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24話 半龍族の兄妹6

 気付いた時には、俺は地面に倒れ伏していた。一瞬の間であるが、意識が飛んでいたようである。周囲から感じる熱気からは、先程の攻防からほとんど時間は経っていないようだ。

 まずは現状を確認する必要がある。柔らかい感触に視線を下へと向ければ、腕の中には俺と同じように気を失ったのだろうクリスティーネがいた。なぜこんな状況になっているのだろうかと、記憶を反芻する。

 俺達の放った光の龍が、ヴィクトールの炎の龍を打ち破り、その身へと届かせた時だ。炎の龍から最後に放たれた熱風に俺達は耐え切れず、吹き飛んだのだ。咄嗟の事だったが、クリスティーネを庇うように抱きしめたのが最後の記憶だ。


 俺はクリスティーネを地面へと落とさないように気を付けながら、上体をゆっくりと持ち上げた。クリスティーネの状態を確認するが、目立った外傷は見当たらない。熱風に巻かれ、元々は白かった肌が少々赤くなっているものの、大きな問題はないだろう。そのことに、ほっと胸を撫で下ろす。後で治癒術でも使ってあげよう。

 続いて、自身の体を見下ろした。クリスティーネと同じように肌は赤く焼け、それだけでなくヴィクトールによってつけられた切り傷も無数にあるものの、重症と呼べるほどの傷はない。治癒術で十分に治る範囲である。


 俺はさらに右側へと目線を移す。来たときは辺り一面緑色の草原といった様相を呈していたが、今では俺達の争いによって散々に荒らされていた。

 中でも光と炎の龍が残した爪痕は大きく、深々と抉られた地面からは土の茶色がはっきりとその顔を覗かせていた。街の近くにこんな傷跡を残しては、騒ぎになるかもしれない。後で綺麗に均しておかなければならないだろう。


 それら抉られた地面の向こうでは、ヴィクトールが仰向けになって倒れているのが見える。遠目のためあまりよくは見えないが、その姿はぴくりとも動かない。

 これはもしや、やってしまっただろうか。

 俺の背を、嫌な汗が一筋流れていった。確認は急務である。

 俺は慌ててクリスティーネの体を揺する。それだけでクリスティーネは気が付いたようで、むにむにと口元を動かしていたかと思うと、ゆっくりとその両の瞼を持ち上げた。


「クリス、大丈夫か?」


「んん、ジーク……うん、大丈夫」


 クリスティーネがゆっくりとその体を持ち上げる。そのまま二本の足で立ち上がるが、その足取りにふらつきは見えずしっかりとしたものだ。その姿を確認し、俺もその場に立ち上がった。


「えっと……そうだ、お兄ちゃん!」


 クリスティーネは弾かれたように顔を上げ、振り返ると同時にヴィクトールへと駆け寄っていく。当然、俺もその後へと続いた。

 近寄って改めて見てみれば、ヴィクトールの胸が呼吸で微かに上下していた。少なくとも生きてはいるらしい。外傷も思ったほどにはなかった。

 おそらく、俺達の放った光の龍は炎の龍と衝突した際に、魔力のほとんどを費やしてしまったのだろう。胸のあたりが引き裂かれ、少々血が滲むくらいで済んでいる。


「『現界に属する光の眷属よ 我がクリスティーネの名の元に 彼の者の傷を癒せ 強き光の癒しリヒト・シュタルク・ハイレン』!」


 クリスティーネが光属性の魔術でヴィクトールの治療を開始する。さすがに、そのまま放っておくわけにはいかなかったのだろう。

 勝負は明らかに俺達の勝利である。そもそも二対一だし、両者の間にほとんど力の差はなかったように思うが、それでも結果は結果だ。今までのやり取りから、ヴィクトールはこの結果を反故にすることはないだろうと思う。それなら、治療をしても構わないだろう。


 治療の途中でヴィクトールが目を覚ました。まだ体は動かせないようで、目線だけをこちらへと向けてくる。未だその目線には厳しいところがあるが、やや鋭さが抜けたようだ。クリスティーネに向ける目には慈愛の色が見えた。

 しばらくの沈黙の後、ヴィクトールがゆっくりと口を開いた。


「……負けたか」


「あぁ、俺達の勝ちだ。約束通り、クリスを冒険者として認めてくれるな?」


「約束は守ろう。クリスを冒険者として認める」


「本当、お兄ちゃん!」


 治療の手を止めないまま、クリスが喜色を滲ませる。それを見て、眉間にしわを寄せながらもヴィクトールは僅かに顎を引いた。

 俺は細く長い息を吐いた。何はともあれ、ようやく目標を達成することができた。これで、この先もクリスティーネとパーティを組んで冒険者を続けていけるだろう。

 やがて治療も完了し、上体を起こしたヴィクトールが体の調子を確かめるように、その両手を開いたり閉じたりと繰り返す。特に問題はなかったようで、一つ頷いてから立ち上がった。


「ありがとう、クリス。腕を上げたな」


「そうでしょう! 私も頑張ってるんだから!」


 ヴィクトールが優しく声を掛けるのに対し、クリスティーネは胸を張って応える。戦いの前にあったような雰囲気は微塵も感じられない。

 おそらく、二人の距離感はこれが普通なのだろう。今の様子を見れば、仲のいい兄弟であることが窺える。


「いいかクリス。お前を冒険者として認める。認めるが、たまには連絡を寄越すんだぞ。それに、辛くなったらいつでも戻ってきていいからな」


「うん、ありがとう、お兄ちゃん」


「それから……ジークハルトと言ったか」


 不意にヴィクトールが俺の方へと向き直る。今までほとんど話しかけられなかっただけに、思わず体に力が入る。思えば、ヴィクトールに名前を呼ばれたのは初めてのことだ。

 そうして身構える俺の前で、ヴィクトールは腰を前へと折った。それは、紛れもなく礼をする姿であった。


「妹を、よろしく頼む」


「任せてくれ、必ず守る」


 元よりそのつもりだ。冒険者を続ける以上、危険な場面に遭遇することはあるだろうが、不用意に怪我をさせるつもりも、ましてや命の危険に晒すつもりもない。いくら光属性の魔術があれば治癒ができるとは言っても、死んでしまった人間を生き返らせることはできない。

 俺としては無闇に危険へと飛び込まず、少しずつ実力をつけて行くつもりだ。もちろん、クリスティーネにも無茶をさせるつもりはない。焦る必要はないし、少しずつ確実に強くなっていこう。

 俺の答えに満足したのか、ヴィクトールが初めて笑みを見せた。その笑顔は、確かにクリスティーネとの血の繋がりを感じさせるものだった。

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