買い物に出かけるということでクリスティーネにも異論はないようだった。そうして、この日の午後はクリスティーネと二人で街をゆっくりと歩き回るのだった。




