235話 鎖の男7
暗闇を業火が照らし出す。
俺とアメリアの手により放たれた炎の嵐は、迫りくる鎖の塊を塵へと変え、その先の男を飲み込んでいった。
それもしばらくの事で、現れたのと同じように唐突に炎の嵐が去ると、再び周囲は暗闇に包まれる。石畳を焼いた残り火が、風に吹かれて微かに揺らめいた。
それを確認したところで、俺は全身を虚脱感に襲われた。この感覚には覚えがある。魔力を大量に消費した時の感覚だ。
こうなることは事前に予測していた。一応調整したつもりだったのだが、やはり合成魔術を使用すると、想定以上の魔力を持っていかれる。
それと同時、握られた手から力が抜けた。かと思えば、隣の影が小さく揺れる。
視線を向ければ、ふらつくアメリアの姿があった。どうやらアメリアの方も、魔力消費が大きかったようだ。
「おっと」
俺は握った手を離すと、その手でアメリアを抱き寄せる。
アメリアは体に力が入らないのか、素直に俺へと体を預けた。
「アメリア、大丈夫か?」
「えぇ……少し、疲れただけよ」
そう言うアメリアの顔は疲労の色が濃い。やはり、俺とアメリアでは魔力の保有量に差があるらしい。
俺はその場でゆっくりと膝を曲げ、アメリアを石床の上に座らせる。アメリアは立っているのも辛かったようで、素直に腰を落とした。
「アメリアはこのまま、少しの間休んでいてくれ」
「そうね……そうさせてもらうわ」
アメリアは後ろ手で体を支えると、こちらを見上げてそう言った。
それに対して頷きを返し、俺は再び前方へと視線を向ける。そうしてゆったりとした足取りで、硬い石床の上を歩いていく。
その先には、一人の男が倒れていた。
赤い鎖を操っていた、奴隷狩り達の仲間の一人だ。
男は背中から石床に倒れたまま、起き上がる気配はない。それもそのはず、男の下半身は真っ黒に焼け焦げており、立ち上がるのも不可能な状態だからだ。どうやら、俺とアメリアの合成魔術をまともに受けたらしい。
男の周囲にあれだけあった鎖の塊も、今はすっかりと消え去り広い部屋の様子がよく見えた。唯一、男の両腕に巻きついた鎖だけが残されていた。
俺が男の傍で足を止めると、男は微かに俺の方へと首を傾けた、どうやら意識は残っているらしい。
男の手にはまだ鎖の魔術具はあるものの、警戒は必要ないだろう。
近くでよく見てみれば、男の脚先は炭化して崩れていた。全身に火傷を負い、既に余命幾ばくもない状態だということが見て取れる。今から治癒術を施したとしても、助からないだろう。
俺はその場で腰を落とし、男の顔へと目を向ける。
男の瞳からは光は失われておらず、その目が俺の姿を捉えた。
「俺の仲間は、どこにいる?」
俺は正確に伝わるよう、殊更ゆっくりとした口調で男へと問いかけた。
それに対し、男は嘲るように小さく口元に笑みを浮かべて見せる。
「あの、半龍と……精霊の、娘か……残念だが、あの娘達は……すでに、ここには、いない」
酷く掠れた声だった。どうやら、俺達の合成魔術によって喉を焼かれたらしい。
それでも聞き取れたその言葉に、俺は思わず男の胸倉を掴みたい衝動に駆られた。だが、力に訴えたところで、事態は何も進みはしないだろう。
俺は拳を握り締めるに止め、再度口を開いた。
「もう一度問うぞ。俺の仲間は、どこだ?」
「あの娘達、ならば……既に、シュネー、ベルクの……町へと、送った……今頃、早ければ……競売に、かけられている頃、だろう……」
男の言葉に、俺は思考の海へと潜る。
今聞いた話が真実ならば、クリスティーネとシャルロットの二人は既にこの砦にはおらず、奴隷狩り達の仲間によって、シュネーベルクの町に連れていかれたのだろう。
人身売買に関してはあまり詳しくないものの、断片的な話は伝え聞いている。曰く、王都やシュネーベルクのような大きな町では、人を売り買いするオークションが人知れず開かれているそうだ。
この国では人身売買は御法度なので、所謂裏社会での話である。その多くは、人々が寝静まる深夜に、郊外の地下でひっそりと行われているそうだ。
二人はシュネーベルクの町の、そう言った場所へと送られたのだろう。俺達が砦に押し入ってから、奴隷狩り達にそのような動きがなかったところを見るに、それよりも前に運ばれたのだと考えられる。
今から追いかけたとしても、とてもではないが追いつけない。そもそも、俺達は火兎族の里を経由する道しか知らないのだ。この砦の正確な場所はわからないため、直接シュネーベルクの町へと向かおうとしても、森の中で迷ってしまう可能性が高い。
今すぐにでもシュネーベルクの町へと向かいたい気持ちはあるが、それをぐっと堪える。
まだこの砦を制圧できたかも定かではなく、攫われた火兎族達がいるのかもわかっていないのだ。全てを放り出してなど、行けるわけがない。
まずは、ここでのことを全て終わらせることが先決だ。
少なくとも、奴隷狩りの男達はまだ全員を捕らえられたわけではない。クリスティーネとシャルロットを、シュネーベルクの町へと連れて行った者達がいるのだ。その男達も、捕らえる必要があるだろう。
二人を連れて行ったのであれば、町のどこにいるのかも知っているはずだ。例えどんな手を使ったとしても、行先を吐かせる必要がある。
どこに連れていかれたのかが判明すれば、やりようはある。その時は、町の騎士達にも事情を話し、人身売買の会場を抑えることになるだろう。
そのあたりの事は、実際に向かってみなければわからない。それでも、上手くいけば数日中には二人を助け出すことが出来るだろう。
よし、ひとまず目途は立った。これなら、落ち着いて行動が出来そうだ。
俺は内心の感情を落ち着かせると、再び男へと向き直る。
「お前は――」
言葉は続かなかった。
俺の前に横たわる男は、既に事切れていたからだ。
その姿を目にし、俺は小さく息を吐いた。この男には、まだいろいろと聞きたいこともあったのだが。
せめてもの情けに開きっぱなしの瞳に手を伸ばし、瞼を閉ざす。そうして俺は立ち上がると、アメリアの傍へと歩み寄った。
アメリアは石床に腰を落としたまま、歩み寄る俺の姿を見上げる。短い時間ではあったものの、少しは疲労も回復したようだ。
「死んだの?」
「あぁ」
「……そう」
俺の言葉に、アメリアは俺から目を離し、倒れている男へと目線を移した。アメリアとしても、あの男には言いたいことの一つや二つあったのだろうが、それも叶わなくなった。
「アメリア、動けるか?」
軽く膝を曲げ、アメリアの様子を窺い見る。
対して、赤毛の少女からはすぐに首肯が返った。
「えぇ、大丈夫よ……それで、これからどうするの?」
「まずは一通り、この砦を見て回ろう」
未だ一人として火兎族の姿は見つけられていないし、奴隷狩りの残りがいるかもしれない。男は二人がこの砦には既にいないと言ったが、その言葉が嘘である可能性だってあるのだ。
まずはこの砦をすべて見て回り、その結果によってこれからの行動を決めよう。
俺がそう提案すれば、アメリアからは素直な頷きが返った。
それからアメリアがその身を起こすのに手を貸し、俺達は再び砦の中を歩き始めた。
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