248話 騎士団からの情報提供1
翌朝目覚めた時には、随分と頭がすっきりとしていた。やはり、昨日は疲労と寝不足が積み重なっていたために、冷静な判断が出来なかったのだろう。もちろん二人の姿が見えず、焦りが募っていたという理由もあるのだが。
あの場で、フィリーネとアメリアに止められていて本当によかった。もしも騎士団と険悪な関係になっていれば、この後の情報提供を断られることだって考えられたのだ。昨日の去り際に交わしたギードとの会話を思い出せば、今頃何らかの手掛かりを得られていてもおかしくはない。
俺は自らの身を起こそうとしたところで、左腕に感じる柔らかな感触に気が付いた。あぁ、今日もか、と思いながらそちらへと視線を移せば、いつものように横になって、俺の腕を抱えるフィリーネの姿があった。
フィリーネはまだ目覚めていないようで、すうすうと寝息を立てていた。こうやって静かに眠る姿を見れば、深窓の令嬢と言ったようにも見えるな、などと改めて思う。
その向こうへと目を向けてみるが、アメリアの姿はなかった。と言うか、その方向には布団すら敷かれていなかった。もしや、早起きして布団を畳んで外へ行ったのだろうか。
「うおっ」
そう思って何気なく反対側へと目を向けてみれば、至近距離にアメリアの顔があった。クリスティーネやフィリーネであればこのくらいの距離にも最早慣れたものだが、アメリアとこのような至近距離で向き合うことなどなかったために、俺は心底驚かされた。
何故、アメリアが俺の右隣で寝ているのだろうか。いつもであれば、フィリーネを挟んだ反対側で寝ているのだが。
もしや、俺が間違えて真ん中の布団で寝てしまったのだろうか。昨夜の就寝前は大分睡魔に襲われていたがために、記憶が朧気だ。夕食を軽く口にしたのは覚えているが、それ以外の記憶が無かった。
だがそれにしたって、布団の位置を変えてしまえば済むことではある。そうしなかったということは、アメリアも俺に大分心を許してくれたということだろう。共に旅を始めた頃であれば、どうあっても俺から離れて寝ていたはずである。
至近距離で見るアメリアの顔は、いつもの気の強さが鳴りを潜め、ただの少女のそれだった。こうやって改めて見てみれば、まだフィリーネよりも幼い少女なのだとよくわかる。
特に目を引くのは、やはりその大きな耳だ。側頭部から斜め下へと伸びる赤毛に覆われた耳は、以前から触り心地が気になっていたものだ。今なら何の苦も無く触れることだろう。
そうして片手をアメリアの頭へと伸ばしかけ、
「……いや、やめておくか」
その途上で手を止めた。断りもなく手を触れるのは、アメリアに悪い。相手がフィリーネであれば、手を伸ばしたところで自ら頭を擦りつけてくるほどなので躊躇などしないが、アメリアは嫌がるだろう。折角得た信頼を、こんなことで失いたくはなかった。
洞窟を拠点としていた時、アメリアは自らの耳を、クリスティーネ達には触らせていたのだ。もう少し仲良くなれれば、何れは俺にも触らせてくれることはずだ。その時を待つことにしよう。
俺はフィリーネに捕まれた左腕をそっと外し、布団から起き上がる。そうして窓際へと歩み寄り、そこから外界の様子を眺めてみた。
今日の天気もすこぶる良いようで、陽光が室内に差し込んでいた。見上げてみれば、青空の中に陽が高い位置に見て取れた。どうやら寝過ごしてしまったらしい。今からでは、日課の早朝訓練をするほどの時間はないだろう。
「フィナ、アメリア。もう朝だ、起きてくれ」
布団の上に膝を落とし、眠る二人へと声を掛ける。二人は小さく身じろぎをし、ほぼ同時に瞳を開いた。
少し似通った赤の瞳が、互いの姿を映し出す。
それからフィリーネはゆっくりと上体を起こし、大きく欠伸をして見せる。それに合わせ、背の白翼が背伸びでもするかのように大きく広げられた。
それとは反対に、再び瞳を閉じて体を小さく丸めたのがアメリアだ。その所作は、完全に小動物のそれであった。いつもはキリリとした様子のアメリアが、このようにぐずっている姿を見るのは珍しかった。
もしや、朝には弱いのだろうか。今まではどうだったかと思い返せば、そう言えばアメリア達が起き出す頃には、俺はいつも訓練をしているのだった。こんな風に、寝起きの姿を見るのは初めてのことである。
このまま寝かせてやりたい気持ちもあるが、起きてもらわなければ動き出せない。今日はいなくなったクリスティーネとシャルロットの手掛かりを得る、大切な日なのだ。
「アメリア、起きてくれ。朝食を食べたら、騎士団に行くぞ」
「ん……」
少し大きめに声を掛ければ、深紅の瞳が再び薄っすらと開かれた。それでも未だ目覚めていない様子で、ぼんやりとした様子で俺の姿を映している。
それからゆっくりとした調子で、俺の方へと片手が伸ばされた。起こしてくれと言うことだろうか。
俺は伸ばされた手を掴み返そうと、片手を伸ばす。そうして手に柔らかい感触を覚えたと思えば、強く引かれた。
「ちょっ」
膝立ちで重心は低いとはいえ、不意のことにバランスが崩れる。辛うじてアメリアの上に倒れ込むことは避け、その隣へと倒れ込んだ。幸い、倒れたのは布団の上のため、痛みなどは一切ない。
さらに身を起こすよりも早く、俺の背にアメリアの腕が回された。そのまま抱き寄せられ、アメリアは俺の胸に顔を埋める。
「おい、アメリア?」
「んん……も、少し」
軽く体を揺すってみても、アメリアは抱き着いたまま離れない。それどころか、ますます抱き着く力を強め、頭を擦り付けるばかりだ。まさか、アメリアがここまで朝に弱いとは思ってもみなかった。
それからしばらくして、ようやく覚醒したアメリアが、俺の事を解放してくれた。自分が何をしているのかを自覚した時のアメリアは、大層狼狽えている様子だった。顔を真っ赤にして狼狽するアメリアは、ちょっと可愛かった。
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