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23話 半龍族の兄妹5

 俺達とヴィクトールとの攻防は熾烈を極めた。俺とクリスティーネの剣はどちらもヴィクトールへと届かず、未だ攻めきれない。対するヴィクトールも二人を同時に相手をするとあって、攻めあぐねている様子だ。

 俺自身は細かい怪我を負っているが、一太刀も受けていないヴィクトールはもちろん、クリスティーネも無傷である。しばらくの競り合いの後に気付いたのだが、俺に振る剣と比較してクリスティーネへの攻撃は若干緩いようである。おそらく、ヴィクトールが意識的に手加減をしているのだろう。

 まぁ、相手をしているのが実の妹なのだ。剣先も鈍るだろう。対するクリスティーネは全力のようだが。


 それならば、クリスティーネを矢面に立たせればいいのではないかという考えが一瞬浮かんだが、即座に否定する。さすがに男としてどうかと思うし、出来れば正々堂々と戦いたいものだ。

 しかし、なかなか隙が見つからない。出来れば勝ちきりたいところだったが、そもそも目的は勝つことではなく、実力を認めてもらうことである。状況が拮抗している今、再度説得を試みてはどうだろうか。


「どうだ、お兄さん! そろそろ認めちゃ、くれねぇかなぁっ!」


 初級魔術で岩の塊を飛ばし、ヴィクトールがそれを弾いた隙に剣を横殴りに叩き込む。もう幾度目かの攻撃も、ヴィクトールの持つ二刀に易々と防がれる。背後に回ったクリスティーネはというと、ヴィクトールの振り回す尾に阻まれ近づけないようだ。回り込むように立ち位置を変えるところが向こうに見えた。

 ヴィクトールはこちらへと攻め込まず、観察するように俺を見返した。これは、説得の余地があるとみていいのだろうか。


「確かに、思ったよりは動けるようだな」


「もう十分じゃないか? クリスを認めてやってもいいだろう」


「……そうだな」


 そう言うとヴィクトールはその場で跳躍し、背の翼をはためかせたかと思うと俺達から大きく距離を取った。そうして両手に握っていた剣を鞘へと納める。

 どうやら説得が功を奏したようだと、俺は体から力を抜く。致命傷のような大きな傷はないものの、細かい切り傷があちこちにあるため少々ピリピリする感じだ。早いところ治療をしてしまいたいところだ。

 そうやって気を抜く俺の前で、ヴィクトールは言い放った。


「いいだろう、今から放つ最後の攻撃を乗り切れば認めてやる!」


「……最後?」


 一体何をするつもりだろうか。この距離では当然剣は届かない。訝しむ俺の見る前で、ヴィクトールは右腕を前へと突き出し、左手を添えるように構えを取った。


「ジーク! お兄ちゃんは上級魔術を使うつもりだよ!」


「なんだと?!」


 クリスティーネの言葉に俺は驚きを隠せない。上級魔術は、中級魔術ほどの火力を持った術を広域に放つものである。しっかりと狙えればオークを一撃で倒せるのが中級魔術だ、当たりどころが悪ければ痛いでは済まない。


「殺す気か!」


 先程までの剣でのやり取りは、本気ではあったものの基本的には急所を避けていた。俺自身気を付けてはいたが、それはヴィクトールの方も同様に見えた。それはもちろん、互いに殺す気などはなかったためだ。

 しかし、魔術となると話が変わる。魔術は剣術よりも遥かに手加減が難しいのだ。


「一応、ギリギリで外してくれるとは思うんだけど……どうしよう」


 クリスティーネが不安そうに口にするが、ヴィクトールはこれを乗り切れれば認めると言っていた。それなら、ただ待つのではなくヴィクトールの放つ上級魔術に対抗する必要がある。

 剣術では不可能だ。上級剣技には大きな衝撃波を発生させるものもあるそうだが、今の俺にはそこまでの力はない。頼みの綱は魔術だ。俺もクリスティーネも、光属性ならば中級魔術が使用できる。


「だが、中級魔術では……いや、合成魔術だ!」


「合成魔術?」


 クリスティーネが問い返すのに頷きを返す。合成魔術とは、二人以上の術者によって行使される魔術のことだ。その種類は多岐に渡るが、基本的には何れの術も二人が個別に魔術を行使するよりも威力が上昇する。中級魔術の二人が力を合わせれば、中級上位から上級に匹敵するほどの魔術が放てることだろう。


「確かに、合成魔術なら……でも、私達に出来るかな?」


「やるしかない。クリス、光の龍はいけるか?」


「うん、それなら知ってる!」


「よし、時間もない、行くぞ!」


 既にヴィクトールは詠唱に入っている。早くしなければ間に合わないだろう。

 俺はクリスティーネの手を握り、そのまま前へと突き出した。不安があるが、他に方法がない。クリスティーネとなら、きっと上手くいくはずだ。


「「『現界に属する光の眷属よ 万物悉く照らし出す魔の力よ 我らが祈りを聞き届け 彼の者を打ち滅ぼす力を与えたまえ』」」


 重なる声と共に、こんな場合だというのに笑みが零れる。初めて使用する大規模な魔術に、不思議と胸が高揚していた。

 溢れた魔力が渦となり、逆巻く風にクリスティーネの長い銀髪がゆらゆらと揺らめいていた。

 目の前のヴィクトールから感じる圧力は刻々と強まっている。それでも慌てずに、一つ一つ言の葉を紡ぐ。


「「『光の咆哮 力の象徴 月穿つ牙 陽光の爪 我らが魔力を糧とし、翼を以て進撃せよ』」」


 目線だけを隣へと向ければ、クリスティーネのそれと目が合った。クリスティーネが微かに顎を引くのに対し、俺も頷きを返す。

 再び目線を前へと戻し、更なる詠唱を続ける。


「『我がジークハルトと』」


「『我がクリスティーネの名の元に』――」


 そこで、ヴィクトールに動きがあった。膨れ上がる威圧感と共に、魔力が溢れ出す。


「『焔龍波フラム・ヴェルドラッハ』!」


 ヴィクトールの怒号と同時に、その右手からは煌々とした炎が生み出される。それは瞬く間にヴィクトールの身の丈を越え、その倍ほどの高さまで達した。

 さらに炎は止まることなく溢れ出し、それは明らかな形となって現れた。

 見上げるほどに大きな龍の頭部だ。踊るように跳ねる炎が龍の頭を形作り、俺達を飲み込もうとするようにその大口を開けている。

 そこから発される熱風が肌をチリチリと焼いていた。直撃すれば火傷では済みそうにもない。


「「『凝縮せよ 顕現せよ 龍の顎と成りて、我らが前に立ちふさがりし障害を貫け』!」」


 詠唱の完成と合わせ、体内の魔力がごっそりと減る感覚を覚える。それと同時に、俺とクリスティーネの合わせた手から、漏れ出た魔力が光となって溢れる。

 前方を見据えれば、俺達の方へと炎の龍が迫っていた。その接近に伴い、感じる熱量も上昇しているのがわかる。

 頭に思い描くのは迫る炎の龍を突き破る魔術のイメージだ。


「「『光龍双波リヒト・ツヴィン・ヴェルドラッハ』!」」


 揃えた声が響くと同時に、俺達の合わせた手から漏れた光が膨れ上がる。そうして現れたのは、今なお俺達へと迫る炎の龍に似た、光で出来た龍の頭部だった。

 炎の龍と異なるのは、頭部が二つある点だろう。一つ一つの大きさは炎の龍よりも小さいものの、全体の大きさでは光の龍が勝って見える。

 光の龍達は唸り声を上げるように大口を開けると、迫り来る炎の龍を迎え撃つ。二つの魔術がぶつかり合ったことで発生した暴風が辺りへと吹き抜け、その思わぬ強さに目を細める。驚いたのか、強く握られた左手を握り返した。


 二つの魔術は強さが拮抗しているようで、俺達とヴィクトールとの間を絶妙なバランスで静止していた。後はほんの少しの変化で、天秤が傾くだろう。


「どうした! お前達の覚悟はそんなものか!」


 大声と同時に、炎の龍の圧力が増す。僅かに膨れ上がったそれが、徐々に光の龍を押し始めた。それに負けじと魔力を込めるが、炎の龍の進行は止まらない。

 溢れる熱気が肌を焼き、汗が滝のように流れ落ちる。


「私は、お兄ちゃんを超える! そして、世界を見て回るんだから!」


 クリスティーネの声と同時に、クリスティーネから感じる魔力が燃え上がる。それと同時に、炎の龍の進行が遅くなった。

 そうだ、俺達はまだまだやれるはずだ。クリスティーネに呼応するように、俺も全身から魔力を絞り出す。


「あんたを超えて、俺はクリスと冒険者を続ける!」


 光の龍の勢いが増し、再び炎の龍と拮抗する。それも一瞬のことで、今度は光の龍が推し始めた。二つの魔術の衝突面が、少しずつヴィクトールの方へと傾き始める。


「「いっけぇぇぇぇぇっ!」」


 俺達の叫びに押されるように、二頭の光の龍がその身を躍らせる。

 光の龍達は炎の龍の口内へと進行し、ついにその身を突き破る。内側を食い破られた炎の龍は、その鎌首を空へと向け、大きくその身を膨らませたかと思うと次の瞬間には弾け飛んだ。

 炎の龍から放たれた熱風が全方位へと吹き荒れる中、光の龍はその勢いのまま前方へと殺到する。そうして、右腕を前方へと突き出したままのヴィクトールを飲み込んでいった。

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