241話 二人の行方6
「お~い、ちょっと待ってくれ!」
そんな言葉が投げかけられたのは、火兎族の里を後にして幾ばくも無いうちだった。振り返ってみれば、まだ火兎族の里を取り巻く外壁が小さくも目に入るほどだ。
その途上、道とも呼べない草木の中を、一人の少女が片手を上げながら駆けて来る。火兎族の里で暮らす少女、数日前に知り合ったベティーナだった。
「どうした、ベティーナ? もしかして、見送りか?」
目の前まで少女が来たところで、俺は声を掛けた。
そう言えば、アメリアと比較すれば共に過ごした期間は随分と少ないものの、ベティーナともそれなりに良い関係を築けていたのだ。
砦について来てくれたおかげで、救出したフィリーネを任せることもできたのだし、立ち去る前にせめて一言くらいはかけるべきだったと反省する。
そんなことを思ったのだが、ベティーナは俺の言葉に小さく首を横に振って見せた。
「いや、まぁ、それもあるけどな? あんた達、シュネーベルクの町に行くんだろう? 途中まで、一緒に行こうと思ってな」
「途中まで? 何か……あぁ、そうか、ロジーナ達か!」
ベティーナの言葉に反射的に疑問を返そうとし、途中で思い至った。
シュネーベルクの町と火兎族の里の、丁度中間あたりには高い山が聳え立っているのだが、そこの洞窟ではロジーナと言う火兎族の少女と、六人の火兎族の子供達が待っているのだった。
昨日ロジーナに、クリスティーネ達が捕らえられたことを知らせてから、洞窟には帰っていないのだ。彼女達は今も、洞窟で俺達の帰りを待っていることだろう。奴隷狩り達を捕らえ、火兎族達を助け出したことを、早く知らせてやるべきだ。
「あぁ、皆をこっちに呼び戻すなら、私も行った方がいいだろう?」
「確かに、そうだな」
六人の子供達を連れて洞窟から里へと戻ってくるのに、引率がロジーナ一人と言うのは少々危険なように思えた。かと言って、俺達が一緒に戻るとなると、今日のうちにシュネーベルクの町へと戻ることはできなくなる。
そう言った意味で、ベティーナが同行してくれるのは助かる。ベティーナとロジーナの二人であれば、子供達を連れて里へと戻るのも問題はないだろう。
それから俺達は縄で繋いだ奴隷狩り達を連れ、シュネーベルクの町を目指して歩き始めた。
陽が少しずつその高さを下げていく中、前方に長く伸びた土壁が見えてくる。俺が拠点である洞窟を護るために、土魔術で築き上げた防壁だ。見る限りでは崩れた箇所はもちろん、破損などもなさそうだ。
少なくとも、夜間の大規模な襲撃などはなかったようだ。まぁ、そう何度も別の奴隷狩り達に襲われるような事態に見舞われることはないだろう。
俺達は土壁の傍に近寄ると、壁に押し付けるように捕らえた奴隷狩り達を集める。それから土魔術を使用して、奴隷狩り達を壁で囲んだ。火兎族の里でも使用した、奴隷狩り達が逃げ出さないようにという処置だ。
奴隷狩り達が抗議の声を上げるのを聞き流しながら、俺は身体強化を掛けると一息に壁の上へと飛び乗った。視界が開け、壁の向こうの様子が見えるようになる。
壁の向こうでは、短剣を手にしたロジーナが軽く腰を落としていた。反対の手で、子供達に洞窟の奥へと入るように指示している。
どうやら驚かせてしまったらしい。奴隷狩り達の声が聞こえていれば、警戒くらいはするだろう。俺が片手を上げて見せれば、ロジーナはあからさまに肩の力を抜いた。
それから俺は、同じく壁を越えてきたフィリーネ達と共に、ロジーナの方へと歩み寄る。
「おかえりなさぁい。どうだったのかしらぁ?」
短剣を納め、小首を傾げて問われる。相変わらず、少し間延びした調子で話す娘だ。
俺は身振りも加えながら説明を始める。
「あぁ、この通りフィリーネと、それから奴隷狩り達に捕らえられていた火兎族達は助け出した。既に売られてしまった者もいるため火兎族全員と言うわけではないが、それなりの人数が里に戻っている。ロジーナ達も、もう里に戻っても大丈夫だぞ」
「それはよかったわぁ」
俺の言葉に、ロジーナは嬉しそうに微笑みを見せ両手を合わせる。ベティーナとロジーナの二人は、子供達を守って奴隷狩り達から隠れていたのだ。ようやくその必要もなくなるので、二人の肩の荷も下りたことだろう。
「ただ、クリスとシャルは昨日のうちに連れ出されたみたいでな。二人を助けに、シュネーベルクの町に戻るところだ」
説明を続ければ、ロジーナは困ったように片手を頬へと当てる。それから眉尻を下げた顔で、後方の子供達の方へと視線を向けた。
「そうだったのぉ。手伝いたいところだけど……私には子供達の面倒を見る役目があるから、無理よねぇ」
「あぁ、わかってるよ。それでも、アメリアは一緒に来てくれるからな。それだけで十分だ」
「そうなのねぇ。アミー、気を付けるのよぉ?」
「えぇ。里の事をよろしくね、ロジー」
軽く言葉を交わした後は、撤収準備だ。火兎族の里から持ち出した毛布などを、鞄の中へと仕舞っていく。
とは言え、ここで過ごした期間は短いもので、ほとんどのものは一箇所に纏められている。全ての荷物を整理するまでには、それほどの時間がかからなかった。
空っぽになった洞窟内を一通り眺めてから、俺は傍らに立つベティーナ達へと向き直る。
「それで、ここはどうする? 元通りに埋め直しておいた方がいいか?」
俺達がここを訪れた時は、まだ何もない岩肌が広がっていたのだ。そこを土魔術でくり抜き、土壁で囲っていたわけなのだが、立ち去るのであれば元通りにするのが自然なように思えた。
俺の言葉に、ベティーナは腕を組み、首を傾げて隣に立つロジーナへと視線を向けた。
「別に、このままでもいいんじゃないか?」
「そうねぇ。町に行くときにでも、休憩所として利用させてもらおうかしらぁ」
二人としては、このまま残しても良いという意見のようだ。ここを使用するとしたら、火兎族くらいのものである。確かに、町との中間地点にあたるところだし、残しておくと何かと便利かもしれない。
そんなわけで、この洞窟はこのまま残すこととした。これからこの場所をどうするかは、火兎族達次第だろう。
それから俺達は協力して、土壁の外側へと子供達を出していった。子供達はまだ身体強化がそこまで上手く使えないので、自力で土壁を越えられないのだ。
それから全員が土壁の外へと出て、俺は閉じ込めておいた奴隷狩り達を外へと出すと、ベティーナ達へと向き直った。
「兄ちゃん、行っちまうのか?」
俺の目の前まで来て、こちらを見上げていったのは火兎族の少年、カイだ。その側頭部から延びる大きな耳が、少し元気がなくなったようにぺたりと伏せている。
「あぁ、ここでお別れだ。里も元通り……ってわけでもないが、大人達が戻って来たからな。安心してくれ」
俺は膝を曲げて目線を合わせると、安心させるように軽く頭に片手を乗せてやった。
カイは少しの間、顔を俯かせていたが、再び顔を上げた時には瞳に強い光を宿していた。それから、俺に見えるように軽く拳を握って見せる。
「兄ちゃん、俺、強くなるよ! 強くなって、兄ちゃんみたいな冒険者になる!」
そんなことを宣言した。なんというか、昔の自分を見ているようだ。
その言葉に、俺は思わず苦笑を返す。
「まぁ、体を鍛えるのは悪いことじゃないな。ちゃんと鍛えれば、俺くらいにはなれるさ」
カイは身体能力に優れた獣人族なので、怠けることなく鍛えていれば、少なくとも冒険者で食っていくことくらいはできるようになるだろう。例え冒険者になることが無くても、戦う力がないよりは、あったほうがいいからな。
実際に冒険者になるかどうかは、カイが大きくなってから、周りの大人と決めればよいことだ。俺に出来るのは、応援くらいのものである。
「それじゃ、ベティーナ、ロジーナ。元気でな」
「奴隷狩りには気を付けてほしいの」
「あぁ、ジークハルト、フィナ、世話になったな!」
「二人を助けられたら、是非また来てほしいの」
ロジーナの言葉に頷きを返す。
クリスティーネとシャルロットの二人を助け出した時には、きっとまた別の火兎族を一緒に助けていることだろう。その時には、また火兎族の里へ送り届けてやる方が良さそうだ。
その時は、もう少し火兎族の里でゆっくりとしていきたいものだ。復興の手伝いだって、今度は出来ることだろう。
「ベティー、ロジー、里の事をよろしくね」
「お前もな、アミー。気を付けるんだぞ」
「こっちの事は気にしないでねぇ。私達の分まで、ジークハルトさん達を助けて欲しいわぁ」
言葉を交わしながら、アメリアがベティーナとロジーナと抱き合う様子を眺める。
互いに軽く手を振り合い、二人が子供達を連れて森の奥へと消えていくのを見送った。
それから俺はその姿が見えなくなったのを確認し、フィリーネとアメリアを伴って、奴隷狩り達を引き連れ町へと続く洞窟へと足を踏み入れた。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




