229話 堕ちた元ギルドマスター3
「ぐ、あぁぁぁぁぁっ――!」
男が喉を張り裂かんばかりの絶叫を上げた。
その両腕は半ばから先が失われ、桃色の断面から鮮やかな鮮血を溢れさせていた。
ではその肝心要の腕の先はと言うと、握っていた黒剣と共に血飛沫を撒き散らし、緩やかに回転しながら男の後方へと飛んでいた。
くるくると回転し、硬質な音を立てて黒の大剣が石床に落下する。それは二度、三度と石床を転がり、男から数歩離れたところで制止した。
それら衝突音を背景に、ヴォルフは血走った両目を限界まで見開き、信じられないと言った表情で己の短くなった両腕へと視線を落とす。
「腕が……俺の、腕が……」
既に勝敗は決した。
武器を失い、魔術の使えないヴォルフにこれ以上の戦闘は不可能だ。ここから更に追撃を加える意味はないだろう。
しかし、と俺は片手の拳を握り込む。
理性の片隅が先へ急ぐことを勧めているが、その一方で俺の感情では、この男に最後に一発見舞わないと気が済まないと言っている。
理不尽な理由でギルドを追放されたことや、剣術大会で突っかかってきたことを、俺は忘れていない。
そして何より、この男が昼間、俺の妨害をしたばかりにクリスティーネ達は捕らわれることとなったのだ。この男が現れなければ、昼間の時点で鎖の男を打ち破ることが出来ていただろう。さらには今もまた、こうして俺の行く手を阻んだ。
そう言った思いが沸々と募る中、俺の体は自然と動いていた。
「全部終わるまで、眠ってろ!」
ヴォルフへと一歩を踏み出し、握った拳が振り抜かれる。
腰を回し、体重の乗った一撃が、未だ呆然とした様子のヴォルフの顔面へと突き刺さる。
肉を打ち骨の折れる感触が拳へと返り、ヴォルフは石床へと横倒しに転がった。そのままピクリとも動かなくなる。
さすがに死にはしていないだろう。だがある程度、鬱憤は晴れた。
俺はふぅと息を吐き肩の力を抜くと、石床に倒れ込んだヴォルフへと申し訳程度の治癒術を飛ばした。
奴隷狩り達に与している以上は、最悪死んでしまっても構わないとは思うが、積極的に命を奪いたいわけではない。あの黒剣などについて後ほど詳しく聞きたいのだし、失血死しない程度に治療は必要だろう。
もっとも、クリスティーネとシャルロットの状態如何によっては、更なる制裁と報復を加える用意はあるのだが。
そうして俺はヴォルフの傍へと近寄ると、腰を落としその両手足を縛り上げる。両腕がない以上は、ここから妨害などはできないだろうが、目覚めてから歩き回られても面倒だ。ヴォルフにはすべてが終わるまで、ここに寝転がっていてもらおう。
それからふと、ヴォルフの短くなった腕を見下ろす。
戦いの中でのことなので仕方がないが、ヴォルフの両腕を切り落としてしまったことには、若干の罪悪感を覚えた。もう少し穏便に事を治められれば良かったのだが、互いの実力が拮抗していた以上は、これも致し方のないことだろう。
それに、失った両腕を元に戻す方法と言うのも、ないわけではない。そのあたりは、ヴォルフ本人が考えていけばいいだろう。少なくとも、奴隷狩りと言う犯罪行為に加担した時点で、同情する気は俺にはなかった。
それから俺はヴォルフをその場に残すと、アメリアの消えていった扉の奥へと急いだ。
戦闘中は全属性の魔力を操る事に集中していたために気が付かなかったが、どこか遠くの方で破砕音が鳴り響いていることに気が付いたのだ。
このような音を立てる存在と言えば、あの鎖を操る男を置いて他にいないだろう。戦闘が行われているならば、その相手はアメリアで間違いない。
事前に策を授けているとはいえ、あれを一人で相手するのは危険だ。出来る限り早めに駆け付けなくては。
石壁の通路を進むに連れて、響く音量が膨れ上がる。
それが騒音へと変わる頃、音の出所が上階からであることに気が付いた。
どうやら上の階へと上がらなければ、音の元凶には辿り着かないらしい。
そう考えて、そう言えば来る途中に上へと続く階段があったことを思い出す。
今からでも引き返すべきかと思案する中、石壁の通路が終わりを告げた。
そこはヴォルフと戦ったような広い部屋となっているようで、天井を支える柱が無数に存在した。音の聞こえる方角から言って、発生源は丁度この部屋の上らしい。
上階へと続く階段でもないかと左右へと視線を振るが、生憎とそう都合よくはいかないようだ。
それならばいっそのこと天井を破壊するかと考えたところで、一際大きな轟音が鳴り響いた。
弾かれたように顔を上へと上げれば、魔術具の照らす天井に亀裂が入っている。
何だ、と思うほどの間すらなく、次の瞬間には天井が崩落した。
土煙を空けて天井の石床が落下する中、隙間から見えたのは無数の赤い鎖だ。
生き物のように蠢くそれが、何かを狙うかのような動きを見せた。
その鎖の向かう先には、赤毛の少女の姿があった。
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