245話 騎士団と共に4
「待たせたな、ようやく騎士が揃った。今から例の現場に行くから、ついて来てくれ」
部屋へと戻ってきたギードからそう声を掛けられ、俺達は椅子から腰を上げた。少し時間がかかったようだが、これでも急いでくれたのだろう。今日中に動けるのであれば、俺としては願ってもないことである。
それから部屋に残されていた騎士達も合わせ、ギードを追って元来た道を引き返していく。入ってきたときと同じ、建物の入口の扉を潜って外へと出てみれば、そこでは騎士達が整然と立ち並んでいた。
その光景に、俺は思わず足を止めていた。数えてみれば、先導してくれたギード達を含めて、総勢で二十四名もの騎士達が集まっていたのだ。
てっきり、十名程度だと思っていたために、内心では驚いている。これだけの人数を集めていたのだから、時間がかかるのは無理のないことだ。それだけに、今回の人身売買組織の摘発に賭ける、騎士団の本気度合いが窺えた。
それから俺達は先導するギードの隣に並び、夜の町を歩いていった。後ろには、ずらりと他の騎士達を引き連れている形だ。位置を示した地図を持っているのが俺なので、こういう形になるのは自然なことだった。
出来ることなら隠密行動と行きたかったところだが、これだけの騎士が纏まって歩くとなると、どうしたって注目を集める。擦れ違う人々からは、何かあったのかと不安げな視線を向けられた。それらには一切言葉を介さず、俺達は黙々と歩みを進める。
そうして騎士団に近い方、人身売買組織の利用客が利用するという、出入口があると思わしき付近へと辿り着いた。表通りから外れた路地裏と言ったところで、暗がりの中、遠くから小さく喧騒が聞こえてくる。
軽く周囲を眺めてみるが、地下へ続く階段のようなものは見当たらない。まぁ、地図に示されたのは大雑把な範囲なので、このあたりのどこかということしかわからないのだ。
ギードはその場に半数の騎士を残し、周囲の捜索を命じた。それから俺達を引き連れ、もう一つの出入口、店側が利用する方へと足を運ぶ。
薄暗い通りを歩き続け、すぐに目的の場所へは辿り着いた。ここでも、軽く見渡してみても出入口は見当たらなかった。
先程と同じように、ギードが周囲の捜索を騎士達へと命じる。ただ待っているというのも申し訳なく、俺達も捜索には加わった。
だが、いくら探してみても、地下への階段などは見つからなかった。そこにあるのは、ただ薄暗いだけの路地裏の風景だけである。
先程の場所へと戻ってみれば、ギードが難しそうな顔で腕を組んでいた。近寄る俺達へと気付き、軽く片手を上げてくる。
「おう、そっちはどうだった?」
「いや、特に変わったところはないな。他の騎士達は?」
「地下への入口を見つけたって報告はないな。向こうの方でも、まだ見つけられてないそうだ」
そう言って、ギードは小さな箱のようなものを持った手を上げて見せる。
あれは確か、通信の魔術具というものだ。比較的珍しい魔術具で、離れた相手と言葉を交わすことが出来るという便利なものである。
おそらく、通信の相手はもう一つの出入口、客側の方の捜索を命じた騎士が持っているのだろう。どうやらそちらの方でも、地下への入口は見つけられていないようだ。
「どういうことだ? 嘘情報ってことはないんだろう?」
「いや、それはないと思うんだが……」
そう言いながら、俺は軽く首を捻る。
奴隷狩り達が俺に嘘を教えた、と言うことは考えにくい。何しろ、四人の奴隷狩り達から、個別に聞き出した情報なのだ。
その結果、全員がこの場所を示したのである。事前に口裏を合わせることもできなかったはずで、この場所に出入口があるのは、まず間違いないだろう。
だが、現実には出入口は見つかっていないのである。これはどういうことだろうかと、俺はギードと共に頭を悩ませる。
そこで、ふと袖を引く感触を覚えた。顔を向ければ、少し控えめな様子でフィリーネが俺の袖を摘まんでいる。何か言いたいことがあるようだ。
フィリーネは小さく手招きをして、俺に耳を貸すようにと促した。
俺は膝を軽く曲げ、フィリーネの口元へと耳を寄せる。
「どうした、フィナ?」
「あのね、ジーくん。フィーなら、上から見て来られるの」
「確かになぁ……」
フィリーネの小声に、俺は考えを巡らせる。
今のフィリーネとアメリアは、異種族の特徴である翼と耳を隠し人族に扮しているが、フィリーネであればその翼で、上空から地下への入口を探すことも可能だろう。
だが、決して騎士達を信用していないわけではないが、今は町中で空を飛ぶような、目立つ行動は避けたかった。どこに人身売買組織の関係者がいるのかもわからない中で、出入口付近に騎士達の姿があることを知られれば、面倒なことになりそうだ。
それに、上空から調べるには根本的な問題がある。
「だが、上からだと暗くて見えないんじゃないか?」
これが大通りであれば、街灯などもあるため見通しも効くが、俺達がいるのは薄暗い路地裏だ。光源などは存在せず、騎士達も自前の照明具を持ってきているような状況である。
上空に上がったところで、見下ろしてみてもほとんど何も見えないだろう。
「ジークなら、この辺り一帯を明るくできるんじゃないの? 光の魔術、使えるんでしょう?」
俺達の小声に合わせ、アメリアが小さく問いかけながら小首を傾げて見せた。
「アメリアは俺を何だと思ってるんだ?」
「出来ないの?」
アメリアの俺を見る目は、もちろん出来るんでしょうと言うような色合いをしていた。これも信頼の表れだろうか。
「出来なくはないが……まぁ、却下だな」
そりゃあ、光球でも無数に浮かべてしまえば、上空からだって容易に見下ろすことが出来るようにはなるだろう。だがそんなことをすれば、あからさまに目立ってしまう。
地下の人身売買組織には、まだこちらの動きを悟られたくないのだ。奴らに知られるのは、決定的な状況を押さえてからである。それまでは、目立たないのが鉄則なのだ。
「ふぅん……それなら、目的のものを探り出す魔術とか、何かないの?」
「魔術か……」
悪くはない着眼点である。目で見て見つけられないのなら、それ以外の方法で探ろうというのだ。
さすがにアメリアが言うような便利な魔術はないものの、やるだけやってみてもよさそうだ。
「よし、ちょっと試してみるか」
俺は体内の魔力を練り上げると、風の魔術を行使した。良く使用する、音を拾う魔術とは異なる、ただ魔力を乗せて広範囲へと広がる魔術だ。
その魔術に攻撃性は全くなく、ただただ周囲へと広がっていく。そうして神経を集中すれば、ある程度周りの感覚を探ることが出来るのだ。これなら、目に見えない階段だって。見つけられるかもしれない。
そうして魔力を広げていく中、ふと違和感を感じ取った。ここから少し前方、照明の光が僅かに届く距離だ。
そこは左右に壁があるのだが、何故だろうか、壁を風が吹き抜ける感覚が返ってくるのだ。
近寄ってみれば、その感覚はより強くなっていく。だが、近くで見てみても、壁に亀裂などは存在していないように見える。
内心で首を傾げつつ、俺は徐に壁へと手を伸ばしてみた。するとどうだろうか。手が壁をするりと突き抜けたのだ。
驚きながらも腕を前に出せば、壁など存在しないように手は前へと進んでいく。思い切って頭を壁へと近付ければ、やはり何の抵抗もなく頭が壁の中へと入っていった。
そして、視界が開ける。
壁の向こうには、また別の通路があったのだ。いや、通路と呼べるほどでもない。目と鼻の先には壁があり、そこは突き当りとなっていたのだ。
そして、僅か二歩程歩いた先には、地下への入口が口を開けていた。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




