233話 鎖の男5
どうやら、信じ切れていなかったのは俺の方らしい。俺の想像以上に、アメリアは俺の事を信頼してくれていたようだ。
思わず苦笑を漏らせば、アメリアからは怪訝な顔が返った。それも束の間の事で、一体どうするのだと言わんばかりに、問いかけを含んだ表情が返った。
「いいか、アメリア。今から、合成魔術を使用する」
「合成魔術……」
アメリアが俺の言葉を復唱する。
合成魔術、それは端的に説明すれば、複数人で同時に使用する魔術の事だ。以前、クリスティーネと共に、一度だけ行使したことがある。合成魔術は複数人分の魔力を一度に使用することから、必然的に一人で行使する魔術よりも強力なものとなる。
合成魔術を使用すれば、鎖の男が何をしてきたとしても、きっと打ち破ることが出来るだろう。
ただし、合成魔術を使用する場合は注意点が一つある。
それは、合成魔術を使用する際に、魔力が引き出されることである。合成魔術を行使する使用者にもよるのだが、基本的には魔力の多い方が基準となるのだ。
魔力が少ないものは、普段使用する以上の魔力を勝手に引き出されてしまうのである。さすがに魔力切れで死に至るところまで行くことは滅多にないが、気絶することは合成魔術を使用する際にはままあることである。
俺とアメリアを比較すると、俺の方が魔力の保有量は上だろう。俺はヴォルフとの戦闘で魔力を消費しているが、アメリアだって鎖の男との戦闘で魔力を消費しているはずだ。
魔力の消費量は俺が基準となることだろう。合成魔術に込める魔力が少なすぎるのは問題だが、アメリアが倒れないようによくよく注意しなければならない。
「説明している時間はない。俺に合わせてくれ。行けるか?」
「それは……いえ、わかったわ」
俺の言葉に一瞬、戸惑った様子だったアメリアだが、横目で鎖の男を見るとすぐに首肯して見せた。男の詠唱は今尚続いており、既に時間はあまり残されてはいない。
俺はアメリアの手を握り、互いに身を寄せると男の方へと握った手を突き出した。握った手の感触を確かめていると、アメリアが軽く握り返してきた。
それから二人、横並びになり同時に口を開く。
「『現界に属する炎の眷属よ 万物悉く焼き尽くす魔の力よ 我らが祈りを聞き届け 彼の者を打ち滅ぼす力を与えたまえ』」
言の葉を紡ぐたび、魔力が自然と引き出される。
体内の魔力の巡りが加速し、繋いだ手を起点に凝縮していく。
「『炎の奔流 力の具現 灰塵の槍 陽炎の牙 我らが魔力を糧とし、暴風となって蹂躙せよ』」
溢れた魔力が赤い糸を引き、俺とアメリアの周囲を渦のように取り巻く。
握った手から漏れ出た光が、時を刻むほどに強さを増していく。
体内の魔力は激しさを増し、燃えているほどに熱さを感じた。
「『我がジークハルトと』」
「『我がアメリアの名の元に』」
合成魔術の完成までもう少しと言ったところで、鎖の男が動きを見せた。
広げていた両腕を前へと突き出すと同時、
「『魔王の怨鎖』!」
男を取り巻く深紅の鎖が膨れ上がった。
鎖の束は爆発したように膨らみを見せ、軽々と天井を吹き飛ばす。
破砕音と共に瓦礫が吹き飛ぶ中、土埃を掻き分けて鎖の塊が俺達へと猛進する。
石床を抉り、天井と石柱を破壊しながら突き進む鎖の塊は、悪魔の頭部を模しているように見えた。
深紅の鎖の塊には、何やら黒い靄のような影が纏わりついている。効力は正確にはわからないものの、触れるだけでも危険な予感がした。
足裏に鎖の迫りくる振動を感じながらも、俺は焦ることなく言葉を紡ぐ。
「『凝縮せよ 顕現せよ 龍の吐息と成りて、我らが前に立ちふさがりし障害を貫け』!」
俺とアメリアを取り巻く赤い渦が一層の激しさを増し、服や髪が猛烈にはためく。
体内で荒れ狂う魔力の嵐が、その存在を主張するように熱を増す。
身を焦がすほどの熱さの中、瞳を動かして隣を見れば、アメリアと目が合った。
その瞳の光は力強く、意志の強さを感じさせる。
さらに、その口元が小さく弧を描いた。
それを見て、俺も思わず笑みを溢す。
目前に迫った鎖の塊を前に、俺とアメリアの声とが重なった。
「『龍王の息吹』!」
俺とアメリアの繋いだ手を起点に、炎の嵐が吹き荒れる。
赤よりも紅い紅蓮の業火が、深紅の鎖を飲み込んでいった。
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