240話 二人の行方5
その言葉に、俺は心底驚かされた。てっきり、アメリアはこの里に残るものとばかり思っていたのだ。まさか、俺達についてくると言い出すとは思いもしなかった。
だが、驚かされたのは俺だけではなかったらしい。アメリアの隣に立つ男性も、驚きを隠さない表情でアメリアへと向き直った。
「何を言い出すんだ、アメリア?!」
その言葉に、アメリアは少しむっとしたような表情で腕を組んだ。
「当然でしょう? ジーク達は私が巻き込んだのよ? クリスとシャルの二人が攫われているのに、私だけのうのうとこの里に帰れるわけないじゃない」
そう言うアメリアは、何を当然のことを言っているのか、と言った態度である。
それから、少し瞳を鋭くして、俺の事を上目で見上げてくる。
「それとも、ジークは私が一緒に行くのは嫌なのかしら?」
「いや、そんなことは決してないが……」
むしろ、助かるというのが正直な感想だ。アメリアと旅を始めた時であればいざ知らず、今では大分打ち解け、信頼関係も構築できているのだ。
俺とフィリーネだけでは手が回らない事態だってあるだろうし、人手があるに越したことはない。戦力と言う意味でも信頼は置けるし、頼りにもなるだろう。少なくとも、俺にアメリアの同行を拒否をする理由は見つからなかった。
俺の言葉を受け、アメリアの視線が少し和らいだ。
「それなら、何も問題ないでしょう? 大丈夫、迷惑はかけるつもりないから」
その点については、特に心配していない。元より、これまでも共に旅をしてきたのだ。特別問題が起こるようなことはなかったし、これから先も、行動を共にすることで困るようなことはないだろう。
「あぁ、わかっ――」
「駄目だ、認められん」
だが、俺が了承を返すよりも先に、待ったをかける者があった。アメリアの隣に立つ、火兎族の男性である。
「認められるわけがないだろう? ようやく里に帰ってこれたというのに、娘をわざわざ危険な場所に送れるものか!」
「父さん……」
男性の言葉に、アメリアが小さく言葉を漏らす。なるほど、この男性はアメリアの父親だったのか。言われてよくよく見てみれば、目元当たりなんかが似ているようにも思えた。
男性は厳しい表情を浮かべ、アメリアの両肩へと手を乗せる。対してアメリアは、少し眉尻を下げた表情を見せた。
「確かにこの方達は恩人だが、それとこれとは話が別だ! お前がむざむざ危険を冒す必要はないだろう?」
「聞いて、父さん。私達はジーク達を私達の問題に巻き込んだ上で、助けられたのよ? それなのに、彼らが私達のせいで困っているときに手も貸さないなんて恩知らずな真似、私にはできないわ!」
アメリアの言葉に、男性がぐっと言葉に詰まる。
俺自身はそこまで気にしていないし、二人が連れ去られてしまったのは、俺の力不足だと思っている。アメリアが悪かったなどとは決して思っていないようだが、どうも本人は責任を感じているようだ。
まぁ、事実を並べてみれば、アメリアの言葉も間違ってはいないだろう。それに関しては、男性も返す言葉がないようだ。
「それは、そうかもしれないが……だからと言って――」
「それに、全部が元通りってわけでもないわ。そうでしょう、父さん? 奴隷狩り達に捕まった仲間は、全員が帰って来たってわけじゃないんだから」
アメリアの言葉に、男性が唇を噛み締める。
そう、奴隷狩りの砦に囚われた火兎族は全員を助け出したものの、それで全てと言うわけではない。アメリアによれば、何十人もの火兎族が、行方知れずのままなのだ。
行方知れずの者達は、奴隷狩り達の手によって、既に奴隷として売られてしまったのだろう。砦に残っていたのは、売られる順番待ちとなっていた火兎族達である。
売りに出された火兎族の行方について、砦には手掛かりなど一つとしてなかった。
今から向かうシュネーベルクの町の人身売買組織に全員が残っていれば良いが、その可能性は薄いだろう。既に奴隷として売りに出され、国中に散らばっているはずである。
「そう言った仲間を、誰かが助けなきゃいけないわ。そしてそれは、里長である父さんの娘である、私の役目よ!」
「それは……」
アメリアが言葉を重ねるのに対し、男性は反論したくても出来ないと言った様子である。言葉を探すように視線を左右へと振り、それから再び思いついたようにアメリアを見つめた。
「それなら、私が代わりに――」
「父さんには、この里を纏めるって役目があるでしょう! こんな大変な時期に、里長が不在にしていいわけがないじゃない!」
アメリアが怒ったようにキリリと瞳を鋭くすれば、男性は眉尻を下げて肩を狭めた。
まぁ、アメリアの言い分は尤もである。この大変な時期に、里を纏めるべき立場である里長が、この場を離れるわけにはいかないだろう。
男性の様子を見て、アメリアが怒気を納める。それでも瞳に強い光を宿したまま、言葉を続けた。
「だから、私が代わりに行くの。火兎族のために、ジーク達のために……それから、私自身のためにも」
「アメリアのため……?」
男性が言葉を繰り返せば、アメリアから頷きが返る。
「私はもっと、外の世界を知った方がいいと思うの。それがきっと、火兎族の未来のためにもなる」
俺にアメリアの心境は推し量れないが、アメリアもアメリアなりに何か考えがあるのだろう。俺達と旅を共にすることで、何か感じることもあったのかもしれない。
個人的な見解を添えさせてもらえば、悪いことではないだろう。火兎族の里に引きこもるよりは、見識も広がると思うのだ。まぁ、それは俺が冒険者などをやっているからこそ、そう思うのかもしれないが。
とは言え、上手く事が運べば、数日で帰ってこられると思うのだ。アメリアの父親には悪いが、いくら外の世界とは言え死ぬような目にはそうそう遭うことはないだろうし、少し心配し過ぎだと思う。
「……わかった」
男性は考え込んでいたようだが、長い沈黙の末に首を縦に振って見せた。その言葉に、アメリアが肩の力を抜く。
「だが、決して無理だけはするんじゃないぞ?」
「もちろんよ。わかってるわ」
アメリアの返答に、男性が頷きを返す。
それから、男性は俺の方へと向き直った。そして、深々と頭を下げる。
「ジークハルトさん、娘の事を、どうかよろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ」
そうして俺はフィリーネとアメリアを伴い、火兎族の里から外へと足を向ける。
去り際に、立ち去る俺達に気が付いた火兎族達から、口々に礼の言葉が投げかけられた。
それらに軽く片手を上げて応えながら、俺達は火兎族の里を後にするのだった。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




